謳え唱え歌え、その御心のままに その9
ブチギレたナイトくんの双剣が縦横無尽に軌跡を描き、対する黒雷のトンファーがそれを全て受け・防ぎ快音を鳴らす。
怒り心頭のハズのナイトくんではあったが、どうやらランスを一旦置いて別の得物を扱うだけの冷静さはあったらしい。
そもそもナイトくんの持つランスは馬上槍だ。
長い槍を携えて馬に乗り、突進力を活かして相手を突くヒットアンドアウェイ。それがランスの戦い方である。
ガンの付くランスであろうとそれは同様。とある狩りゲーで徒歩運用しているのが本来はおかしいのだ。
ナイトくんの場合は着込んでいる鎧がパワードスーツか何かなのか、背中にブースターが付いているらしくそれによって突進する事は可能らしい。
……だが、それは黒雷には効かなかった。
二、三度ほどナイトくんはランスによる攻撃を試したのだが、普通に片腕だけで弾けてしまった。
その事がかなりショックだったらしく、以後はランスを持たずに双剣でのみ戦っているというわけだ。
ゴリゴリのインファイターで遠距離攻撃もあって高速移動も可能である黒雷に対し、中距離を維持しなければならないランスでは相性が悪いので正解ではあるのだが。
「問題は、貴殿の攻撃が何一つ怖くないということなんだ。分かるかね?」
『うるさい! 黙れ!』
ナイトくんは躍起になって双剣を振り回してはいるが、黒雷の神経速度はノアによって常人よりも加速状態にあり、ナイトくんが剣を振るう前に反応できてしまえるのだ。
例えるならゲーム中に画面がスローモーションになってボタン操作を求められるような、QTEみたいな感じ。
なので武器に何かしら特殊な効果が付いていたりしない限り、黒雷に負けの目はまず無い。
それでも黒雷が未だに決着を着けずにいるのは、単にその方が防衛に貢献できているからだ。
黒雷とナイトくんが争っていると、過激派の自動人形達はどういう思考プログラムを組まれているのか漁夫の利を狙うように動く。
つまり邪魔者をまとめて排除できる機会を逃さないよう、優先順位を変更してまで黒雷達のいるフィールドへと降りてきてくれるのだ。
おかげで会場に向かう数は随分と減ったらしいと大隊長が言っていた。
「……という茶番に付き合ってもらっているワケだが、貴殿もそろそろキャロルを確保してどうしたいのかを教えてはもらえんかね?」
『黙れと言っている!!』
黒雷が先程から『今は餌になる為に手を抜いてあげているよ、暇だから雑談しようよ』と説明を兼ねて煽っているのだが、ナイトくんの返事はつれないものばかりだ。
本当はナイトくんから色々話を聞けたら有難いと思っていたのだが、思った以上にキレてしまっていて手を付けられない。
更に燃料を追加している側が言えたものではないのだが、貴族社会のプライド等も絡んでいるならばさもありなんと言ったところか。
「いや何、実はこちらも分からない事ばかりでな。誰がキャロルの味方であり、誰が敵なのか……それを見定めようにも情報が足りぬのだ」
剣戟の巻き添えという形で寄ってきた機械人形達を処理しつつ、黒雷は独り言のように言葉を紡ぐ事にした。
ナイトくんがその言葉に反応して何かを話せば上出来、話さなくても何かしらに反応があれば御の字くらいの気持ちだ。
「まず最初に、我々がキャロルを監視対象として認識したのは五日ほど前だったか。彼女が執事型の機械人形に追い立てられ、とある公園へと逃げ延びた時だな」
話すのはあくまでも第三者視点。
キャロルに関わったのは大杉 司という人物であり、黒雷ではないからだ。
「その時に現れたのは追い立てていた1機の機械人形と、町中に紛れ込んでいたお仲間らしい16機の機械人形達。公園に現れた方はその場にいた者が処理をし、残りは自爆テロを起こそうとしたので処分された」
あの時はいきなり対物ライフルを撃たれてどうしたもんかとなったが、あれだけの装備とAIを備えた機械人形はその後には現れていない。
