模擬戦七番勝負 その6
ハクの模擬戦も遂に四人抜きを果たし、次の相手であるブレイヴ・ノームと戦闘を開始した頃。
控え室兼観客席となっているベンチではみんなで仲良くオヤツの豆腐ドーナツを食していた。
真人としては普通のドーナツの方が嬉しかったのだが、夕飯前に重たい物を食べないようにと妻に言われてしまったので仕方がない。
【あーもうっ! 悔しいわッ!!】
真人のすぐ隣では、つい先程に切札を使ってまで敗北した貂蝉アンコウが悔しそうに貧乏ゆすりをしながら両手に持ったドーナツを交互に食べつつ試合を観戦している。
鉄扇以上に間合いが広く、なおかつ手数の多い触手に対して貂蝉アンコウが使用した切札は最良だったはずだ。それでもハクは閉鎖空間を利用し、彼女の速度を上回った上で最後は捕獲による判定勝ちを選んだ。
あれがもっと広いフィールドであればとか、ビニールプールほどの水さえあればとか、たらればを上げ出したら切りが無いのだが……負けは負けである。
「いやぁでも、あのタコ足と呼んでいた装備はなかなかの物ですよ。攻防共に隙が少ない上に本体の重さ以外にこれといったデメリットも無さそうでしたし……」
同じく敗者たる真人も、お茶を呑みながらのんびりと観戦しつつ、言葉を言葉を紡ぐ。
「あのタコ足に対抗するならば、遠距離からの飽和攻撃か一本ずつ足を壊していくだけの攻撃力が必要でしたね」
実際に五分しか機能しない装備に対してそこまで対処を考える必要があるのかと聞かれれば、バッテリーが無くなるまで逃げに専念した方が楽そうなのが厄介な所なのだが。
【……ムカつくのはそんなメタ装備が束で用意してある所よ。あんなデッキ二個分くらいあるカードストレージの中の一枚に対処したって、次の一手を出されたらまた対処しなきゃならないじゃない。一人で何人分の戦術を積んでるんだって話だわ】
「……確かに」
貂蝉アンコウの言う通り、ハクが持っていたリーフカードと呼ばれる武装召喚方法はあまりにも異質だ。
武器の口寄せやら取り寄せ等は貂蝉アンコウが巻物から武装一式を取り出したように、強者には浸透している技術ではある。
だがそれはあくまでも自身が使いこなせる自信のある武装を携帯する為の手段であって、たった一人で数百もの武器を持ち歩く為の方便では無いはずだ。
しかもその武装ひとつひとつが『〇〇の武器・戦術に対して相性が良い』という理由で用意している様子。いくらヒーローとはいえ、たった一人でそこまでの武装を用意し携行するなど尋常ではない。
実際のところはダークエルダー開発部の一部の変態が作成した新兵器という名のオモチャを「これ実践で使ってみて! 絶対に役に立つからさっ!!」と言い寄られてデータ収集も兼ねて持たされているだけなのだが、そんな事を知る由もないふたりは延々と頭を悩ませる他ない。
【……実際あのヒト、戦闘面で弱点とかってあるの? 器用貧乏なのは間違いないんだけど、それ以上にフィジカルが強過ぎてウチの旦那様といい勝負が出来そうに思えるんだけど】
貂蝉アンコウが呟いた言葉に、真人はギョッとしつつ彼女の顔を見やる。
海底の猛将・呂布イカを旦那様と呼んだ事も驚きだが、それ以上にハクを呂布イカと比肩しうると貂蝉アンコウが評価した事の方が驚きだ。
何せ呂布イカは今世紀最強と名高いカスティル=シシオウと喧嘩友達らしく、勝負の内容次第だがその勝率は最強を相手に三割を超えるという正真正銘の怪物。
世の武人達が揃って「並の人間が立ち入れる領域じゃない」と目標にすらしない頂にいる者達。彼女はそこにハクを並べたのだ。
「そこまで、あの人を……評価していますか?」
真人は思わず姿勢を正し、貂蝉アンコウへと向き直る。彼女の言が嘘か誠かを見定めたい、その一心で。
しかし彼女は豆腐ドーナツをもうひとつ摘むと、流し目に真人をチラリと見ただけですぐに視線を正面へと戻してしまう。
何をそんな大袈裟に、とでも言わんばかりの態度で、
【もちろん、彼とあの御方が本気になった場合の話よ。彼だけなら華雄ウツボと同格かちょっと上くらいかしらね?】
真人は『あの御方』という人物に心当たりがないのだが、華雄ウツボの方はよく噂を耳にするので知っている。
曰く、たった一人で渓谷へと陣取り敵軍を数日間足止めした。
曰く、城攻めの際は常に先陣を切り必ず生還している。
曰く、曰く、曰く……。
そのどれもが武人としての逸話ばかりで、海底での勢力図争いに一役買っている人物らしい、と。
「……いやぁ、凄い人と知り合ってしまったなぁ」
ハクのあまりの高評価に真人は感服してしまい、未だに脱げずにいるジャージの袖を摘む。
最初は娘が見付けた強者、というだけの認識だった。
娘に悪い虫でも付いたのかと思いきや、どうやらヒーローにして国家公務員に近い職業に従事しているらしく、人間性は確からしい。門下生総出で腕試しを挑んだら真人含めて見事に返り討ちにされたのは、今でも道場での笑い話のひとつだ。
真人としてはまだ知り合ってそれほど時は経っていないにしろ、あれほど美人に育った愛娘や日向さん達に色目を向けないよう努めている司の事は好意的に思っている。
(……まったく、美月もそろそろ司さんみたいな良い人を捕まえて彼氏として紹介してくれないだろうか)
剣術道場の師範代の娘として育った美月は、そりゃもう堅物として近所でも有名になってしまった。
色恋沙汰のひとつもなく、門下生にどれほど美形がいても靡く事は無い孤高の剣士。どれだけ告白されても即座に断り、多数の上級生に囲まれても問題なく片付けてしまえる美月は、いつしか学園でも双星の撃墜王として名を馳せているとか。
父親としては逆に心配になってしまう程である。
いずれ“その時”が来たら真人も彼氏の腕試しをするだろうが、その相手が司だったらすんなりと受け入れてしまえそうだと真人は思っている。
(まぁでも、彼はモテるのでしょうね)
真人は眼前でブレイヴ・ノームと一進一退の攻防を繰り返しているハクを見やる。
彼の素顔はイケメンとは言えないにしろそこそこ整っている方だし、肉体は武人としてもかなり鍛えられている部類だ。友好関係も広く、ヒーロースーツを作ったりできる強力なツテもあるらしい。
あまりにも好物件。情報屋に聞いたところ、未だに未婚でそれどころか彼女さえいないというのだから面白いものだ。
きっと複数人に狙われてはいるものの、今のように飄々と笑ってそれとない距離感を保っているのだろう。ヒーローという立場として、身を固める事への忌避感とかもあるのやもしれない。
(彼ならウチの跡継ぎとしても申し分ないでしょうにねぇ……)
真人には何一つ強制できない例え話だ。こういうのは最終的に収まるべく所に収まるのだろうし、父親が口を出すべきではない。
ただ、いつかそういう賽の目が出たら面白いだろうなと、真人はちょっぴり先の未来を妄想しながらお茶を啜るのであった。