模擬戦七番勝負 その11
(ようやく司さんと戦えますね……)
模擬戦七番勝負もいよいよ最後となり、この時を待ち侘びていたウンディーネは修練場へと歩み出る。
本来ならばこんな回りくどいことをせず、さっさと挑んでしまいたかった。しかしサラマンダーやノームも司さんと試合したいと言い出し、更にそこに色んな人が乗っかって今のこの状況へとなってしまったのだ。
そして運の悪いことに順番決めのジャンケンでビリとなってしまった結果、大トリまで回されることとなった。
これまでの試合でヒーローとしての司さんの強さを事前に見ることができたが、自分まで辿り着く前に疲弊してしまわないかハラハラしていたというのが心情である。
「正直言って司さんがそこまで強かった、というのは少々意外でした。……いえ、どんどんと強くなっていっていると言い換えましょうか」
かつての邪神戦線の時、ウンディーネとサラマンダーが撃破したデブリヘイム合金製のゴーレム。アレをハクが単騎で倒せなかった時点で実力の底は知れたと思っていた。
少なくとも神秘的な存在と契約している様子はなく、伸び代はあっても本人の技術面のみで武装は据え置きだと勝手に決め込んでいたのだ。
それが今では数多の武装を引っ提げて多方面に対処できる万能戦士に成っており、下位とはいえ多数の精霊のチカラを使いこなしてサラマンダーすらも手玉に取る強さを手に入れていた。
日本政府直属の秘密組織とはたった一人の戦士にそこまで期待と金を掛けるのかと驚いたが、今にして思えば彼が特殊なのだろう。
「“気功”を扱い、ヒーローとして知名度を上げ、人脈を広げ、武力をどこまでも伸ばしていく……。貴方は確かに、神輿に丁度いい存在なのかもしれません」
司さんと出会ってからまだ一年と経ってはいないが、その間にもこの人が巻き込まれた事件は数多い。
それはつまり、事件が起これば高確率で渦中に居るということ。そして渦中から戦局を塗り替えるだけのチカラを持っているのだから、彼はいつだってそのチカラを人の為に振るい、悪を倒すのだろう。
正しく理想のヒーローではないか。
──でも、だからこそ。
「貴方をこのまま進ませる訳にはいきません」
そう、ウンディーネにはひとつ目標ができたのだ。
その目標の達成には、おそらく司さんの存在が邪魔……とは言わなくても、ネックにはなるだろう。だからこそここで一度釘を刺さねばならない。
「黒雷さんの為にも……」
秩父山中にて、ウンディーネに圧倒的なまでの速さと強さを見せ付けたダークエルダーの戦士、黒雷。
あの時から未だにその姿を見ていないが、誰かに負けるような人ではないだろうしきっとどこかで暗躍でもしているのだろう。
というか倒されてもらっては困るのだ。
何故ならば、ウンディーネの目標とは……。
◇
ツカサは一度変身を解き、地面へと座りこんで長々とため息を吐く。
身体中を蝕む倦怠感と関節の痛みを認識しつつ、カレンから手渡されたスポーツ飲料をがぶ飲みし、軽いストレッチをこなしていく。
どうもあの強化形態は異様に体力を消耗するらしく、ノーム戦までとは比べ物にならないくらいの疲れが出ている。
原因は分かっているのだ。あの形態は仮契約した精霊に対価として体内のエネルギー……要するに練った“気”を差し出す事が条件で成立している為、使えば使うほど体内からチカラを抜き取られていくのである。
下位の精霊だし大した事ないとタカをくくっていたのだが、ノアを除いた六体の下位精霊は思っていたより大食らいらしく、急な脱力感に襲われて今に至る。
「かなりへばっている様子ですが、まさか私とは戦いたくない、なんて仰いませんよね?」
ツカサがグロッキーだろうがお構いなく、ウンディーネは見下すような視線をツカサに向けつつ刀を構える。
その様子はやる気以上の決意のようなものが見え隠れしており、ここでツカサが引いたらずっと恨み節を吐いてきそうな、そんな凄みにも似た何かを感じる。
