謳え唱え歌え、その御心のままに その4
水鏡 美月が廊下へと出てみれば、そこは警備用のドローンが多少浮いている程度で人も音も少ない場所だった。
何せ今はコンサートの真っ最中。わざわざトイレ以外の理由で廊下に出るものは少ないだろう。
「出口は……?」
コンサート開始時の説明ではこの船は警備の関係で外への出入りはかなり制限されるとあった。
なんでも巨大なドーム型シールドを発生させているので、どうしてもという場合を除いては外へ出ると二度と中には入れないとか。
まぁそんなもの、今の美月には関係ないのだ。
コンサートを最後まで楽しめないのは残念だが、それよりも会って話したい人がいるのだから。
「しかしこれでは外に出られませんね……」
先程から何度か外へと通じている扉を開きはしているものの、シールドが行く手を阻んでいて脱出する事ができずにいる。
シールドを壊して出てしまおうかとも考えたが、それでは機械人形達の思う壷だ。
どうにかして警備員が使うような出入り口を見付けなければならないが、一般人が外に出ようとしてもきっと止められるだけ。
何せシールドの内側からは見えない・聞こえないようになっているだけで、外では今まさに機械人形達との戦闘の真っ最中なのだろう。
かといって変身して内部を走り回ればパニックになりかねない。
どうしたものかと思案していると、ピコンという小さな音と共に手元にウィンドウが浮かび上がった。
「なっ……!?」
驚いて一歩引いてしまったが、よくよく見てみればそれは美月を中心としたロケーションマップとなっており、案内図と向かうべき方向が矢印で記されている。
「……誰だか知りませんが、手助けしてくれるんですか?」
虚空に問い掛けてみたが返事はなく、代わりにウィンドウにサムズアップの絵文字と共に文章が表示される。
『ヒーローガール、今は互いの詮索は無しにしましょう。貴女に戦う意思があるのならば、私は貴女が外に出るまでサポート致します』
……しれっと美月がヒーローである事がバレているようだが、まぁわかりやすい行動をしていた方が悪いということで。
「では黒雷さんのいる戦場に近い出口まで案内をよろしくお願いします」
美月の言葉にウィンドウは再びサムズアップで答えると、時間が惜しいとばかりに移動を始めた。
「あっ、先導するんですか……」
若干のツッコミどころを感じつつも、美月は宙に浮く謎の電光四角形を追いかけた。
◇
「あー……確かに、先導するのなら妖精型の案内人でも良かったかもしれませんねぇ」
《栄光のドリーム・ラウンド号》の制御室で、美月の監視を担当しているラミィ・エーミル13号が呟いた。
ウィンドウ型ならば文字も表示できて便利だと思ったのだが、小さな羽の生えた光球が牽引した方が『らしい』かもしれないと今更気付いたのだ。
「なら次のヒーローはそうやって担当すればいいではないですか」
13号の言葉に、日向 陽の監視を担当する14号が答える。
「それもそうですね」
という言葉に、この場にいる全てのラミィ・エーミルが同意した事で会話は終了した。
……まぁ今のはラミィとラミィの掛け合いなので、実質は独り言の応酬なのだが。
今現在、この制御室には200体程のラミィ・エーミル分身体が存在し、ドリーム・ラウンド号の制御を一手に任されている。
あまりにも便利になり過ぎたラミィの存在に誰もがおんぶにだっこ状態なのだが、本人もメイドたるべしと産み落とされたので気にする事はない。
むしろ信仰が増す一方なので更に強くなっていたりする。
「……で、やっぱりあそこに誘導するんですか?」
27号の言葉に13号はサムズアップで返答とする。
せっかく無理を言って用意してもらった設備なのだ、活用しなければ勿体ないだろう。
「この辺の影響は、おそらく旦那様の気質なんでしょうけどねぇ……」
オタクサブカルチャーに汚染されて生きてきたツカサにより名付けられ存在を確定したラミィの本質は、彼の影響をモロに受けている。
ご主人様である大精霊ノアですらオタク文化を取り込んでいるので尚更だ。
それを苦痛に思うことはないが、〇〇語録等の定型文での会話はまだ少し慣れない。
「ま、楽しければ良いと言うことでぇ」
オタクの子として生まれなければこういう事はしなかったろうなと思いつつ、13号は例の場所へと美月を誘導していく。
お楽しみはまだまだこれから、だ。
◇
「おおおおおッ!!」
黒き鎧に身を包んだ男達が大槌を振るう。
それは強化された腕力と大槌に搭載されたジェット噴射による加速を加えた大打撃と言うに相応しい一撃だ。
対する機械人形が例え8mを越す巨体だとしても、先の一撃が両の膝関節へ叩き込まれればそれだけで己を支えられず倒壊するしかない。
「図体がデカいばかりで大した事はないな! もっと人工筋肉を盛ったマッチョ人形でも持ってこいッ!」
重装隊の面々は次々と大型の機械人形を撃破しながら会場の周囲を駆ける。
並のヒーローと同等の戦闘力を持つ彼らにとって、今相手にしている機械人形達は大した問題ではない。
放置していてはまずいであろう大型機械人形を集中的に狙い、物のついでとばかりに小型の機械人形達を次々と無力化していくのが彼らの仕事だ。
味方陣営からの援護も相まってキルスコアは上々。
会場の護衛を担当する者の今回の特別ボーナスは固定額+歩合制となるので、前線組は人形を狩れば狩るだけ懐が温かくなる仕組みだ。
故に、
『左舷側に大型3、飛行型3、タンク2! 各員はハンマーヘッドを援護しろッ!』
「「「「ヒャッハー!!」」」」
と、機械人形のお代わりが出てくる度にテンションをブチ上げて突撃していくヤバい集団と化している。
「今回は楽に儲かるな兄弟ィ!」
「それでも気を抜くなよ兄弟ィ!」
互いに声を掛け合いながら、三機一隊として動く彼らの活躍により機械人形側の前線は既に半壊している。
このまま押し込めることができれば生産工場を突き止め破壊できる。そうすれば少なくとも侵攻の手は止まるはず……。
なんて考えが呼び水となったのか、突如として戦場を赤い閃光が薙いだ。
その閃光は一直線に《栄光のドリーム・ラウンド号》へと向かうが、『ハンマーヘッド』の一人が射線へと割り込み盾を構えて受け止める。
「ぐっ……うおおおおおっっ!!」
盾が溶断されそうな轟音に耐えること数秒。
推進剤と盾の寿命を全て使い切る事でようやく受け止めきったが、この攻撃が一発限りとはとても思えない。
リチャージが必要な部類だとしても、使用可能な機械人形を残しておいてはジリ貧となる。
つまりは、だ。
『黒雷、雷瞳ミカヅチ! アンタらの出番が来たぞ!』
大隊長の声と共に二体の飛竜が翔ぶ。
翼を持つ彼らは一気に前線を飛び越え、閃光の主の下へと向かう。
戦場は未だに鎮まる気配は無い。