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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第八章 『悪の組織とお嬢と歌と』
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戦場に響くは歌姫の祈り その3

 【ah──】


 【例え未だに届かぬ想いでも】


 【きっと貴方に届けてみせるわ】


 【あの夜空の星々のように】


 【もっと輝け 星降る日々よ(スターレイニーディ)!】


 ………

 ……

 …


 曲が終わり、会場には一瞬の静寂が訪れた。

 誰もが息を潜めて余韻に浸る中、司会者が口を開くその前に誰かが拍手を始め、それに釣られるかのように万雷の拍手が全ての音を覆い尽くす。

 その喝采を浴びながら、肩で息をするオリヴィエ・琴里が笑みを浮かべて一礼。そして頭を上げるその頃には、その姿はキャロルのものへと戻っていた。



 ◇



 あまりの衝撃と熱気と幸福感に包まれた会場は、プログラムを組み替えて早めの休憩時間と相成った。

 興奮冷めあらぬ、といった感じの人々が次々と離席し船の中に複数ある食堂へと向かって歩いていく中、カレンは楓と陽を連れて控え室へと歩を進めていた。

 理由はもちろんキャロルに会う為である。


 ……正直に言って、本物のお姫様兼大人気歌手なんていう雲の上の存在みたいな相手に今更どのように話せばいいのかは分からないが、それでも今日この時間を逃せば二度と会えない可能性もある。

 たった五日間とはいえ苦楽を共にした仲なのだ。このまま終わりでは寂しいではないかと思い立ったのである。

 一応はラミィさん経由で本人に会えるか連絡をして、問題ないと言われたので三人で連れ立って歩いてきたワケなのだが……。

 「遠い、迷う、何処ここ……?」

 客席を立ってから既に十分弱。カレン達は、今自分達がどの辺に居るのかすら分からないような迷宮へと迷い込んでいた。


 ちゃんとラミィさんは案内役として小さな妖精みたいな光球を用意してくれてはいる。

 現在もカレン達の少し前をふよふよと浮かんでおり、それは迷いなく道を進んではいるのだが。

 「くそ……っ! 忍者屋敷なのかよここはっ!?」

 陽が半ギレになっている通り、関係者用のセキュリティゲートを抜けた先は何故か入り組むという言葉すら生ぬるいくらいに『グチャグチャ』だった。

 先程から何回壁に擬態した扉を抜けたか分からないし、ラミィさんが無効化しているだけなのであろう罠部屋を何度も通り抜けたし、何故か通路の真ん中に設置された大型ファンの羽の間を潜り抜けたりもした。


 もはや通路ではなく、ゲームによくある高難易度ダンジョンとすら呼べそうな道をひたすら通って、カレン達はようやくキャロルの控え室前へと辿り着いた。

 「やぁ、待ってたッスよ」

 控え室の前にはスズさんと枢 環さんが待っており、長く歩いたこちらを労うような表情をしていた。

 「こ、ここまで……厳重に、する必要が……あったんですか……?」

 ヒーローとして身体を鍛えている陽や楓とは違い、カレンの体力は並なのでひとりだけ息を切らしていた。


 言い訳にはなるがカレンだって一応特訓はしているのだ。しかしブレイヴ・シルフィとして戦闘する時は大抵が空中戦となる為に、空中での動きに慣れる為の訓練が主なのだ。

 決して基礎体力を軽んじているわけではないが、一朝一夕で身に付くものでもないのだから仕方ない。

 なので落ち着くまで少し待ってください。


 「まぁこれくらいしておかないと、侵入者対策とは言い難いッスからね。これでも一応不審者は三人撃退してるんで、あってよかった忍者屋敷ってくらいに思ってもらえれば」

 気軽に笑うスズさんであったが、彼女の忍者装束に返り血らしき血痕が残っているのが見える。

 「三人……そんなにいたんだ……」

 もちろん全員が刺客という事でもないだろうが、あの通路をノーヒントで抜けようとするのはかなりキツイだろう。

 モタモタしている間に警備員が捕まえに走れるので、足止めとしては優秀なのかもしれない。

 それでも彼女達が出撃する程の相手が居たという事実が何よりも怖いが。


 「まぁ、やり過ぎなのは承知しているケドね、VIP待遇ってのはそんなもんさね。……ここでアタシらと立ち話していてもなんだし、入りなよ」

 枢さんに促され、カレン達はどう話したもんかと迷いながらも扉をノックした。



 ◇



 ところ変わって戦場では戦闘らしい戦闘は全て終了し、残党狩りが行われていた。

 生産工場は全て潰したものの、機械人形数体が町に潜むだけでもかなりの脅威になりうる。潰すなら徹底的にと、現地のダークエルダーの戦力を総動員してローラー作戦が行われているのだ。

