ツカサの初デート その4
『応』と、声が届く。
それは声が届いた証拠であり、己の為すべき事が分かったという返事でもある。
先程までは無秩序に流されていくだけだった人々の波がすぐ様整頓されて列となり、余計な混乱も少なく逃げ始めている。
最初は追いかけようとしていたデブリヘイム達も、突然殿として前へと出てきた人々の防犯用電撃銃による波状攻撃によって足留めされ、思うように襲えずにイライラしているようだ。
非常時プランA。
それは簡単に言えば、「外敵が現れたのでダークエルダーの外部協力者達で避難誘導をお願いします。あと手持ちの装備の全面使用許可を出しますので、事後処理など気にせずに全力で生き残ってください」という内容である。
大杉8番とはダークエルダーの支部に属する戦闘部隊の隠語であり、「戦闘能力を有する部隊がすでに事態を察知し行動を開始している」という事を知らせる用途がある。
つまりは、ここは俺に任せて先にいけ、だ。意味が違う気がするとか、死亡フラグとか言わない。
「お前らの相手は俺だぜ、デブリヘイム!」
未だに多くの人が残っていて変身はできそうにない(認識阻害装置があっても、目立てば当然身バレの危険がある)が、前に出た以上は戦わなければならない。悪の組織とはいえ、外敵によって市民の平和が脅かされる状況は好まないのだ。それが彼らの美学でもある。
「安全装置解除。コード入力、『真紅の空』!」
音声入力により護身用スタンロッドの安全装置を解除し、モードを防犯用から対外敵用へと変更する。
武器へと変わったスタンロッドを脅威と感じてか、今まで獲物をいたぶるように眺めていたデブリヘイム達が構えをとり、間合いを測るようにゆっくりと接近してきた。
デブリヘイムは二匹。
百足とカマキリをモチーフにした姿には正直恐れと嫌悪感を抱くが、かといって今更逃げ出すわけにもいかない。
「うおおっ!」
先手を取ってスタンロッドを振るうが、相手は楽々と回避する。続け様に何度も、できるだけ関節部を狙って振るうが、当たらない。
変身できない為に全体的なスペックが足りないのもあるが、万全ではない左肩のせいで動きが鈍るのだ。
「ショットモード!」
遠距離攻撃ならばどうだと、電撃銃モードへと切り替え射撃するが、コチラは威力不足なのか当たっても装甲に弾かれて有効打にはなり得ない様子。
キチキチキチと、笑われた気がした。
「クソ野郎……!」
いっそ変身して戦おうかと、そう思ってチラリと左腕に装着したヴォルト・ギアに目線を動かした瞬間に強い衝撃が走り、気が付けばツカサは数メートル吹き飛ばされて転がっていた。
「……!がっ……ハッ……!」
何が起こったのかは分からないが、腹に焼けんばかりの熱と今にも意識を手放しそうなほどの激痛があって。ツカサは頭の片隅で腹を思いっきり殴られたのだと理解するのに数秒を要した。
スタンロッドはすでに手を離れ、どこに転がっているのかも分からない。視線は定まらず、思考もまとまらずにただ腹を抱えて丸まって痛みを堪える事しかできない。
デブリヘイムは多分もう目の前にいて、今にもその鋭利なアギトでツカサを喰らおうとしているのだろう。
こうして死にかけてみて、ツカサはようやく高い防御力を要していた黒タイツと黒雷の装甲の偉大さを身に染みて実感した気がする。
もう遅いのかもしれないが、次の機会があるなら今度は変身を躊躇うまい、とそう思う。
「……さん!つか……!しっかり……!生き……るか!?」
もはや開けるのも億劫になった目に、自分を揺さぶる誰かの姿が見えた気がして。そういえば日向さんはちゃんと逃げられたかな、もっとちゃんとしたデートしたかったな、なんて思考が浮かんでは消えて。
そうしてツカサは、ゆっくりと意識を手放した。