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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第八章 『悪の組織とお嬢と歌と』
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謳え唱え歌え、その御心のままに その12

「ご紹介に預かりましたキャルロッツェ・エヴィン・グラハムイェーガーですわ。まずは私がこの場を借りた理由をお話しましょう」

 今朝までの取っ付きやすいお転婆お嬢様らしさは何処かへと消え去り、ステージの中央に立つのは正真正銘のお姫様。

 数多の視線を前に物怖じせず、むしろ毅然とした態度で民衆を圧倒さえしている。

 一目で惚れてしまいそうな、そんなカリスマが彼女にはあった。


 「あんなお姫様がウチの兄にアタックしているだなんて未だに信じられませんね……」

 カレンは未だにざわめきが収まらぬ中で独りごちる。

 彼女は王位継承権を破棄しているとはいえ、王族の立場を捨てたわけではないはずだ。

 あちらの国の貴族制度がどのようになっているかは分からないが、第一王女と言うのならば他国の王族と婚姻を結ぶか少なくとも伯爵以上の家の者と結婚し何不自由ない生活が約束されているはず。

 日本人の血が混じっているとはいえ、そう無碍にできる筈もないのだ。


 だからこそ『なんでウチの兄なんかを』という疑念が湧くわけなのだが、まさか本当に邪神戦線の時に駆け付けた兄に一目惚れしたとでも言うのだろうか。

 「ねぇ楓、私の兄はそこまで魅力的な人物なのでしょうか?」

 カレンは思わず、隣に座る楓へと問う。

 自分だけの意見ではどうしても身内というフィルターが掛かってしまい、正当な評価などできそうにないからだ。

 しかし当の楓はカレンの方を向かずに、

 「それ、ホントにボクに聞いて意味あると思う?」

 とだけ答えた。


 「……愚問でしたね」

 忘れていたわけではないが、楓はツカサに好意を抱いているので既に中立の立場ではないのだ。

 そのまま語らせても魅力の部分しか語る事はないだろう。

 「……全く、どうしたものやら」

 数年前まではただの特撮オタクという何者でもない立場だったはずなのに、今では幾人もの女性から好意を寄せられるほどの男になってしまった兄。

 誰の恋路が叶うものかと、ただの妹であるカレンは嘆息する事しかできないのだった。



 ◇



 『我が国では今、次代の王位を巡って兄弟間で熾烈な争いが行われております。先の機械人形による住宅地襲撃事件は私の生命を狙う兄らの手によって行われたものであり、皆様に多大なご迷惑をお掛けする結果となりました』

 会場にて話すキャロルの声が町に響く。

 それは町中の街頭モニターや町内放送が一時的にジャックされたせいでもあり、大量のドローンが生中継の映像と音声を垂れ流しながら飛び回っているせいでもある。

 それはつまりどういう事なのかと言うと、どこに目を向けてもキャロルの映像が目に入り、どれ程の爆音で覆い隠そうとしてもキャロルの声が耳に届くという事である。


 「間に合わなかったか……っ!」

  苛立ちを込めて机を殴った第三王子は、慌てたように自分用のヘルメットを被りバイザーを下ろす。

 これはキャロルの姿と声のみを完全にシャットアウトできる特注品で、人間の部下全員にも配給してあるものだ。

 こうまでしないとあの()()()()()は防ぎようがない。それでも完全には防げないのが難儀なのだが……この土壇場ではもうどうしようもない。


 「状況は!?」

 「た、ただ今伝令が入りましたっ! ダークエルダーの守備は抜けず、第一王女様の奪還は未だに目処が立たず! ダークエルダーの手により過激派の機械人形及び生産拠点の大多数の破壊を確認!  三機鬼神の出撃を確認した為、マーテルレッドはダークエルダーの者と共にコレに挑むとの事!」