 黒雷も参加するつもりでいたのだが、幹部がわざわざ空を飛んで見廻ると黒タイツ達のプレッシャーにもなりかねないので辞めてくれと言われ、何かしたいならばと別の用事を頼まれたので今は穏健派達の根城となっていた地下室へとやって来ていた。

 

 意外にも穏健派は一切抵抗することなく投降したらしく、今は上役達を残して他は収容施設へと送られたらしい。

 その上役達は現在、黒雷達と机を挟んで向かい合わせになるように椅子に腰掛けており、王族らしき人物の後ろには数人のガードマンらしき黒服が控えている。

 黒雷は知らずに着いてきただけなのだが、図らずも交渉の場に同席する形となってしまったようだ。

 黒雷としては正直に言ってこういう場は苦手なので、騙された感があるのだが……一応、三機鬼神を撃破したダークエルダーの幹部という話は彼らも知っているらしく、かなり怯えたような目を向けられているので威圧係としては役に立っているらしい。


 「さて、この場は申し訳ありませんが本交渉の前段階……つまり非公式な“情報等の擦り合わせ”の場となります。ここで話す内容は公式な見解ではございませんので、予めご了承ください」

 まず始めに大隊長が大前提を口にする。

 この場はあくまでも非公式な場であり、全ては口約束でしかないという確認だ。

 互いにそれぞれの立場があるので、ちゃんとした交渉会議は後日となる。

 まぁ他国に密入国した挙句、戦争行為を仕掛けた上で敗けた国にどれほどの発言権があるのかは分からないが……そういう政治的な事は黒雷の専門分野ではないので気にしても無駄だろう。


 「ひとつ、いいだろうか」

 話し合いを始める前に、第三王子らしき人が手を挙げた。彼が部下に合図を送ると、隣部屋から目隠しをされて両腕を拘束された恰幅の良い男性が連れてこられ、その場の全員に見える位置で地べたへと座らせられていた。

 「貴様ッ! 無礼であるぞ!! 僕が誰だか分かっていないのか!?」

 男は乱暴に扱った人物に対して吠えているが、おそらく彼もまた王子なのだろう。

 おそらくは過激派の体のいい尻尾切りとして用意された哀れな生贄要因という事も知らずに、美味い汁を啜ろうとしただけの世間知らず。流石に口には出さないが。


 「もちろん存じ上げているとも、我が弟ムニエル・カプロ・グラハムイェーガー。しばらく見ない内に随分と太ったようだな。過激派での待遇は良かったのか?」

 「そっ、その声はギンガナム兄さん……!?」

 「そうとも、私の名はギンガナム・セヤック・グラハムイェーガー。兄者と共に穏健派を率いている者だ。よろしく頼むぞ、ダークエルダーの皆さん」

 後半の自己紹介はどうやら我らに向けたものだったらしい。

 彼らの国では王族のみ一夫多妻制らしく、ミドルネームが違うのは異母兄弟だからだと、先程ラミィが教えてくれた。

 弟を過激派側の重鎮として捕らえてこの場に連れ出したという事は、この会議に参加させるつもりなのだろう。

 彼にどれほどの権力があるかは分からないが、当事者であるのならば参加させた方が無難なのも確かか。


 「では黒雷殿、お願いしますよ」

 「何? 私がやるのか?」

 「そりゃ……交渉役が到着するまではそうなるでしょう。貴方は幹部で私は部隊を率いただけの隊長に過ぎませんから」

 「………この恨み、絶対に忘れないからな」

 「全部終わったら美味いものでも奢りますから、勘弁してください……」

 「私の家族も含めて回らない寿司屋だな。大食らいもいるから覚悟しておけ」

 「ハハハ……どうぞお手柔らかに………」


 以上が大隊長と黒雷の小声話。

 どうやら交渉役の到着が遅れているらしく、それまでは黒雷が繋がなければならないらしい。

 完全に威圧係として呼ばれたものだと思っていたから騙された気分……いや騙されたのだが、やるしかあるまい。

 「私はダークエルダーが幹部のひとり、黒雷だ。こちらの交渉役の到着を待つ間、私が応対する事になる。双方共よろしく頼む」

 悪の組織である以上、他国の王族だろうと敬語を使うべきではない。

 小心者のツカサにはキツイ話だが、黒雷であるならば偉そうに構えてなければならないのだ。

 不敬と言われようが、彼らは現状『王族を名乗る密入国者』でしかない。敬ってなぞいられるか。


 「さて……私は腹の探り合いなんてのは苦手でな。単刀直入に話を進めさせてもらおうか」

 やるならばなるべく情報を搾り取る方向で。文官としての教養もあるであろう王族相手にどこまでやれるか不明だが、悪の組織らしく武力行使もチラつかせながらならばある程度は融通も効くだろう。

 三機鬼神を相手にしているよりも胃痛を気にしながら、黒雷の戦いは続く……。

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