飛竜VS半龍 その4
今回で総文字数が100万文字を突破致しました。
拙い文章でありますが、ここまでお付き合いくださり誠に感謝を申し上げます。
今後も拙作を御愛読のほど、よろしくお願い致しまする。
「神になる覚悟……?」
何を言い出すのかと思いきや、ノアが提示したのは突拍子もないような話であった。
「正確には“半神”とか“現人神”とか、そんな感じだけれど」
はんしん……阪しん……。
「バッターの真似とかしたら電気椅子よ」
浮かしかけていた膝を正し、落ち着く為にもお茶を一気に煽る。
ノアが一体どういうつもりでそんな話を振ってきたのか分からないが、その『神になる覚悟』と『斉藤くん救出』にはどのような関係があるのだろうか。まずはそこが疑問点だ。
「……俺に野球の神様になれって話じゃなければ、割と突拍子もないというか過程をすっ飛ばし過ぎてる気がするんだが、きちんと説明してもらえるか?」
カレンがお茶を入れ直してくれたので、ツカサは片手で礼を伝えて冷ましながら啜る。
……前にも思ったけど、この謎空間めちゃくちゃ便利じゃなかろうか。神様(?)の時は何でもありなんだなと納得したが、ノアでも使えるとなると色々悪用したくなってくる。
まぁ対価は高くつくのが予想できるのでやらないけれど。
「そうね……。じゃあ、貴方の現状からまず説明しましょうか」
そう言ってノアがどこからともなく取り寄せたるは、会議室とかで使われる足付きのホワイトボード。
そこには既に何枚かの資料と写真が貼ってあり、写真にはどこもツカサが見覚えのあるシーンが写し出されている。
「斉藤くんの生死からは逸れるけれど、この話は非常に大事なことだから、しっかり聞いておきなさいね」
そう言ってノアは朗々と語り出す。
これはある種の敗北宣言だと、そう前置きした上で。
◇
私達の計算外は、あの神がヒヒイロカネ……ルミナストーンをツカサに渡したところから始まるわ。
つまりは最初からよ。
他の神はこの争いに一切干渉しないものだと思っていたから、思いがけない棚ぼたに私達は浮き足立ってしまった。
……え?
ああ、争いとは何か、ね。それはまた今度話すことにするわ。話し出すと長いから、10秒で収まらなくなるの。
話を戻すわ。
私達は地上からほとんど失われたハズのルミナストーンの原石を人類側が手に入れた幸運に感謝しつつも、治癒の巫女を助けるだなんて些事にこんな破格の報酬を付けたのかを議論しなければならなくなった。
だってそうでしょう?
たった二人の男女を助けることなんて、ツカサにとっては朝飯前もいいところ。それに対する報酬なんて金の延べ棒が数本程度でもアナタは喜んで受けたでしょうね。
そんなアナタにあの神は何を見出したのか……それを調べない限り、おいそれと使って良いほどルミナストーンの価値は低くないの。
……ピンときていないようね。
ツカサの価値観に例えるならば、アナタの大好きな作品の主人公役の俳優さんが直筆でサインを書いて、ツカサの名前まで入れてくれたテレフォンカードを公衆電話に入れて使えるか? という感じね。
無理でしょ?
分かってくれたなら嬉しいわ。
それで絶対に裏があると踏んだ私達だけれど、瀧宮 帝が直接本人に聞いた時には『見込みがあるから餞別じゃて』と言っていたようよ。
…………そう、アナタは神からして『見込みがあった』。
当時はそこまで深く考えていなかったのもあって、私はルミナストーンの欠片を呑んでシンカを目論んだわ。アナタは軽く了承してくれて、私も憂いなくそれを受け入れた。
その後に気付いたのよ。アナタはルミナストーンと相性が良過ぎるって。
まぁ眠ってしまった後だから何も手出しはできなかったのだけれども。
普通にベルトにはめ込んで使っている分には問題は無かったのよ?
問題はそう、アナタが秩父の戦いで死にかけてしまったこと。
……カレン、聞いてなかったと怒る気持ちは分かるわ、だけど今は抑えて。
そう、お利口さんね。この戦いが終わったらタップリ請求しなさい。
それでね、アナタが死にかけた時、黒雷の姿のままだったでしょう?
