祭りの終わり その4
「何か用かな、おふたりさん」
会議の終わりを待っていたかのように現れたブレイヴ・ウンディーネとアウル・ナイト。
正直もう空腹なので見逃して欲しいのだが、逃がす気はないのだろう。行く手を塞ぐようにして立っているのだから諦めるしかない。
「用事はひとつです。私とここで戦い、貴方が負けたらダークエルダーを辞めてこちら側についてください」
その話は模擬戦の時にツカサとして聞いていた内容だ。
何をどうして黒雷の事をそこまで気にしているのかは知らないが、タイマンを望んでいる辺り、黒雷を武人として見込んではいるのだろう。
負けたらきちんと条件を呑んでくれる、とでも思っているのだろうか。
悪の組織の怪人を相手に、何をそこまで信用しているのか。
「それは私に実利がないな。受ける理由も、従う理由もない」
一方的に負けた時の条件を突きつけられたところで、素直にはいそうですかと言えるワケがない。
それに今の黒雷ならばこの二人から逃げる事なぞ造作もないし、なんなら油断しているところに超加速で不意打ちを喰らわせ、まとめて捕虜にするという選択肢もある。
それをしないのは単純に黒雷の気分が乗らないというだけだ。
「そうでしょうね……。なので私が負けた時は、私を捕虜とするかダークエルダーの一員として迎えてください」
「「は?」」
思わず、黒雷とアウル・ナイトの両方から同じ声が出た。
条件付きでも、今まで散々争ってきた組織に対して寝返る等と、そのような条件をヒーローが出すのか。
「何を考えているウンディーネ!! 貴女はブレイヴ・エレメンツとして彼らを壊滅させる為に戦ってきたのではないのか!?」
当然の疑問をアウル・ナイトが投げ掛ける。
それは黒雷すらも思った事なので、第三者の彼からしても本当に意味不明なのだろう。
「約束の反故や後に裏切る心配をしているならば無用ですよ。この条件を出した以上、私が負けたら組織に絶対服従致しますし抵抗もしません。……なんなら首輪でも何でも付けてもらっても」
「ブレイヴ・ウンディーネ!!!」
ウンディーネの言葉を遮るように、アウル・ナイトが全力の怒声を発する。
彼が叫ばなければ黒雷が割って入っていたところだったので有難い。
「……なんですか、アウル・ナイト。まさか私が負ける気で挑むとでも思っていますか?」
普段以上に冷ややかな目をしたウンディーネに、アウル・ナイトは一瞬たじろいだようだが……それでも気丈に、ウンディーネの両肩を掴んで向き合った。
「キミは一体何を考えているんだ!? そんな条件を出す必要なんてない、今すぐに二人で彼を倒して捕虜にしてしまえばいいだけじゃないか!?」
アウル・ナイトの言うことも尤もだ。ヒーローが二人揃っているならば黒雷を相手にしても勝ちの目は十分にある。
まぁその条件ならば黒雷も周囲に散らばった仲間を呼び寄せて勝負を有耶無耶にする気なので、タイマン勝負よりも有難いし気兼ねなく打ち負かす気でいるのだが。
「それではダメなんですよアウル・ナイト。彼は私の恩人であり宿敵。サラマンダーとであればまだしも、貴方と組むと意味合いが違ってしまう」
どうやらその場の勢いで言っているワケではなく、冷静な判断の下でこのような戯言を宣っているらしい。
正気な分余計にタチが悪いのだが、そう思っているのは黒雷とアウル・ナイトだけだ。
本人はそれを正解だと本気で思っているのか、撤回する気はないらしい。
「──~~~……ッ! ……キミが何を考えているか僕には分からないよ……」
項垂れたように顔を伏せるアウル・ナイトに対し、ウンディーネは相変わらずの目を向けたままアウル・ナイトの腕を外そうと彼の手首を掴む。
「分からなくて結構です。いい加減離してください」
遠回しに邪魔をするなと言われているのにも関わらず、アウル・ナイトはその手を離そうとはしない。
ウンディーネが二、三度と力を込めても変わらず、むしろ更に強く掴んでいるのかウンディーネの表情に若干の苦痛の色が混じる。
「この……っ! いい加減に……!」
「僕はキミが好きだ!!」
突然の告白と静寂。
黒雷は完全に置いてきぼりなので、近場にあったベンチに座り携帯糧食を齧る。
同じ道場に通い、ヒーローとして同じ死線を潜り抜けた者同士か。悪くないカップリングではないだろうか。
見世物としては上々である。
黒雷としては仲の良かった(と思っている)美少女が告白されている場面を見せられて、複雑な心境にでもなるべきなのだろうが……。ウンディーネこと水鏡 美月が高嶺の花過ぎて、勘違いする余地すら無かったのだから仕方ない。
(俺も女性から告白とかされてみたかったなぁ……)
非モテ街道まっしぐらの黒雷としては、自分から誰かに好意を寄せるなんて恐れ多い行為だという認識だ。
女性なんて話し掛けるだけでも緊張するし、笑顔の裏ではこちらに敵意を抱いている可能性すらある。そんな相手を食事に誘ったり、ましてや告白なんてしようものなら、翌日には社内や住んでいる地域全体に言いふらされて地獄を見ることになるだろう。
