祭りの前日 その2
コンサート・フェスティバルの打ち合わせはそこそこに、その日のツカサの業務の大半は書類の処理と戦闘データの分析に充てられた。
ブレイヴ・エレメンツとのタイマン戦闘が三回に戦闘員ジャージの実験、ハク・狐月七甲の実戦テストなど、多くのデータを持ってきたものの、それを処理できるほど余裕のある社員が誰もいないのだ。
ブレイヴ・エレメンツ達の正体なんて特ダネもそこそこに捨て置かれ、多くの社員達が目の前の作業で手一杯という修羅場に近い状態となっている。
「誰か今、ハクと仮契約中の炎の精霊とコンタクトとれる奴いるか~?」
「そっちは私が担当するから、今夜会場で泊まる戦闘員はちゃっちゃと準備済ませて帰ってくれる? あまり残業されるとローテが狂うのよね」
「食堂から揚げたての唐揚げ貰ってきたぞ! 冷める前に皆で喰ってくれ!」
「このプリンター使ってそのままのやつ誰だよ! 寄りにもよってコピー本そのまま置いていくんじゃねぇ!」
「油物なんて今入らねぇよ! おむすびも一緒に貰ってきておいてなんでそっちを宣伝しねぇんだ!」
「おむすびの中身が鮭とツナマヨとゴールデンエイジだからに決まってるだろ!!」
「ゲッ!! 食堂のおばちゃんの気まぐれゴールデンエイジかよ……」
「筋肉のお供にはササミとブロッコリーだ!」
「しかもこのエレメンツ百合本、会場限定だろコレ! 早く出てこないと一冊貰うからな!?」
「あのおばちゃん、当たりの時はマトモな物を入れるくせに空回りした時はグミとか入れてくるんだよなぁ」
「グミならまだマシだろ。俺の時は一口目を噛んだ瞬間にシシャモとシジミの味噌汁が溢れてきて口の中で定食が完成したわ」
「煩悩蔵十文字院先生! 煩悩蔵十文字院先生は至急百合本を取りに来て下さい! 早くしないと会場で頒布する分が無くなりますよ! 代わりに俺が代金集めてるんでソレも受け取ってネ!!」
「ねぇこの会場の見取り図、抜け道が四つくらい罠で潰されてるっぽいんだけど周知されてるのー?」
……とまぁ、こんな感じで非常に忙しいのだ。
とてもじゃないが分析作業を手伝ってくれとは言えず、ツカサは仕方なく別のお方に手伝いを依頼して作業に取り組むことにした。
「ニンゲンって大変よね。アタシの生まれた時代よりも便利になったクセにそれ以上に忙しくなっちゃってサ」
「そうは言ってもミソラ様、社畜という名の奴隷階級同前の扱いを受けてる人たちは好きでそうなっているワケではないのですよぉ。……全ては今までの政治家が無能なせいです」
「国の頭が腐ってると末端も腐るのね……!」
なんだか思想の強そうな話題を話しているのはミソラとラミィ。彼女達は雷の精霊としての性質を利用して、パソコンの中に入って作業を手伝ってくれている。
報酬が手巻き発電と高級和菓子なら安いものだ。
ノアは何やらやりたい事があると言ってヴォルト・ギアから出てこなくなってしまったので、その代わりを依頼している形になる。
「とは言っても、私達がやると彼女達のプロフィールまで正確に出せてしまうのでぇ……取捨選択は旦那様にお任せしますねぇ」
ラミィが言う通り、彼女達はやろうと思えば至る所のデータベースから何もかもを持ってこれてしまうので、その何が必要か不要なのかはツカサが選ぶ事となる。
とりあえずスリーサイズなんて物は速攻で削除しつつ、今までのデータと見比べてどのような成長を遂げているかや好む戦法、一度に出せる炎と水の総量などラミィ達がいないと到底まとめ切れないような情報も処理してもらい、ツカサはそれを報告書としてまとめる。
「アタシはドーラやウェンディ達の情報を書き起こせばいいのねっ! 付き合いはアタシの方が長いんだもの、適任よね!」
ミソラにはブレイヴ・エレメンツ付きの精霊達の情報をテキストにまとめてもらっている。彼らにも彼らなりに歩んできた道があり、それを知るのも今後の人類と精霊の付き合い方を考える為の一助となる筈だ。
ミソラは永らく封印状態だったんじゃないかと心配したが、実は現在進行形で『精霊界』なる空間で他の精霊達と昔話に花を咲かせているらしい。
気分は同窓会らしいので、こちらは好きにさせておいても問題ないだろう。
「おうい、ツカサくんや。ちょっと黒雷の武装について話があるから、こっちに来てくれんかね?」
「はいただ今!」
