模擬戦七番勝負 その12
黒雷の情報を寄越せ、とウンディーネはそうハクへと宣った。
それ自体はまぁ普通というか、ヒーローが悪の組織の一員を打倒すべく情報を集めるのはごく一般的な事だろう。
ただひとつ問題なのが、これまで一切ツカサに対してそういったアプローチをしてこなかったウンディーネがどういった心変わりをしたのか、だ。
今までだって聞く機会はあった筈だ。そりゃあ夕焼けの公園の美少女=ブレイヴ・エレメンツという図式を知らねば絶対に答えなかったろうが、ウンディーネとしてツカサに接触できるタイミングが無かったとは思えない。
憧れのヒーローと対面で出会っていれば、ツカサだって何だかんだと渋りつつもサイン色紙と引き換えに開示できるだけの情報は渡していただろう。
というか今までほとんど興味を示さなかった相手にどういう心境の変化なのだろうか。
最後に黒雷としてウンディーネに出会ったのが秩父山中で、あの時はお互いに健闘を讃えながら和やかに別れたつもりだったのだが。
考えるより聞き出した方が早いか。
◇
ウンディーネの振るう斬撃は全て、ハクの急所を狙うものであった。
例えば関節、喉、両目、動脈、延髄。
「急にどうしたんだい、そんな情報を欲しがるだなんて」
いくらヒーロースーツを着ているとはいえ、ヒーローかつ剣の達人であるウンディーネが振るうその攻撃を受けてしまえば致命ともなりうる。
「別に、ヒーローが敵の情報を欲しがるのなんてよくある事でしょう?」
斬撃速度は大した速さではないのが幸いだが、これはおそらく会話を続けたいが為だろう。
「確かにそうだけど、だったらどうしてこんなコソコソ聞くような真似をするんだ?」
ハクも負けじと剣を振るうが、全て躱されるか受け流されるかのどちらかだ。剣の扱いでは勝てる気がしない。
「それは……私が黒雷さんに個人的な因縁があるからです」
切り結び、離れ、振り下ろしに対し振り上げで対処。膂力に任せて刀を弾こうと試みるが、あっさり回避され振り出しへと戻る。
「因縁だって? キミと黒雷が最後に出会ったのは秩父山中でのデブリヘイム討伐戦だったと記憶しているが」
口を動かし思考を回しながら剣戟を続けるのは正直キツイ。
どうしてもウンディーネの言葉を噛み砕いて理解しなければならない都合上、攻勢に回るだけの余力がないのだ。
どうにか会話を続けつつ、口を滑らせないようにするので精一杯。
「よくご存知ですね? そうですよ、あの時に私は彼に助けられました」
あー、あの最強さんに負けて倒れてた時の話なー。せっかくの休日を満喫しようとしてたら気絶した少女を介抱しなくちゃならなくなって大変だった。
「だったら何故因縁などと……」
因縁なんて付けられる言われが……あっぶな!?
今の突きは完全にコチラの股間を狙っていた! 掠るだけでも危険な場所を真剣で狙うんじゃないよ!
「司さんには関係ないでしょう? 私は私の手で彼を倒したいんです。司さんは情報を教えてくれれば、後は手出し無用ですから」
なんだが滅茶苦茶な事を言われてる気がする。
聞くだけ聞いたら用済みなのでポイって事か? DV彼氏みたいな物言いだなとちょっと思った。
「……解せないな。君達は彼に何度も勝っているはずではないか? それなのにまだタイマンで勝ちたいと?」
実際は毎度のように『戦術的撤退』を余儀なくされているだけで、他の怪人スーツのように爆散した事はないから完全敗北には至っていないが、それだけの理由で黒雷に拘る必要はないハズなのだが。
「はぁ……。いいでしょう、目的を話さねば納得いかないと言うならば、答えるのも吝かではありませんし。……私はあの人を倒し、改心させた上でこちら側に付いてもらいたいのですよ」
ようやく諦めがついたのか、目的を話す気になったウンディーネ。しかし剣舞は止まるどころか更に加速した為、もはや考え事をしながらのハクでは受けるので精一杯だ。
「……んー? 悪の組織の幹部を倒して正義に目覚めさせたいと?」
ウンディーネが遂に黒雷をライバルとして認め、並び立ちたいと願うようになった……というワケではなかろう。
……アレか、目的は大精霊ノアか?