あの時にルミナストーンがかなり余計な事をした……というかそうね、ぶっちゃけて言ってしまうとアナタの魂を変質させかけたわ。
死にゆく間際のツカサの魂にルミナスエネルギーを溶かしこんだのよ。
それがどうなるのかって言うと、最初に話した通りに“半神化”が起きる……つまり魂が一段階高次元の存在として変化してしまうということね。
半神化は確かに人間としてメリットの多いことだけれど、死んだあとに輪廻転生の輪には戻れないし数百年は色んな神の下で下働きをする事になるらしいわ。
どこの神も下っ端不足だから、相当扱き使われるらしいわよ。
情報のソースは瀧宮 帝。彼女も半神化のあと、後のことについて神様に直接聞いたらしいから嘘ではないはず。
……ええ、半神化すると驚くほど老けないし長生きになるわ。帝はあと50年位したら高校生くらいの見た目になるかもね。
また話が逸れたわ。
まぁギリギリのところでルナの治療が功を奏し、アナタはまだ人間として生きている。あと少しでも遅かったら選択の余地すらなかったらしいわ。
……私は大精霊として生まれ変わってから、アナタの魂に入り込んだルミナスエネルギーを除去しようと奮闘してたのよ。
そうすればアナタはまだ人間として死ねるから。
死んだ後にまで働きたくないでしょう?
そう言うと思ったから頑張ってあげたのよ、感謝なさい。
……でもね、さっき言った通りアナタはルミナスエネルギーと相性が良過ぎたのよ。
普通の人間ならば水と油のように、全くと言っていいほど混ざらないのだけれど、残念ながら今のアナタは溶け合う寸前のマーブル模様にまで進行してしまっているわ。
それでも今後一切ルミナストーンを使わないという想定であれば、まだギリギリ人間を保てるはずだった。
だけれども、あの半龍……斉藤くんを助ける為には、どうしてもその一線を越えるしか方法はない。
──長くなっちゃったわね。ここがアナタの分岐点よ。
『半神化を受け入れて斉藤くんを救い、死後も誰かの指示の下で働くような存在になる』か、
『斉藤くんを殺し、黒雷という仮面を捨てて人間として死ねるまで隠居して生きる』か。
これ以外の選択肢を選びたいと言うのならば、大量の犠牲者が出ることを覚悟しなさい。
私がどれだけの選択肢とその先をシミュレートしても、犠牲を最小限に抑えられるのはこの二択しかなかったのよ。
◇
ノアの話は正直、荒唐無稽と笑い飛ばしてしまいたい程に信じられない話であった。
いや、確かに『こんな持ってるだけで強い物を使ってて悪影響が出ないのか』と心配したりはしたが……まさか辿り着く先が半神化だとは、まったく畏れ入る。
「兄さん……」
ギュッと、いつの間にかツカサの服の袖を掴んでいたカレンの指に力が篭もる。
「……ノアがカレンを同席させたのはこの為か?」
最初は何故カレンまでこの空間に呼び込んだのか不思議だったが、二択を迫られた事でようやく理解できた。
ツカサが人では無くなるか、ツカサが斉藤くんを殺すか。
どちらの選択肢を選んでも、肉親であるカレンにとっては相当の負担になるだろう。
当人ですら荒唐無稽と言いたいような話を再び説明する手間を省くのと同時に、第三者の生命と人としての尊厳、そのどちらかを捨てねばならないこの重要な選択に立ち会わせたかったのだ。
安易に選んだら後悔するぞというプレッシャーと同時に、どちらを選んでも一定の理解を示してくれるであろう理解者として、カレンの存在は確かに心強かった。
「ツカサ……アナタがどのような選択を選ぶにしても、そのどちらの道にも遺される者がいるわ。あと体感で5分、よく考えなさい」
たった5分で決めるには選択肢が重たい気がするが、悩めば悩むほど斉藤くんの死が近付いているのが現状だ。
ここはスパッと決めてしまわなければ……。
「……私は兄さんに人殺しなんてして欲しくありません」
長考しながらお茶を啜っていたその時、カレンが言葉を発した。
思わずカレンの方を見やれば、涙を滲ませ唇を噛み締めながらも、決して逸らそうとしない瞳と目が合う。
「これはっ、……私の、ワガママです。だから……兄さんには申し訳あり、ませんがっ……!」
「いいんだよ、カレン」
皆まで言わせないように、ツカサはギュッとカレンを抱き締める。
妹の真意を読めないほど、馬鹿な兄ではない。はずだ。
