飛竜VS半龍 その3
海面から浮上してきた半龍はさながら幽鬼のようで、変化なそしていないはずの仮面が今は憤怒に染まっているような気がしてくる。
「……さぁて、どうするんだ相棒。アレ以上の攻撃を加えるとなると、中の人間が先に死ぬ可能性があるが」
「それなー」
ミカヅチの言葉に、黒雷はロールプレイを諦めた口調で返答を返す。
先程当てた雷迅拳だって、鎧の防御を無視して中の人に雷撃を食らわせるのを目的とした技だった。
“気功”使いでもない限り、普通の人間がそれなりの電圧・電流を浴びたらタダで済むはずが無いのだが……。
「……あの鎧、中の斉藤さんが死に体だとしても自立して動くタイプの鎧の可能性はありますか?」
シルフィの言う可能性は、できれば考えたくないものだった。
中身が死んでも動き回る鎧というのはファンタジーではお決まりの呪物だ。
もしもあの半龍がそのタイプなのだとしたら、文字通り砕け散るまで暴れ回る厄介な存在となる。それを止めようと攻撃すれば中にいる斉藤くんが無事で済む筈がない。
できれば彼を救助したい黒雷としては非常に難儀な状況と言えるだろう。
先程の一撃で斉藤くんが気絶し、半龍の鎧が勝手に脱げてくれるのが理想だったが……。
まぁ別のプランはきっとノアが出してくれる。
「ツカサ、さっきの一撃である程度の解析は終了したわ」
ヴォルト・ギアから顔だけ出したノアがそう告げる。
いつものように頭の中に直接話し掛けてこないのはミカヅチとシルフィにも声を届ける為か。
「それで、どう? 何とかなりそうか?」
「その件でちょっとシルフィを含めて長話をしたいから、カゲトラとミソラで10秒ほど時間を稼いでもらえる?」
ちょっと長話と言いながら、たったの10秒で済むらしい。
それなら戦いながらでもできるのではないかと思ったが、どうやらそうもいかない様子。
「了解した。なんとかしてみせよう!」
上腕二頭筋を見せつけるようなポージングの後、ミカヅチは両手に持ったガトリング砲を連射しながら黒雷達と距離を置いとる。
無論、半龍は黒雷目掛けて聖光を放ってくるが、10秒間守るだけならば……
「大奮発のダークエルダー製核シェルターボール!」
黒雷が倉庫から取り出したるは、大国の大統領すら欲したという超頑丈なボール状の核シェルター。
『180分間ならばどんな攻撃に晒されても中身は無傷で済む』というのがコンセプトのこのシェルターは、数年先まで予約でいっぱいらしく黒雷にすらテストに使用した品しか回ってこなかった代物だ。
当然テスト……つまり耐久試験を受けた実機なので戦隊ロボに踏み潰されたり椎名の魔砲を受けたりもした品物だが、それだけに防御力は折り紙付き。
シルフィと共に中へと入ってしまえば、どれだけ聖光を受けても10秒で壊されることはないだろう。
後は外で半龍の気を引こうと頑張ってくれているミカヅチが無事でいてくれる事を祈るばかり。
「で、ノア。10秒間の長話ってのはどういう──」
その瞬間、視界が真っ白に染まった。
◇
目が覚めたら、そこは床と壁と天井の境界すら分からないほどに白一色の空間だった。
ツカサとしては見覚えがあるというか、前に神様(?)と相対したのがこのような空間だったはずだ。
「ようこそ、私の精神世界へ」
その声に振り返ると、黒雷として融合している筈のノア(人間体)とカレンが同じちゃぶ台を囲んで座っていた。
「この空間は現実と異なる時間が流れている……というか無理矢理引き伸ばしているわ。だから現実の10秒はこちらでは600秒に相当するの。長話ができるでしょ?」
600秒……10分か。それは確かに戦闘中ならば長話の部類になるだろう。
あと何気に黒雷ではなくツカサとしての姿でこの場にいるということは、自己として認識している姿がそのまま現れているという事なのだろうか。
まぁ今は関係のない話ではある。
「じゃあ早速本題に入ろう。まずはノアの解析結果を聞かせて欲しいのだが」
ツカサも同じちゃぶ台を囲み、唐突に現れた湯呑みを気にすることなく口元へと運ぶ。
神様(?)の時もこんな感じだったのだ。気にするだけ無駄だと思った方がいい。そして美味しい。
「そうねぇ……。結論から言ってしまえば、今のままでは救出は無理ね」
一切歯に衣着せず、ノアはそう言い切ってお茶を啜る。
「具体的なところは?」
「まずあの半龍となった鎧。あれは中身が死んでも動くタイプよ。しかも聖剣とセットだから鎧だけ壊しても聖剣が無事ならば即再生するわ。だからって聖剣を壊すのはオススメしないというか、間違いなく先に中身が死ぬわね。中身の方も心のチカラを搾り取られている真っ最中だから、これ以上時間をかけると廃人になるわ」
一気に捲し立てられたが、要するに力技ではどうしようもない段階だということか。しかも斉藤くんの寿命もあと僅かの可能性もあり、かといって彼を止めるには聖剣ごと全て消し去るくらいの高火力で焼き払うしかない、と。
「詰んだのでは?」
「いや兄さん、諦めるには早いですって」
カレンはそう言うものの、代わりの具体案は出せないのか煎餅をバリボリと食べているだけだ。
ツカサも何かいい案が浮かぶわけもなく、同じように煎餅を噛み砕く。
その間に必死に解決策を考えようとするが、浮かぶのは暴力による制圧だけ。
「……ハァァァァ………。無理だな、俺達の浅知恵じゃあ斉藤くんを助けられる気がしない」
ルミナストーンに『特殊な鎧に取り憑かれた相手を無傷で助け出す効果』みたいなものがあれば話が変わるが、無い物ねだりだろう。
かといって彼を犠牲にするのも忍びない。ツカサ的には不可抗力だし、斉藤くんの自業自得ではあるけれど……。それでも見捨てるほど恨んでいるわけではないのだから。
「ノア、そろそろ答え合わせをしてくれないか?」
先程からノアが黙っている理由。それはおそらく“今のままでは救出は無理”と言った部分にあると思っている。
現状では状況を打開できないが、逆に“今のまま”でなければ救出の目があるということ。
そして勿体ぶる必要があるし、わざわざカレンまでこの空間に招き入れる程の何か……。
きっと、生半可な気持ちで聞いていいものではないのかもしれないが、何か手があるならば教えて欲しい。
「……………ふぅ……」
長い沈黙の後に嘆息ひとつ。
ノアはいつになく真剣な目で、
「ねぇツカサ、貴方は“神になる”覚悟はある?」
なんて宣った。