触らぬ神に祟りなし。自然体で過ごす自分を好きになってくれた相手を好きになればいいのだ。
決して自分から動いてはならない。これ、非モテオタクの鉄則。
閑話休題。
「僕はずっと前からキミの事が好きだった……! キミの傍に居られるように、キミを護れるように……僕は強くなった! だから……!」
捲し立てるように喋るアウル・ナイト。
告白という勝負どころでハイになっているのだろうが……ちゃんと相手の目を見れていないのは明白だ。
何故ならば黒雷から見えるウンディーネの目は先程よりも冷たく、冷気すら感じる程に冷ややかなのだから。
凡そ、少なからずでも好意を抱いていた場合の告白を受ける側がしていい目ではない。
「あんな怪人との勝負に拘らなくなって、僕と……ひっ!?」
ようやく彼女の目に気付いたのか、アウル・ナイトの口から今度は悲鳴が洩れる。
そこでようやく手の力が緩んだのか、ウンディーネはアウル・ナイトの腕を叩き落とすようにして払い、距離を取った。
「気は済みましたか?」
返事でもなければビジネス枕詞でもなく、ただ『気は済んだか』と、ウンディーネは言う。
もはや『はい』も『いいえ』も言う価値も無いのだと、それすらも言葉にする気のない返答だった。
「ぅ……ぁ……その………」
失恋を悟ったのか、ショックで言葉も出ないアウル・ナイト。ウンディーネはそんな彼を一瞥すると、興味を失ったのか存在を無視するように歩き、黒雷の前へとやってきた。
「フォローしなくていいのか、ど……知り合いなのだろう?」
同門だろう、と言おうとして言い直す。黒雷はアウル・ナイトの正体を知らない設定なのだ。
ツカサとしてならば二人の正体を知っているが、黒雷の姿でいる時はその情報を知らない体で話さなければならない。
二重生活の面倒なところだ。
「構いませんよ。ああやって私に告白してきた人はこれまでにも沢山いましたし、みんな翌日にはケロッとしていましたから」
どうやらダメ元で告白してきた男子と同列の扱いを受けたらしいアウル・ナイトこと斉藤くん。
憐れなりと同情してやりたいが、前に情報屋である三國から情報を買ったところそれなりにモテてているらしいので、つまりそれは黒雷の敵だ。
ショックで三日三晩くらい寝込むといい。
「それでこの勝負、受けてもらえますか?」
相応なリスクを勝手に背負って、ウンディーネは再度黒雷に問う。
その瞳に一切の揺るぎはなく、かといって100%勝つ自信があるようにも見えない。
ウンディーネは先の三機鬼神や秩父山中で黒雷の超加速は見ているハズで、その対策を立てていない限り勝機は薄いハズなのに、それでもなお勝負に拘る。
普段の彼女らしからぬ合理性の無さだ。
なので黒雷の返答はただひとつ。
「断る」
今ここで彼女との決着を付ける事は時期尚早だと判断した。
「……何故ですか? 貴方に分の悪い勝負とは思えませんが」
心底不思議そうにウンディーネが首を傾げているが、そうしたいのは黒雷の方である。
「それを分かっていて仕掛けてくるのならば、人知れず対抗策を講じたか自暴自棄の二択だろうよ。ますます受ける理由がない」
対抗策があるならば黒雷の負ける確率が高くなるし、どうにかしてダークエルダーに潜り込みたいという策略ならば勝つのにもリスクがある。つまり受けない方が正解というワケだ。
「まず、何故そのような回りくどい事をするのか私には分からなくてな。私を倒したいのならば戦力を揃えて囲むのが一番だし、仲間に引き入れたいにしても方法が雑過ぎる。こちらの軍門に降りたいのであれば、武装を解除して私に渡すのが一番信用を勝ち取れるだろう」
そのどれでもなく、タイマン勝負に拘るのが武人らしいとも言えるが……わざわざその作法に従う必要は黒雷にはないのだ。
妙な拘りに付き合うほど、黒雷の腹の虫は大人しくない。
流石に携帯糧食だけでは腹は膨れないのだ。
「……負けそうになったら逃げたり、今のうちに仲間を呼んで囲ったり、そういう事はしないんですね」
それは問い掛けだ。悪の組織ならばそれくらいの事をして当然なのではないかと。
その問い掛けに対してならば黒雷の答えは決まってる。
「真剣勝負を申し込まれた上でそのような行為をするのは、私の美学に反する」
美学、線引き、妥協できるライン……。
どんな表現でもいいが、とにかく『やりたくない事はなるべくしない』のが黒雷としての矜恃だ。
その答えを聞いて、何故かウンディーネは淡く微笑む。
そして……
「黒雷さん」
「私、貴方の事が好きかもしれません」
とある台座に刻まれた碑文
『このツルギ、使用者の心を写す鏡剣也』
『この剣引き抜きし者、白銀の鎧を身に纏いて騎士とならん』
『心清らかなる時、この鏡剣は邪を打ち払う聖剣也』
『幾万もの邪悪を討ち滅ぼせど光は消えず』
『心邪なる時、この鏡剣は悪へと堕ちる』
『憎悪を以て悉くを焼き尽くす闇が宿り、いずれその身は邪龍へと変貌せん』
『銀騎士よ、決して人を強く憎む事なかれ』
……この台座にはふた振りの剣が刺さっていたであろう窪みがある。どうやらその双剣は既に持ち去られた後のようだ。




