謳え唱え歌え、その御心のままに その6
予想よりも早い呼び出しに、黒雷は迷わず戦場へと飛び出した。
目視できる機械人形全てに挨拶代わりの電撃を浴びせながら飛び回ること十数秒、丁度よく空いていた広間へと着地する。
そこは元々は広い公園だったようだが、今は壊れた機械人形の積み重なってできた鉄くずの山が幾つも連なって広間を囲み、外からの視界を遮っている。
偶然できた形ではないだろう。誰かが意図してこのように形作らねば、スクラップの山でリングなんぞ作れるはずがない。
「ウチは防御主体だし、やるとしたらアイツらか……」
過激派と敵対し、更にダークエルダーにも喧嘩を売る立場の相手。
『待っていたぞ、ダークエルダー』
その声と共に現れたのは、スクラップ山の頂きで赤熱したランスを持つ一体の機械人形。
コイツは明らかに他の量産型とは纏う雰囲気が違う。見た目からしてワンオフの、おそらくはエース級として期待された機械人形だろう。
常人ならば抱えても持てないような巨大な大槍を右手に持ち、左手にはこれまた巨大な盾を持つ機械人形は、さながら騎士の如き風格を身にまとい黒雷を睥睨するように見下している。
「貴様は穏健派側の機械人形か。一体私に何の用かね?」
待っていました、と言われる理由は黒雷にはない。ツカサの場合はいくつか思い至る事もあるが、少なくとも“ダークエルダー”の名は今回の事件にはほとんど関わりがないハズなのだ。
対する機械人形エース……名前が無いと不便なので『ナイトくん』とでも呼ぼうか。
ナイトくんはランスの先端を黒雷へと向け、あたかも「コチラが上位であり脅す立場」という言外の圧を崩すことなく告げる。
『これは警告であり命令だ。今すぐキャロルを会場から連れてきて我々に引き渡せ。そうすれば我々も、過激派の連中もコンサートには興味がなくなる。貴様らにとって悪くない条件の筈だ』
……なるほど、あくまでもキャロルを匿っていたのは『ヒーロー連合』であり、会場の護衛をしているのはヒーローと敵対する『悪の組織』。そこに付け入る隙があるように見えたのか。
しかし残念ながら、彼らの勘違いを正してやる程黒雷は善人ではない。
「そのキャロルという者が何者なのかは知らないが、我々の任務はこのコンサートが終わるまでの護衛であり、テロリストであるお前達に与する理由はカケラも存在しないのだ。……そう言ったら、お前達はどうするかね?」
何も知らない振りをしているが、『穏健派』の名前を出している以上、ある程度は事情を把握している上で渡さないという選択をしたのが丸わかりである。
要するに回りくどい宣戦布告なのだが、対するナイトくんは無言で首を振り、
『警告はした。今日この場で滅びようと文句は言うなよ』
などと、あたかも自分が強者であると信じて疑わない発言をし、ランスを構えた。
「……いいじゃないか、キミは凄くいいよ」
ここしばらくは『ヒーロー』として活動していたせいか、悪役としてこの場に立てる事がとても楽しく感じる。
ナイトくんの実力は未知数だが、それは黒雷自身だってそうだ。
『飛竜鎧装』を手に入れてから、おそらく全力を出していい相手というのはこれが最初。何せ機械人形なのだから、壊してしまっても何ら問題はないのだ。
「腕試しの丁度いい実験体になりたまえ」
そう言って黒雷は、己の得物たるトンファーを取り出し、構える。
このトンファーもまた改良を重ね、今回が初陣だ。
どこまでやれるのか楽しみである。
ずっと話していたせいか、スクラップの山を乗り越えて過激派の機械人形達が黒雷達に向けて殺到し始めているが、会場へと向かう奴らのヘイトを稼げているなら役割は果たせるので問題ない。
「来なよ、ド三流。格の違いを見せてやろう」
その挑発が聞こえたのかどうか、ナイトくんは無言でランスを構え、まっすぐ黒雷へと向けて突進を開始した。
◇
“滑空板”に乗って空へと打ち上げられたウンディーネは、同じく空を舞う者の所へと進路を向けた。