確かに黒雷を捕まえられればノアも付いてくるだろうが、本人は割と自由なので協力してくれるかは未知数だ。
「幹部? あの人は今幹部になっているのですか!?」
一瞬の驚きの声と共に、剣に籠る圧が増した。
「あっやべ」
別にそこまで秘匿する必要はないが、ある程度の情報は持っている事を知られてしまった。もうヘトヘトなのでさっさと負けを認めて解散にしたいのだが、観客の目がある以上わざと負けるのも難しい。
「……色々知っていそうですが、あまり長引かせていても不審がられるでしょうし、要求だけ伝えましょう。私の要求は『黒雷さんの最新の情報』と『貴方が彼に手を出さないこと』、この二点を要求します」
そう言いつつ、ウンディーネはハクの不意をついて白狐剣を弾き飛ばした。
首元へと突き付けられた切っ先を前に、ハクはゆっくりと両手を上げて降参の意を示す。
「参りました……」
これ幸いにと変身を解除し、後ずさるようにして地面へと座り込む。
なんで七連戦もさせられて最後に頭まで使わねばならないのかと恨み節も吐きたくなるが、彼ら彼女らの現在の戦力を把握できたのは悪い事ではない。
“組織の計画”も最終段階に近い以上、ブレイヴ・エレメンツの正体を知ったと報告しても彼女達に大きな被害が出る事はないだろう。悩み事がひとつ減ってひとつ増えたような状況だが、まぁ七番勝負をやって得たものは確かにあったのだ。
「ウンディーネ……いや、水鏡さん。キミのさっき言ってた条件を呑もう。組織と相談した上で出せる情報は話すし、俺は黒雷に手を出さない。……これで相違ないよね?」
要は『北海道に現れノーム達を救った事実』を話すだけなら問題にはならないし、この場にいる当事者達との齟齬も悩まなくていい。
黒雷に手を出さない、というのはそもそも同一人物なのでどちらかの装備を誰かに貸し与えない限り起こりえない事象だ。
体裁として渋っていただけで、大した問題ではない。
「……ええ、協力感謝致します。彼はおそらく今の私よりも強いので、見掛けても手を出さないでくださいね?」
そう言って朗らかな笑みを浮かべたウンディーネ。彼女はツカサと同様に変身を解除すると、ベンチから出てきた皆のに囲まれ雑談に花を咲かせ始めた。
(私よりも黒雷の方が強いから、私に負けてるようじゃ手を出しても返り討ちにあうよって警告のつもりだったのかな?)
随分と回りくどい警告だが、これが彼女なりのやり方なのだろう。
黒雷と対峙する日が来るとは思えないが、気配りには感謝しておこう。
まぁとりあえずこれで……。
「終わっ……たぁ~」
何やかんやと積み重なった七番勝負、それがようやく終わりを迎えたのだ。
最初は何かしらの気晴らしだとかだった気がしたが、今はもう疲れきって全てがどうでもよくなっている。
一眠りしたいところだが、先にシャワーを浴びて夕飯を戴かねばきっと明日まで眠りこけてしまうだろう。
「なんか忘れてる気がするんだけど……まぁ、いっか」
今はとにかくゆっくり休みたい一心で、ツカサは全天シールドが解除された後の空を見上げた。
もう夕陽も沈み始め、一番星が輝く頃合である。
「これで流れ星でも見えたら最高なんだけどな。そしたら『皆の理想が叶う世界になりますように』ってお願いするんだけどさ」
誰に話し掛けるでもなく、ただ独りごちるツカサの視界に、一瞬だけ光の筋が見えた気がした。
年内に終章入るつもりが、気がついたら模擬戦で12月を迎えていました。
やりました、やったんですよ一生懸命にッ!