模擬戦七番勝負 その5
タコ足を装備したハクと、鉄扇を構えた貂蝉アンコウがぶつかる。
タコ足の有効射程は半径3m。それを360度好きな方向に好きな本数伸ばす事ができ、その強度は全パーツがデブリヘイム合金という時点でお墨付きみたいなものだ。
それを超高性能AI(という名のラミィ・エーミル分体)がハクの思考を読み取って操作してくれる為、本人的には腕や足が増えたというよりも自動迎撃用のビットが背後から飛び出しているような感覚である。
まぁそれが時に手となり槍となり盾となり鞭となりレーザー砲台となり……と、色々な攻撃手段を持ってくれているので普通に強い。
今はハクの専用装備ではあるが、いずれは量産化を考慮してもいいんじゃないかと思ってしまうくらいの万能っぷりである。
【何それ、厄介過ぎないかしら!?】
初見でこのタコ足の相手をさせられた貂蝉アンコウも苦笑いを浮かべるほどの、あまりの無法装備だ。
彼女の鉄扇の間合いに入ることなく、あらゆる角度から繰り出される攻撃は全てが一撃必殺に近しい威力。さすがカシワギ博士が趣味で作った面白装備である。
代わりに燃費は最悪なので、本体バッテリーだと稼働時間は五分しかないのが欠点ではあるのだが。流石にトンチキ武装にルミナストーンを嵌め込む気は無いようで、現状は短期決戦用の武装となっている。
ハク本体にルミナストーンを、という計画もあったそうだが、流石に黒雷へと付けたサイズのルミナストーンは一点物。その為に小さな欠片を幾つか球体状に加工して仕込んではいるらしいのだが……本体性能とリーフカードの運用に大半の能力を割いているのでタコ足にまではエネルギーを回せないそうだ。
「とりあえず五分! それがこの装備の稼働時間だ。それまで避けきれたらタコ足は外すよ」
あくまでもこれは模擬戦。攻略の糸口すら教えない、なんて意地悪をする必要はないので、素直に弱点を吐いて出方を見る。
これで五分間耐久します、と言うのが普通なのだろうが。
【じゃあ五分以内に貴方に勝たなくちゃいけないのね!? 上等じゃない!】
と、何故か逆に燃えてしまうのが彼女達の戦闘狂の性というやつなのだろうか。
「やれるものならやってみてくれ!」
ハクも弱点を知れる物なら知りたいと思っているので、貂蝉アンコウ程の強者が逃げを選ばないのは渡りに船だ。
万が一同じような能力を持つ敵と当たった時の参考になる。
故に、
「【勝負!!】」
勝手に五分間の短期決戦と決め込んだふたりが改めて激突する。
◇
(とはいえ、厄介なのは変わりない、かなぁ!)
貂蝉アンコウは這い寄る触手を一本一本叩き落としながら相手との間合いを測る。
両手に持つ鉄扇の間合いではどうしてもハク本体へと攻撃が届かないのは承知の上だが、かといって槍でも長巻でもあの触手相手に射程で勝つのは難しい。
多少の水さえあれば遠距離攻撃も可能だが、腕試しの場で無いものねだりをする気もない。
ならば……。
【武器を替えればいい、ってね】
貂蝉アンコウは鉄扇を腰のホルダーに納めると、おもむろに己の胸元へと手を突っ込む。そこからまさぐるような手つきで引っ張り出したそれは一本の巻物だ。
【ふふっ……これを使うのも久しぶり】
貂蝉アンコウは流れる仕草で留め紐を緩め、放り投げるようにして宙へと巻物を広げる。その巻物は螺旋を描くように貂蝉アンコウの周囲へと展開し、
【いでよ】
その一言で白煙と共に、その姿を三つの武装へと変えた。
曰く、それは『光』をチカラへと変える概念武装。
『光』を『自由を渇望する翼』へと替えたバックパック。
『光』を『運命を切り開く刃』へと替えた大剣。
『光』を『正義を嘲笑う砲弾』へと替えた長距離光線砲。
その三種の武装を以て、かつてその姿を見た者はこう語る。
──あれこそが正に、戦場に光を灯す光輝たる戦乙女だと。
◇
「うっわ、何それ! いいなーいいなー!」
ハクは貂蝉アンコウの決戦武装を見て、年甲斐もなく子供のようにはしゃいでいた。
何せその姿は、かつて観ていたロボットアニメの主人公機と大部分が似通っているのだからさもありなん。
男の浪漫の詰め合わせのようなそのシルエットは、否が応でも子供心を擽られてしまう。
【本当は使う気なかったのよ? でも、手も足も出ないってのは癪だから、ね?】
謎の推進力でふわりと宙へと浮かんだ貂蝉アンコウは、触手の射程外から砲身をハクへと向ける。
悠長に砲口へと光を溜め込むその姿は、『このままだと私が勝っちゃうけど、どうする?』と問い掛けているようだ。
確かに、タコ足のレーザー程度ではあの口径の砲撃とはまともに撃ち合えるワケがないだろう。
何条のレーザーを束ねたところできっと押し切られておしまいだ。いくらタコ足がデブリヘイム合金製だとしても、一撃すら耐えられない可能性もある。