「俺がどれだけ悩んでも、こっちを選ぶって分かってたんだろ? だからせめて人のせいにできるように泥を被ろうとしてくれたんだよな。ありがと」
「全部言わないでくださいよぉ……ばかぁ……」
そう、いくら悩んだ振りをしたところで、ツカサの選ぶ選択肢なんてのは一つだけなのだ。
自分が将来的に楽をする為に他人の生命を蔑ろにするだなんて、ツカサにできっこないのである。
「まぁツカサが人を捨てたところで、カレンとしては100歳を過ぎてもまだ若々しい兄の姿を見る事になるだけなんだけれどもね」
だけ、と言い切るには少々ペナルティが重たい気もするが。半神化したところで基本的な生活は変わらないらしい。
ならば、まぁ……大丈夫だろう。
「覚悟は決まった? この一線を踏み越えたらもう二度と後には引けないわよ? 本当に大丈夫?」
何度も確認をしてくるノアに対し、ツカサは何度だって問題ないと頷く事ができる。
カレンに言われたからではなく、これは自分の意思だ。
正直不安の種は尽きないが、元々死ぬ危険だってあるのが悪の組織という仕事。
半神にだってなることくらいあるだろうさ。
ポジティブに行こう。
「……じゃあ、今まで制限していたアナタの能力を解放すると同時に現実世界へと戻るわ。能力を使いこなせるようになるまで時間は掛かるでしょうけれど、あの半龍くらいなら簡単に片付けられるということは保証する。やり方は今から説明するけど、ツカサ好みにしてあげるから感謝なさい」
呆れたような、どこか嬉しそうな声色でノアは言う。
それから説明を聞いた限り、確かにツカサ好みの戦略だ。
カレンとカゲトラにも協力をしてもらわなければならないが、上手くいけば全てが万事解決する。
問題はツカサが上手く叩けるかどうかだが……。
そんな事を考えていると、その場に有る物がぼんやりと光を放ち、その輪郭を薄らいでいく。
これがきっと現実世界に戻るプロセスなのだろう。
「あ、そうだツカサ」
湯呑みが消え、ちゃぶ台が消え、ツカサ達の姿もまた薄れ始めたその時、ノアから声を掛けられた。
「アナタが半神となり、その後に神の末席に加わろうと……。私だけは、いつまでも傍に居てあげるからね」
それは彼女が不意に見せた慈愛の笑み。
精霊として、幾度となく出会いと別れを繰り返したノアが、後に続くツカサに『共に在ろう』という意志の表明。
誰しもが自分より先に去っていく中で、最後まで苦楽を共にしようという、プロポーズにも似た宣誓だった。
「───」
あまりにも突然に可愛い素顔を見せられたため、ツカサは一瞬見蕩れてしまったが。
「ああ!」
完全に消えてしまう瞬間、それだけの言葉を残す事ができた。
◇
現実の時間にして8秒ほど。
黒雷達がシェルターに籠っていたのはたったそれだけの時間だった。
それまでの間、半龍は何度もシェルターに向けて聖光を放ったが、シェルターを囲む強固な障壁が破れず、仕方なく目障りなミカヅチへと目標を変えていたのだが。
【──ガァ?】
突如として発生した重圧に、何事かと半龍は辺りを見回して、その発生源がシェルターより飛び出した黒雷であると知覚した。
たったの8秒。それだけの時間で何が起こったのかを半龍が知ることはない。
だけれども、それだけの時間で『狩りの獲物』が『天敵』へと変化した事だけは理解できた。
「──よう、聞いたぞ半龍。貴様は内に閉じ込めた斉藤くんの心から邪気を錬成し、それを活力として動いているんだってなぁ……?」
黒雷の見た目に変化は無い。強いてあげるならば、その両手に太鼓の撥のような物を握っているくらいだ。
たったそれだけの変化点で、ここまで脅威度が変わるものだろうか……?
「言葉が通じないのは分かっている。だからこそ私は……貴様の心に直接打音を刻む事にした」
ゆっくりと振り上げられた撥に対し、半龍は思わず後ずさった。
何が怖いのか分からないのに、黒雷の一挙手一投足全てが半龍を恐怖させる。
「……行くぞ、人に取り憑きし邪龍。今度こそ祓い叩き浄め倒してやるよ」
何を言っているのか半龍にはさっぱり理解できなかったが、この恐怖だけは断ち切らねばなるまいと、半龍は聖光を放ちながら前へと出た。
100万文字記念、というような物でもありませんが、ウラバナシの方にも一本投稿しました。
『椎名ルート』という、本編では書けないような内容ですので、気になる方はそちらもどうぞ。