この板は推進力こそ無いものの、僅かな風ですら掴んで浮遊を続けてくれる謎の高性能な板だ。なので、板の先を進みたい方向へと向けさえすれば、
「推進力は自前で用意すればいい……!」
ウンディーネはサラマンダーのように炎を使ってジェット噴射の再現みたいな事はできないが、水を操る能力でもある程度は代用する事が可能だ。
尤も、自身の肩甲骨辺りから勢いよく水を噴射して代用するだけなので大した推力にはならず、下にいる人達にはかなりの迷惑になるのだが……進んでいるのでヨシ。
そうして滑空すること一分弱。ようやく空の支配者のように佇む彼の下へと辿り着いた。
「黒雷さん!」
ようやく出会えたという思いもあり、無事で良かったという想いもある。
何から話そうかとずっと考えていたのだが、とにかく今は彼と共に戦場を駆ける事ができるなら──
「悪いが俺は相棒……黒雷じゃないぞ?」
目の前にいたのは黒雷によく似てはいるが全く別のデザインの鎧を纏った知らない人でした。
「……だれ?」
なんとなくイラついたので、今まで乗っていた“滑空板”を掴みブーメランのように投げ捨てる。丁度よく大型機械人形がいたのでそちらに投げたのだが、鋭利な刃物で切り取ったかのように首だけを綺麗に切り飛ばす事ができた。
あの板、もしかしたらとてもいい素材だったのかもしれない。
支えが無くなったウンディーネはそのまま落下し、着地。せっかく黒雷に会いに来たというのに空振りだとは思わなくて、何だかやる気が削がれてしまった。
「アンタはブレイヴ・ウンディーネだったな」
ウンディーネに合わせてか、黒雷のそっくりさんもまた地上へと降りてくる。
よくよく見れば彼の姿は秩父で見たワイバーンに似ていて、思わずあの日の夜の事を思い出してしまう。
「俺は雷瞳ミカヅチ。黒雷の『相棒』だ」
己を指さし、『相棒』の部分をやたら強調するミカヅチ。
相棒ならば似ていても問題ないのだろうか。そもそも今まで見たこともない怪人が相棒とは……?
「相棒というなら、黒雷さんがどこにいるか知っていませんか?」
ウンディーネは一縷の望みをかけてミカヅチへと問う。同じ戦場にいるのだから探せばいいだけなのだが、敵が広範囲に散らばっている以上は黒雷がどこに行ってもおかしくないので、ある程度は当たりを付けておきたい。
「もちろん分かるぞ」
「では教えてください」
流石は相棒、ちゃんと位置を把握しているようだ。
だけど、何故か雷瞳ミカヅチは渋るような仕草を見せ、
「……教えてもいいが、先に少しだけこの辺の掃除を手伝ってくれないか? どうやら面倒なのに目を付けられたらしくてな」
そう言って彼は得物らしき大剣を取り出すと、ウンディーネに背を向けるように構えた。
悠長に立ち話をし過ぎたのか、いつの間にか機械人形に周囲を囲まれていたらしい。
しかもその包囲網の中には、明らかに高性能そうな機械人形も混ざっている。
「……まぁ、いいですよ。どの道キャロルの邪魔をする連中は片付けなければならないのですから」
ウンディーネだってヒーローだ。黒雷に会いたいという気持ちはあるけれども、己の責務を忘れる事はしない。
なのでウンディーネも得物を構え、雷瞳ミカヅチと背中合わせになるようにして立つ。
「助かる。片付いたらアイツの居場所と、オススメのプロテインをプレゼントさせてもらおう」
「何故プロテイン……?」
その疑問に答える声はなく、二人はほぼ同時に跳躍して包囲網を食い破らんと剣を振るった。
ここが凄いぞ“滑空板”
・実は黒雷の持つ巨大な盾『アイギス』の再現を目指し作られた特殊合金製。
・軽くて丈夫なので盾としても使えるし、勢いさえ良ければ翼の部分で相手を切り裂くことも可能。
・実はジェ〇トスク〇ンダーみたいなタイプもある。
モンハンワイルズの発売により余暇が消し飛びましたが、頑張って更新は続けていきたいです。