 敵地に乗り込む形となった穏健派は、通信の傍受や発信源の探知を恐れて本隊との連絡は全て伝令役を介する決まりとなっている。

 そのせいで情報の鮮度は失われるが、狭い島国とはいえ一国を支配した悪の組織と物量だけはある過激派を相手にするにはこれぐらい慎重でなければ立ち回れない。


 「……レッドのヤツめ、自らの未来を捨てて我らの“勝ち”を優先したのか………」

 マーテルレッド達の目的は、長期に渡るキャロルの生存の確約とXデーまで彼女の表舞台への登場を阻止することらしい。

 どうもその両方の条件を達成せねば彼らにとって都合が悪いらしく、故にキャロルの殺害を望む過激派と対立している穏健派と手を組んだのだそうだ。

 穏健派としてもほぼ同じ条件を目指していた為、好都合だった。

 もちろん穏健派の全員がキャロルの生存を望んでいるわけではないが、前線に出るのはレッド達なのだから幾らでも融通が効くという思惑もあったのだろう。


 だがこうして彼女が大々的に演説を始めてしまった今となっては、長期生存はともかく後半の条件を達成する事は不可能に近い。

 ならばと彼は考え、過激派の戦力をできる限り削る事に注力する事にしたのだろう。

 ()()()()を持ったキャロルがこうして公共の電波に乗ってしまった時点で両派閥共々大打撃なのだが……ここからは次善を狙っていくしかない。


 「各隊へ伝令! これより我らはダークエルダーと挟撃する形で過激派を一掃する! こちらが機械人形だけを狙っていれば向こうも意図を理解する筈だ、反撃は許すがコチラからダークエルダーへの攻撃はなるべく控えるよう通達しろ!」

 『ハッ!』

 待機していた伝令役が一斉に散り、各地に散らばった穏健派の者達の下へ向かう。

 打つ手なしの状態でキャロルの登壇を許してしまったのだ、もはや彼女を狙う理由はない。

 できる事と言えば過激派の主力を壊滅へと追い込み、あわよくば戦後の交渉の為に過激派側の指揮官クラスを捕らえられるよう動く事だ。


 ダークエルダーとしては穏健派も過激派も等しく侵略者として粛清するつもりだろう。

 一足先に生贄を用意しなければ、最悪は他国の王族だろうと容赦なく首を斬られる可能性がある。

 法や秩序なんて平然と無視するのが悪の組織。彼らが持つ武力を本気で国盗りの為に使うのであれば、王子の住まう国では一ヶ月も待たず支配される事だろう。

 「恐ろしい国だな、ジャパニーズは……」

 第三王子は大きく溜息をつくと、すっかり冷めてしまった珈琲を啜った。



 ◇



 『──よって私は再度、正式に王位継承権を破棄する事をここに宣言し、また……』

 キャロルの声が戦場に響く。

 彼女の能力は前もって知らせてあるはずだが、知っていてなお()()()()ということは、組織は彼女を利用する方向で意見をまとめたのだろう。

 それがどのような手段になるかは分からないが、キャロルが幸せな道を歩めるようになればいいと願うばかりだ。

 「さぁ、クライマックスが近いぞ過激派とやら。貴様らは一刻も早くキャロルを止めねばならんのだろう?」

 黒雷は口でそう言いつつも、会場へと突撃しようとするキジをその度に巨大な大盾(アイギス)をラケットのように持って打ち返している。


 今更止められるものかと思いつつ、愚直にも突進を繰り返すキジを殴り殴って十数回。

 キャロルの演説もそろそろ締めに入ろうとしているので、もうすぐ作戦の目的も達成されるだろう。


 ……と、思っていたのだが、


 『──はいっ! では真面目は話はこれでおしまいですわ! ここからは私のステージ、聴いていってくださいねっ!!』


 そうキャロルが言い出し、曲が流れ出した。

 それは今季の大人気アニメのオープニングテーマソング。

 アーティストは確か、丁度次の出番のハズなのだが……。

 「……いやまさか、ウソだろ?」

 思わず口調を崩しつつ、黒雷は街頭モニターを見やる。

 そこには先程まで可憐なドレス姿だったキャロルが、ダークエルダーの変身技術を用いて服装から髪型、人相までをほぼ別人にまで変化させる瞬間が生中継されている。


 そう、そこに現れたのは今流行りの大人気シンガー。


 『キャルロッツェ・エヴィン・グラハムイェーガー改めオリヴィエ・琴里! 【煌めき☆スターレイニーデイ】を歌います!!』


 これが答えかと、黒雷は唸るしかできなかった。

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