「……私は又聞きだが、当時はキャロルを確保しようとする動きは見せていたが、殺そうとはしていなかったらしいじゃないか。つまりアレらは穏健派陣営の物で間違いないか?」
『くそっ……! 余裕ぶってやかましいヤツだ!』
答える気はないと。とりあえず質問は続行。
「その後にキャロルは多数のヒーロー達と町中の道場へと篭もり、その際に多くの機械人形が道場を襲撃、撃破されている。こちらは知能が低いと報告を受けているが、これは過激派の物で間違いないか?」
『分かりきった事ばかり聞くヤツだな、貴様は己で考える事ができんのか! だからジャップ産の怪人はごっ……!?』
おや、思わず出てしまった右フックがナイトくんの横っ面に刺さってしまった。
手加減はしたが、殴られた格好のまま後ろに倒れようとしたので仕方なく彼の腕を掴んで気付け薬代わりの電気ショックを浴びせる。
『…………ッッッ!!?』
三秒ほどで起きられたみたいなので、黒雷はそのまま手を離す。ナイトくんは尻餅をつくが、上半身だけは手で支えていられているので問題はないだろう。
「全く困るよ、戦いの最中に眠られては餌の意味がなくなるではないか」
あくまでも気絶したナイトくん側が悪いと言い張りながら、黒雷は手隙の間に周囲の機械人形をルミナスビームで薙ぎ払い一掃する。
こうして時折処理しないと無双ゲーのように囲まれて鬱陶しいのだ。
『クソッ……ふざけたヤツだ』
ナイトくんは悪態を吐きながら痺れた身体を起こす。
これだけ力の差を見せ付けられても未だに黒雷へと挑もうとするあたり、実は足止めが狙いなのかとも勘ぐってしまいそうだ。
何をしたところで無駄なのだが。
「さて、話の続きだな。機械人形という消耗品より前線に人間の騎士が居るという状況から見るに、キミ達穏健派にはもう前線に出せる機械人形が無い、又は少ないのではないか?」
キャロルの元近衛騎士が救出に逸る気持ちは分かる。だが、それにしたって機械人形を前に出さない理由はない。
せめてバディなり小隊を組んだりして人数差をカバーするのならばいざ知らず、今の戦場にはそれなりに統一規格らしさを残した過激派の機械人形やらと甲冑を着た騎士しか発見報告が上がっていない。
既に会場の中へと乗り込んでいるならば話は別だが、会場にいる全ての人物を常時生体スキャンしていると豪語したラミィ・エーミルからの報告がないのでおそらくその線も薄い。
ならば、
「……もしかして、王族が直接この戦場の指揮を取っているのかね? そして機械人形はその護衛として残っている、とか」
それはあくまでも憶測の範囲を出ない。
余りにも荒唐無稽な話なのだが、有り得ないと断ずるのも早計ではある。
しかもそう問い掛けた瞬間、ナイトくんの肩がピクリと震えたのを黒雷は見逃さなかった。
「……まさか、本当に? 他国の王族が無断で日本に戦力を持ち込んで、あまつさえ本人まで乗り込んでいると?」
その言葉に対するナイトくんの反応は、無言。しかし騎士に選ばれる程の人物が『否定をしない』という時点で、それは半分認めたようなものだ。
「なんという事だ……」
これはもはや、たったひとりの少女を巡る戦いというだけに収まらない。
もはやこれは国家間の戦争のようなものだ。
国際問題なのは間違いないし、王族に何かあっても戦争を仕掛けたのは相手側。正当性は日本国にある。
キャロルひとりに対して行っていい策ではない。
「貴殿らは何故そこまでの博打を打ったのだ? 過激派はいざ知らず、穏健派はまだ身の振り方があったはずだが」
全てが終わった後に、全ての罪を過激派に擦り付けて処罰するのが穏健派にとっては最良の筈だ。
今の穏健派にそれができるかは置いておくにしても、日本で過激派の戦力が相応に削られている様子は報告を受けていてもおかしくないのだが。
『私が知ったことか。私はキャロル様の身の安全さえ確保できればそれでいい……。大体、未来から来た等と妄言を吐くロボットなぞを信用する方が信じられん……』
「──待て」
今滅茶苦茶おもしろ……変なこと言わなかった?