祭りの前日 その1
何やら憔悴したような、しかし幸福に緩みきったような顔をした妹を心配もしつつツカサの夜は過ぎる。
何故かキャロルによって呼び出され、明日食べたい料理はないかとか聞かれたが、もしも作ってもらえるならばなんでも良いと答えたらクリームシチューとなった。はい、大好物です。
明日は一日中一緒に居られるのかとも聞かれたが、残念ながら明日のツカサは支部に呼び出しを受けている為に朝から居ない。
カシワギ博士曰く、コンサート・フェスティバル前日だから警備の打ち合わせがやりたいそうだ。本来ならばオンラインで済ませるつもりが想定以上に防備が整っている為、ツカサ達程度なら抜けても問題ないという判断らしい。
実際にほとんどの襲撃はヒーロー達で処理してしまえているので、ツカサの出番はほとんどなかったりする。
ただ少し気になる点があるとすれば、若い男性ヒーロー達がまるで功績点でも争うようにして機械人形達を破壊していくところだろうか。
そして襲撃の波が去った後にキャロルの所に行き、自分の戦果を自慢する様子が何度か散見される。
まぁキャロルは美人だし、ツカサも彼等がお近付きになりたくて頑張る分には悪い事ではないとは思うが……その兆候が他の女性ヒーローや割と年配の方達にも波及し始めているのはどういう事だろうか。
「知ってるけど教えないわ。貴方に直接害があるわけでもないし、放って置いた方が身のためよ」
と、ノアに言われてしまったらどうしようもない。わざわざ薮をつつく程の事でもないし、気にしない方向で。
◇
そして翌日。
ツカサとカゲトラは道場から出発し、それぞれすこし遠めの公衆電話ボックスを目指す。
ひとりで歩いていれば襲撃されるかもと思いきや、やはり狙われているのはキャロルだけらしくツカサ達は何の問題もなく電話ボックスへとたどり着く事ができた。
一応周囲の確認をした後、ボックス内の電話機に秘密のパスコードを打ち込んで受話器に向かって合言葉を呟く。そうすればボックスの床が地下へと降りて支部へと繋がる秘密の抜け道へと合流できるのだ。
最近はこう、隠れてコソコソと行動する機会が少なくて使うことも少なくなっていたのだが、久しぶりに使うと『悪の組織』って感じがしてワクワクする。
何はともあれ、朝礼前には支部へと出社できた。
数日ぶりだからかツカサとカゲトラの机の上には若干の書類が積み上がっているが、変化と言えばそんなものである。
「やぁやぁ、来たかツカサくん。待っておったよ」
丁度着座しようとしたところで、研究室から欠伸をしながらカシワギ博士がやってきた。
「また泊まり込みですか? 最近はそんなに切羽詰まってないって言ってたのに」
もちろんキャロルの一件や機械人形の残骸やらの予定外の仕事を増やしているのはツカサの方なのだが、もはやトラブルメーカーとして名高いツカサとその上司たるカシワギ博士は一蓮托生みたいなものだ。双方共に半ば諦めている。
「いや何、そろそろ改良を加えてもよい頃合かと思って色々弄ってたんじゃ。それよかほれ、こっちに来なさい」
ちょいちょいと博士に手招きされるまま、ツカサは研究室の扉を潜る。中は相変わらず物が散らかっているが、ある程度は整頓されている所を見るに助手であるミツワが頑張ってくれているのだろう。
「いやぁ~、本当は幹部会の後に渡そうと思っておったんじゃよ? でも帰る頃には忘れておって、気が付いたらキミはもう道場に戻っておったからのう」
そんな事をボヤきつつ、博士は研究室の鍵を締め、遮音バリアを展開する。
本来ならば工具等の音を外に漏らさない為のものだが、何故今展開する必要があるのだろうか?