だとしても。
「ここで退いたらお互いに手札の切り損だものな!」
ハクのタコ足を見てその武装を出したのならば、こちらとてタコ足を存分に活かして打ち勝たねば楽しくない。
なのでハクは臆することなく、貂蝉アンコウへ向けて跳躍した。
【……見事な覚悟ね。でもそれは蛮勇と言うのよ】
いくらヒーロースーツと“気功”の相乗効果で素早く行動できるとはいえ、翼のない者は空中では身動きの取りようがないのは周知の事実。
ハクの間合いに入る前に、貂蝉アンコウは翼を羽ばたかせ素早く後退し距離を置く。
そして改めて構えられた砲口には既に、充分なほど光を湛えていて。
【ファイア!】
身動きの取れないハクへと、圧縮された光線が一直線に伸びる。
このままでは直撃は免れないが、そんな事はハクだって承知の上だ。
「受けるのは無理でも受け流せれば問題ないんだろう!?」
そう言ってハクはタコ足を全て前方へと構え、それぞれに三角形型のシールドを展開する事で八角錐を作ると、それによって真正面から光線を受けた。
八面を滑るように光線が走り拡散していく中、勢いに圧されてハクもまた地表へと落ちる。
だがそれでも、砲口から濁流のように降り注ぐ光は徐々にその勢いを失い、やがて途切れた。
「凌ぎ切った……ぞ!」
濁流が消え去った瞬間、ハクは嫌な予感がして即座に地を蹴りその場を離れた。やはりと言うか、先程までいた場所には大剣が突き刺さっており、ハクが振り向く頃にはもうその場所に大剣は残っていなかった。
「いや速いな!?」
ハクが空へと目を向ければ、そこにはシールドの中を所狭しと飛び回る貂蝉アンコウの姿。翼の放つ光が乱反射し、残像が軌跡のように線を描く様はまるでファンタジーな光景なのだが、それがハクに対して剣と大砲で攻撃をしてくるとなったら悠長に見てもいられない。
「こなくそっ!」
ハクもまた全速力で走り、貂蝉アンコウの攻撃を適宜捌きながら残光を追う。
陽光の溢れ灯と“気功”の発光体が幾重にも交差しながら飛び回り跳ね回り、剣戟の音と砲撃音がサラウンドで鳴り響く。
二人の遠慮のない攻撃に全天シールドの方が保たないかも……と誰もが思い始めた時、ハクは遂に切札を使う決意を固めた。
“ブースト・マークII”
リーフカードを白狐剣に差し込む事で顕現したそれは、ハクの四肢から生えた四つの噴射口。
見た目はジェット機のソレにそっくりだが、サイズは人間の太ももくらいの大きさだ。装着した姿もどこか不格好で、お世辞にもカッコイイとは言い難い。
しかし、ヒーローを加速し射出しようなんてコンセプトの下で作られた物がマトモであるはずはなく。
「ぶっ飛べ人間ピンボール!」
噴射口の炎が赤・黄・青と色を変化させ、ハクが地を蹴ると同時。
爆音を以てハクが前へと撃ち出され、地面と全天シールドをスーパーボールのように跳ねて回った。
【えっ、ウソォ!?】
まさに一瞬。前へとしか進まない推進力をヒーロースーツと“気功”のチカラで無理やり制御した人間ピンボールは、偶然の産物でもって貂蝉アンコウの目の前へと辿り着く。
両者共に最高速、激突不可避の交差の瞬間。
「タコ足・ホールド!」
八本の触手で貂蝉アンコウをキュッと抱き締め、身動きが取れないものと判断したカレンによってハクの判定勝ちとなったのだった。
◇
「あ゛ぁ゛~……疲れたぁ……」
何だかんだと四連戦。山場は過ぎたものの、ここから更にブレイヴ・エレメンツ三人が控えているとなると流石のハクでもげんなりとしてしまう。
確かにココ最近は単調な動きしかしない機械人形やどうでもいいチンピラとしか戦っていなかったので、腕試しをしたい気持ちはあったのだが。やはり強者ばかりと競い続けるのも心身共に疲弊するのだと、ハクは改めて後悔した。
「まぁまぁ。次の相手はボクですから、休憩のつもりでいてくださいよ」
そんな言葉と共にノームが前へと出てきたが、どうみてもやる気満々にしか見えない。
巨大な篭手を顕現させ、既に臨戦態勢の少女を前に四の五の言っていられず。
「ま……やろうか?」
夕飯までには間に合いますようにと祈りながら、ハクは再び白狐剣を構えた。
概念武装……まぁ簡単な話、光があればそれがエネルギーとなりますって兵装です。
装着イメージは完全にデス〇ィニー。キメ技は掌に光を凝縮して相手の頭部を掴み、一気に放射するというシャイニング……ごふんごふん。
その概念の性質上、ルミナストーンとは非常に相性がいい。『光イズパワー』の概念の下で『光そのものがパワー』みたいなエネルギーがあったら、そりゃあ相乗効果が酷いことになる。
通常なら対人兵装だが、ルミナストーンがあれば対軍・対城兵器としても運用可能になる。
光の翼、メガ粒子砲、エピ〇ンソードと言ってどこまで通じるかは分からないけど、そんな感じ。