「大丈夫、逃げないよ。……だけどルナフォームは勘弁してもらえるかな? 流石にさっきのカードはすぐには再使用できなくてさ」
実際は何度でも使い回せるのだが、流石にツカサの体力が保たない。それにこれ以上全天シールドに負担を掛けるワケにはいかないだろう。
前にシールド系の一般販売カタログを見た中では上位に入るほど高価なものだったから、壊して弁償なんて言われたら素麺すら食えなくなってしまう。
「流石に弁えてますよ。……それに、サラマンダーのアスカフォームと互角であれば私も大差ありませんし」
なので、とウンディーネは続け、
「ここは互いに剣一本の技量勝負といきましょう」
そう宣った。
「ん、あ~……。まぁ、いいかぁ……」
正直ツカサとしては剣技でウンディーネに勝てると思っていない(ほぼ我流に近い実戦剣技のため)が、別に無理して勝つ必要もないので問題はないだろう。
身体もダルいし腹も減っているので、さっさと済ませてしまいたいというのもまた本音である。
「よーっし、んじゃあやりますか。白狐剣装!」
ツカサは改めてハクの鎧を身に纏い、身に付けていた盾とマフラーをカレンへと預けて自らは白狐剣のみを手にする。
技量では及ばずと分かっていても、せめてかっこ悪い負け方だけはしないようにと気合いを入れ、数ある型の中から八相の構えを選んだ。
対するウンディーネは青眼の構えを選び、じっとハクを見据える。
「心鏡水天流剣士及びブレイヴ・エレメンツの戦士、ブレイヴ・ウンディーネ」
「……我流、ハク」
互いに肩書きを名乗るも、ハクの方はあまりにも背景が薄いので随分と不釣り合いだ。霧崎が何かしらの流派を名乗っていれば、弟子としてハクもそれを名乗れたのだろうが……無いものはしょうがない。
「……えーっと、ではいいですか? それでは、はじめ!」
カレンの一言と共に両者は一歩を踏み出し、まずは一合とばかりに得物同士をかち合わせた。
◇
その試合は先程までと比べてあまりに静かだった。
互いの剣が触れる度に火花が散り金属音を鳴らすが、大技の応酬も無ければ移動すらも最小限。
まるでワルツでも踊るかのように、双方は立ち位置を入れ替えながらも付かず離れずの距離に寄り添う。
「我流とは言いますが、なかなかやるじゃないですか。今からでもウチの門下生になりませんか?」
「悪いけどそんな暇はなくてね。毎日忙しくててんてこ舞いなんだ、よ!」
剣が触れる度、二人の距離も近付く。そこで一言二言言い合って、再び離れるまでがワンセット。
この剣舞も既に五十合を超え、百合を目前としても未だに止まることを知らず。ひたすらに打ち合いを重ね続け、なおもまだ加速を続ける。
どちらかが先にミスをした時、この試合は終わる。
そう誰もが確信を得ていた時だ。
「時に司さん。ダークエルダーを調査しているならば、“黒雷”という名に心当たりはありませんか? もし情報があるならば教えてくださいな」
周囲には聞こえないであろう声量で、ウンディーネが試合に関係のない雑談をぶっ込んできたのだ。
(……え? うん、いやぁ……えぇ?)
あまりにも唐突な質問にハクは困惑するしかない。
黒雷とはつまり、ツカサのもうひとつの姿の事だ。そりゃあ知っているというか本人なので、大抵の情報は把握しているが。
(なんて答えるのが正解なんだよ……)
なんだかかなりマジっぽい目をしたウンディーネに対し、どう答えたもんかと戸惑いながら、ハクは剣を振るい続ける。
まさかこれが精神的な揺さぶりなのではと疑いながら。
美月は未だに秩父山中にて黒雷から貰った黒タイツを寝間着として愛用しています。
何せどれだけ洗濯しても伸びないし着心地はそのままだし体温は適正に保ってくれるし動きやすいしで文句の付けようがないのです。
ただ今回のお泊まり会の間だけは自室の金庫の鍵付き二重底の引出しに仕舞ってあります。
見た目はまんまダークエルダーの全身黒タイツだし、人から見れば変態にしか見えないので。