「実は伝え忘れた話というのが、キミにとっては割と重大な出来事でなぁ。おそらく大声をあげるからその対策じゃよ」
「そんな大事な話なら先んじてメールでも電話でもくれたらいいじゃないですか」
「そんなもんで話せる内容じゃないんじゃよ」
そう言って博士は研究室の奥にある金庫の前へと跪き、パスワードと音声認識と指紋認証と網膜認証等の生体認証をいくつもクリアにその扉を開ける。
中には大量の『よく分からない物』が詰まっていたが、博士が取り出したのは一通の封筒。
手渡されたそれを両面眺めてみたが、ツカサの名前以外には特に何も書いていないようだ。
訝しみながらも開いてみると、中には何枚かの書類と一枚の黒いカード、手帳型の冊子が入っているのみ。
「……? なんですか、このカード」
手に取ってみても至って普通のカードだ。何かの通行証だとか、使う度に誰かの記憶から消されるだとか、実は変形する万能ツールしでしたとか、そんな事もなさそう。
「あっ、もしかしてリーフカードの切札ですか? やっぱりジョーカーは黒くないと、的な?」
「いい加減現実逃避をやめんか。勝手に作ったのは謝るがブラックカードと預金通帳じゃよ」
「いやいや、ブラックカードなんて年収1000万円超えのセレブしか持てないような物を俺に渡すなんて……」
「じゃからキミはもうそのセレブの仲間入りしとるんじゃよ。前にサインしてもらった書類に『ルミナストーンに関わる権利を保有する会社の特別役員』云々のものがあったじゃろう」
「……あった……かなぁ?」
「あったしサインも書いておるよ。で、その会社は国内外向けにルミナストーンの貸与・管理を専門とする会社でな? キミはソコの特別役員……つまり、ルミナストーンの持ち主として『働かなくても金の入る立場』におる」
「……つまり?」
「理解を拒んでおるな? つまり、キミの年収は千万を超えて億じゃ。そしてその資金を管理・運営する法人も立ち上げておる。喜べツカサくん、キミは既に億り人じゃ」
「……」
すぅぅぅぅぅ……。
大絶叫。
◇
「落ち着いたかね?」
「ま、まだもう少し……」
なんてことでしょう。神様(?)からの楽な依頼を達成して棚ぼた的に貰った石が、巡り巡って大金になって懐に入ってきたではありませんか。
しかもそれを資産運用するというのだから、リー〇ンショックレベルの事件が起こらない限りは一生安泰である可能性も高い。
ただでさえダークエルダーの幹部となって給料が見たこともない桁になっているというのに、これ以上お金が入ってきたらどうしていいのか分からない。
「だから結婚とかせんのかと聞いたんじゃがなぁ。まぁ渡し忘れていたのはワシのせいじゃからツカサくんに非はないんじゃが」
カシワギ博士はそう言って笑うと、ツカサの手から封筒を取り再び金庫へと戻す。始業前に持っていても一日中不安で挙動不審になってしまうだろうから、預かっていてもらえるなら有難い。
「帰る前にまたココに寄ってくれい。その時にオススメの金庫と一緒に渡すからのう」
「ありがとうございます」
まだ心の整理がつかないが、とにかく今は目先の仕事である。
もはや働く必要はないのではないか、くらいの話はされたがそれはそれ。今更こんな楽しい仕事を中途半端で辞められるワケがない。
カシワギ博士もおそらくそれを分かった上でタイミングを選んで渡してくれたのだろう。
まるで宝くじでも当たったかのような夢見心地のまま、ツカサは己の席にへと戻って朝礼を待ったのであった。
◇
朝十時。昨日のショックもあって未だ寝ぼけマナコのカレンのスマホが震え、ポップを表示する。
「あ、兄さんからだ……」
その日、朝から出掛けているハズの兄からショートメッセージ。何か忘れ物でもしたのかと気になって開いてみたら、そこには大量の誤字脱字を繰り返しながらも何とか書き上げたであろう少量の文章が送られてきていて。
「…………はぁ~……」
その文字列を読み終えて思わず溜息をついてしまった。
「どしたの、歌恋。司さんから連絡?」
同じ部屋で寝泊まりしている楓が溜息の原因について気になったのか寄ってきたが、楓にならば教えても良いかとカレンは一考し、ジェスチャーで耳を貸すように指示。
「……?」
楓は訝しみながらもそっと右耳を向けてくれたので、イタズラしたい気持ちを抑えつつ、今送られてきたメッセージの内容を簡単に耳打ちする。
「兄さん、いつの間にか億万長者になったんですって」
「へぇ~。宝くじでも当たったの?」
「……あまり驚きませんね?」
「だって司さん、元々手の届かないような人だったし。今更お金持ち設定加えられたところで、ねぇ?」
「そうでした、貴女は兄のマトモそうな面しか知らないんでした……」
あのうだつの上がらない社畜だった兄が大躍進を遂げるなど、過去の私が聞いたら間違いなく鼻で笑って精神病院を勧めていたハズなのだが。
「いやはや、人生とは分からないものですね」
カレン自身もあまり驚くことなく事実を受け入れてしまっているが、兄に関してのそういう事は兄が黒雷だった時と幹部になった時と浮遊戦艦へ単騎で突撃していった時点で麻痺してしまったのかもしれない。
とりあえずの返信として『今度お高いご飯でも奢ってください』と返信しつつ着替える為に布団を剥ぎ取り、暖を取ると言い訳しながら楓へと抱き着いたのだった。
今年も拙作をご愛読頂き、ありがとうございました。
来年もまた変わらずのご愛読のほどよろしくお願いします。
これから何事もなければまた年始に『ウラバナシ』の方に適当なオマケを書いて更新しますので、そちらもよろしくお願いします。
それでは皆様、よいお年を。