祭りの終わり その2
「キャロルの姿、声、視線、匂い……その全てが人々を魅了し、離さない。その効果はキャロルを五感で感じた瞬間から蓄積し続け、人によって差こそあれ最終的には熱狂的な信者となる。……なるほど確かに、王位継承権を争うには絶対的な壁になるだろうな」
黒雷はくつくつと笑いながら顔を顰める両殿下を眺める。
そう、キャロルの能力は『魅了』。出会った人達の心を掴んで離さないそのチカラは、正に完璧で究極の偶像にも成りうるものと言えよう。
真偽の程は本人に問い合わせたワケではないのでちょっと不安ではあるが、穏健派の般若面が語った内容だし、ノアも同意見だそうなのでまず間違いないとは思う。
そんな能力を持った王女様が本気でその座を狙ったとしたら、勝てる者なぞ極わずか。むしろ勝とうと意識すればする程に彼女に惚れていく羽目になるという、逃れようのない罠のような存在だ。
「……妹が姿を変えて歌手をやっていたという事実を認識できていなかった我らにも落ち度はあるが、それを分かっていて出演を許可したなんて貴様らは正気の沙汰ではないな」
憎々しげにギンガナム殿下は呟く。
「どうしてそう思うのだ?」
黒雷はそうギンガナム殿下へと問い掛けるが、その声に答えたのは床に蹲るムニエル殿下の方であった。
「貴様には分からんのか! あの女を野放しにするという事は世界最大の宗教が成立するのを黙って見ている事に他ならない! いずれはありとあらゆる人間があの女を崇拝し、意のままに動く奴隷となるのだぞ!?」
ムニエル殿下は吐き捨てるようにそう言うと、目隠しをされていながらもギンガナム殿下の方を見やる。
「兄上達も何故あの魔女を庇おうとする!? 生かしておくだけで害となるのが分かっているなら、殺してしまうのが一番ではないか!!」
なるほどそれが、派閥の中の一部の思想とはいえ強硬派がキャロルを排したい理由か。
継承権争いの邪魔という以前に、キャロルがいずれ全人類を支配下に置く危険性を無視できないと判断したのだ。
ギンガナム殿下はその問には答えず、黒雷を見て口を開く。
「貴様らが訳知り顔で介入した結果、少なくない数の人間が彼奴の虜になった事だろう。会場に居たものは言わずもがな、中継を観ていた者やこれから放送を見返す者、その全てが彼奴の支配下に置かれた」
ギンガナム殿下の、わざとらしいほどに低い声が黒雷達を攻めるように言の葉を紡ぐ。
「貴様らの庇護下に置かれた彼奴が、これからどれほど冗長し信者を増やすのか。いずれ世界人口の過半数を越え、彼奴は実質的に世界を支配する立場に上り詰めるだろう」
それはほぼ確定かのようにギンガナム殿下は話す。
まぁ確かに、キャロルがこのままメディアへの露出を続ければいつかは世界を征服してしまえるかもしれない。
たった一人のカリスマにも似た魅了の効果で、彼女だけを中心としたコミュニティは無意識の内に広がり続ける。
それこそキャロルを殺してしまわねば、外界との接触を絶った者以外は全てファンという名の下僕となるのだろう。
「貴様らはそんな化け物を生み出す切っ掛けを作ってしまったのだ。その責任をどう取るつもりだ?」
ギンガナム殿下の問いは黒雷に、ダークエルダーに、ヒーローに……彼女を助け導いた者全てに向けているようであった。
あまりの重苦しさに、その場にいるほとんどの者が閉口してしまうが……黒雷はそんな事を気にせず、自分にと配られたペットボトルを開けてお茶を飲んだ。
『………』
再び周囲から圧が掛けられるが、別に飲み物を飲むくらいいいではないかの精神で乗り切る。
ここでまた殺気を向けてはさっきの二の舞なので。
「……で、キャロルを生かした責任を誰が取るかって話だったか?」
黒雷的にはとてもつまらない話だ。そもそもこんな場で話す価値すらないのではないか、とすら思える質問。
「そんなの、キャロル自身が責任を持つだろう。他の者に文句を言うのは八つ当たりでしかない」
人の生き死にの問題を他人が話し合う必要がどこにあるのか。例えそれが王族であったり、いずれの魔王に成るような存在であろうと。
「貴様……事態が分かっていないのか?」
「分かっていないのは貴方だ、ギンガナム殿下」
何か言いたげなギンガナム殿下を制し、黒雷は苛立ちを込めて指先でトントンと机を叩きつつ彼を見やる。
「いいかね、殿下。我々はキャロルが『生きたい』、『歌いたい』と願ったからそれを手伝ったに過ぎない。彼女がこの先どう生きようと、我らの預かり知らぬところだ」
そして、
「彼女がいつ全人類を支配しようと目論んだのかね? 我らにはただ、理不尽に死を迫られた哀れな小娘にしか見えなかったが」
まぁ能力についてはキャロルが秘匿していたのは確かなので一概に無罪だと言い切るには若干不安があるのだが、それをこの場で言い出すとまた話が振り出しに戻りかねないので黙っておこう。
キャロルとしてはとにかく味方を増やさなければならない以上、能力をフル活用するのは間違ってはいないのだ。
ただその能力を知り、対策として機械人形を持ち出した彼ら両派閥の方が一枚上手だったというだけで。
「……ふむ、そうか。………よろしい、このままでは水掛け論になるのでこの話題は終わりとしよう」
何に満足したのか、ギンガナム殿下はそう言って話を切り上げた。
「ふん……兄上はいつもそうだ。“一”を聞いて“十”を知ったような物言いばかりする……」
ムニエル殿下のお小言の後、ここで一旦小休止みたいな雰囲気になった。両派閥のキャロル襲撃理由もある程度は把握できたし、せっかくならばと黒雷はマーテルレッドへと視線を向ける。
「そういえばマーテルレッドよ、貴殿が未来から来た理由、その辺を詳しく話してもらう事は可能だろうか?」
両派閥にそれぞれ付いたとされる未来から来たと宣う機械人形達。
この事件の最大のイレギュラー。
機械人形を主力とする謎の一団。
彼らが来なければここまでの大事にはならず、黒雷達とキャロルが出会う事もなかったであろう混乱の要因。
「……そうだな、もはやここまで歴史が変わったのならば教えても問題ないだろう」
何やらタイムスリップものでありがちな事を言いながら、マーテルレッドは粛々と語り出した。
◇
あれは俺達が次元観測員として働いている時だった。
……ん?