ツカサは久々の支部勤務にてんやわんやとなりながらも、何とか一日の業務をこなしていった。
ブラックカードの一件はいつまでも頭から離れようとはしなかったが、カシワギ博士が後で筋肉郵送を使ってマンションに金庫ごと届けてくれるそうなので一安心としよう。
流石に一介の凡人が貴重品を持って外を出歩きたくはない。
◇
そして一日の業務が終わり、ツカサは道場へと戻る。
多少の変装と認識阻害装置の出力を上げての帰路だが、襲われる事はなかった。
昨日から機械人形達の襲撃も散発的になってきているし、おそらくは明日の本番に備えて戦力を温存しているのだろう。
正直あの量産型ロボット共なら大した障害にはなり得ないのだが、初日の執事型が量産されていたら面倒だ。
明日はヒーロー達を会場内のVIP席に押し込んで会場の外はダークエルダーの戦力だけでの防衛となる為、特化戦力は必然的に黒雷やミカヅチ等のネームド級で対処する事になる。
守備範囲は決まっているものの、おそらく反復横跳びは避けられないだろう。
「それでも、頼るワケにはいかないからなぁ」
ヒーロー達の手綱を握れるものでは無いので、会場内で万が一の場合の遊撃戦力として残っていてくれた方が有難い。
ゲスト達にはそれなりのSPを付けるものの、ヒーローにはヒーローなりの“勘”というか巡り合わせみたいな動きをしてくれる時がある。その偶然に任せた方が上手くいく時もあるのだ。
あとは万事塞翁が馬、上手くいくかどうかは相手方の本気度合い次第だろう。
「──ん?」
ふと、帰り道の曲がり角付近に人影が見えた。
そこは既に避難区域のハズで、一般人ならもうこの辺には残っていないはずだ。
パトロール中のヒーローならばいいが、そうでなければ……。
ツカサは万が一に備えて和服へと着替えて和傘を構える。
ハクに変身するかと迷ったが、あちらは変身時の音声認識とエフェクトが奇襲するのに邪魔になる。どうせ着替えるのはヴォルト・ギアの操作だけで済むので、チラリと姿を確認するだけならばこちらの方が良いだろうとの判断だ。
「……」
そっと手持ち鏡を角から出し、先の様子を確認する。
そこに居たのは怪しさを隠そうともしていない、黒いローブで全身を覆った般若面の人物。
間違いなくヒーローではなく、ツカサがここ数日で出会った人物達とも違う。
不審者なのは間違いないが、その目的は何なのか。キャロルを狙う者であればこの場で鎮圧し尋問部隊へと引き渡すのだが、中にいるヒーローのファンですと言われたらちょっと対処に困ってしまう。
だがそんな心配もすぐに不要なものとなった。
その不審者は角に隠れているツカサに気が付いたのか、両手を上げて近付いてきたのだ。
「キャロラインを匿ッテいる組織の一員だナ?」
不審者は角を曲がる手前で立ち止まり、その声だけがツカサに届く。その声はボイスチェンジャーを通した男女とも分からぬ日本語だが、話し方に外国人らしい独特の訛りが聞き取れる。
あの執事型ロボはもっと流暢な日本語を話していたので、本人か人形かは分からないが少なくとも対話しに来ているのは理解できた。
「少し話がシタイ。付き合って貰えないかネ?」
不審者はそう言うと、未だに顔を出そうともしないツカサを顧みずに歩き出す。
場所を変えようというのだろう。
「……いいぜぇ、付き合ってやんよ」
未だに正体の掴めない黒幕の尻尾。散々翻弄されたツカサとしては、目の前にソレを振られたら捕まえたくなるというもの。
また残業として申請しなきゃなと思いつつ、ツカサはカシワギ博士への連絡と録画・録音の準備を始めるのだった。
あけましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくお願い致します。
……年末年始は感覚が狂って土曜日までに書き切れるか不安でしたが、何とか間に合いました。
Q:なんでラミィが支部にいるの?
A:電気が通っている場所にはいくらでも分身を飛ばせるから
Q:ミソラはどこにいたの?
A:カゲトラにもツカサと同じようにヴォルト・ギアが与えられていてその中にいた。割と環境的にはシンカ前のノアと同等に近い状態。
Q:煩悩蔵十文字院先生って何者?
A:ナマモノもいけちゃう百合本専門の同人作家。マーケットでは壁ではないが三桁位ならすぐに捌けるし委託も在庫切れをよく起こす。
Q:この問答いるぅ?
A:あったら良いなを形にした結果でぇぇぇぇっす!!