ああ、次元観測員ってのはそうだな……この時代の漫画でいうタイムパトロールみたいなものだ。
俺達の時代では無機物を過去に送る技術は確立しているが、まだ有機物の時間跳躍は不安定なんだ。
だから俺達のような機械人形の技術が発展し、過去に送られたりしてる訳だな。
俺達ならハエと混ざってもその部分さえ取り替えれば済むから。
で、この時間跳躍を使って悪さをする奴らもいる。
俺達と同じように機械人形を過去へと送り、自分達の都合のいいように歴史を改竄しようって奴らだな。
過激派と組んでた『オニガズラ』もそういうヤカラで、俺はそれを取り締まる側だったという話だ。
普段ならば奴らを取り抑えれば終わりなんだが、今回は別の調査依頼も入っていた。
詳しい話は専門用語だらけで多分説明しても分からないと思うので省くが、なんでも『過去の時間軸が何らかの要因で捻れ、過去から未来への連続性が失われつつある。その為この20XX年から過去を観測できなくなり、時間跳躍もできなくなった』のだそうだ。
そう、この時代……というか今年だな。
この年はアンタらダークエルダーの台頭やら色々あった年として記録されていたが、一番の問題はアレだ。
大邪神グァタゾーディアの復活。
この極東の地で治癒の巫女とやらが邪神の贄とされ、怪人クラバットルが世界を破壊したという大事件。
天から舞い降りた神々しい巨人が激戦の果てに打ち倒したらしいが、それでも人類文明への打撃はかなりの物だったという話だ。
具体的には総人口が半減し、島国や半島はほとんどが水没。残ったのは大陸と標高の高い山だった島と死海ぐらいなものだったと記録されている。
そしてキャロル、彼女が活躍するのは本来この後の話になる筈だった。
その魅力能力を駆使して半分まで減った人類をまとめ、世界最初の世界統一大統領になったのが彼女なんだ。
それが何をどうしてか、この現代では彼女は歌手として大成し、祖国に生命を狙われる立場にあったと。
これは何らかの歴史改変の結果だと我々は見ていたが、これ以上過去に干渉できない以上ここで帳尻を合わせるしかない。
オニガズラもこちらと対立している以上、どうにか穏健派と協力して先に保護しようと精鋭を向かわせたのが五日前……そこからは知っての通りだ。
……そうだ、もう俺の知る歴史と差異が大きくなり過ぎて繋がらない以上、俺達の未来とこの現代はパラレルワールドとして別々に存在する事になる。
ならば今の内にクラバットルをシバいてしまえば邪神の復活を阻止できるんじゃないか?
過去への過度な干渉は禁止されているが、些細な手伝いくらいなら……。
………………は?
もうクラバットルは倒されたし大邪神は封印された?
しかもそれが夏頃の出来事で、治癒の巫女が手に入らなかったクラバットルはキャロルを含めた巫女達を集めて生贄にしようとしていた?
…………すまんが説明してもらえるだろうか。
神様(?):あかん、また邪神が復活してしもうた。どれ、またセーブからやり直し、と……。
観測員:なんだなんだ、あそこの歴史だけしっちゃかめっちゃかになってて過去と接続出来ていないぞ!?
───
神様(?)が手を出した後の歴史を正史とするならば、マーテルレッド達の居た未来は分史という扱いになります。
多数に枝分かれした人類史の、人類が生き残った僅かな可能性の枝の先。
それが例えどれほど細くても、滅亡するよりは遥かにマシだろうと神は愁い、いつか蕾を付けるまで見守ろうと愛でるのです。