模擬戦七番勝負 その3
「それでは、は……」
「あっ、ちょっと待った!」
カレンの声に、ツカサはギリギリでストップをかけた。
つまらない用事だったらぶっ殺す、と言わんばかりの眼差しを向けるカレンと真人に対し、ツカサは一応の謝罪をして後ろ手である物を取り出す。
「これ、ウチの博士から試供品を貰ってきてたんです。データが欲しいらしいので、できたらこれを使ってください」
そう言って真人に手渡したのは、一見すればただの折り畳まれた布。
広げて見てみればそれは、ジャージにも似た上下のセットと分かるだろう。
「ダークエルダーの全身黒タイツを参考に作った、一般人向けの強化服……みたいなものらしいです」
実際は同系列の品なのだが、外向けの説明ではそう言わざるを得ないのだ。
『黒タイツではなくジャージなのだから、参考にしたとさえ言っておけばバレんじゃろ』とはカシワギ博士の談だが、コストは黒タイツよりも上と言うかグレードアップ品に近い物である。
何せ戦闘員に配られている全身黒タイツは防御力に全振りしている為、戦闘能力は個人の力量に寄るのだが、こちらのジャージは防御力こそ黒タイツより落ちてはいるものの、なんと身体能力に補正が入る。言わば『プチヒーロースーツ』。
本来はここに靴と手袋とヘルメットを用意し、ベルトのバックルか腕輪に格納して合言葉ひとつで瞬間着替え、としたいそうなのだが、まだそこまで計画が進んでいないらしい。
「ふむ……」
真人は興味深そうにジャージを眺めると、おもむろに道着の紐を緩め、胸元を大きくはだけた。
「ちょ、ちょっと父さん!? 着替えるなら更衣室に行ってくださいよ!」
「おっと、そうでした」
慌ててウンディーネが止めに入らねば、あのままこの場で着替え始めたかもしれない。不透明なシールドの中とはいえ、複数の婦女子の前でいい歳したおっさんがストリップするなど、事案どころか普通に逮捕されるレベルである。
「それではツカサさんすいませんが着替えて来ますので五分いや三分お待ちくださいねいいですか他の人と闘り始めたら怨みますからね」
真人は一切の息継ぎなしにそう言い切ると、シールドの一部を解除してものすごい速さで走り去っていく。
……渡しておいて何なのだが、今の彼の目はものすごく怖かった。瞳孔が開いていてハイライトも無し、瞬きもしないまま見つめられたら流石にビビる。
それほどまでにあのジャージが嬉しかったのだろうか。娘がヒーローとして活動している中、ただの一般人でいる事が辛いとか、そういう『ヒーローの家族』としての悩みとかもあるのかもしれないが……。生憎とツカサはそういう機微には疎いのでよく分からない。
そしてきっちり三分後。
「いやぁ、なかなか着心地が良いですねぇ!」
そこには普段の道着姿とは違う、ジャージと運動靴にバンダナを装備した真人の姿があった。
もはや知らない人から見ればただの日曜日にジョギングでもしていそうなおっさんなのだが、若干サイズが合ってないのか筋肉のせいか、全体的にパツパツとしているので威圧感がある。
真人はその場で垂直跳びや反復横跳びを始めるが、どれも人並み以上の動きをしているので性能的は問題なさそうだ。
父親のはしゃぐような姿を見てウンディーネが頭を抱えているが、そこは諦めてもらう他ない。
「さて……」
軽い準備運動のつもりだったのだろう、真人は最後に各関節のストレッチを終えると、模造刀を手にし、構えた。
「こんなものを渡すくらいなんですから……変身して戦ってくれますよね?」
期待、というかもはや威圧に近い眼差しがツカサへと向けられる。
確かに前回戦った時は“気功”有りとはいえ一応は生身だった。真人的にはそれが手加減として映ったという事だろうか。
あの時はそれが対等だと思っていたのだが、戦闘狂というのはそれでは納得いかないらしい。
プチとはいえヒーロースーツを渡した以上、性能テストをする意味合いでもツカサが手を抜く必要はない。
ならば。
「ご期待に添いましょう。──『白狐剣装』!!」
そのキーワードと共に、白狐剣のその大きすぎる鞘が花開くように展開する。
ツカサの身体に寄り添うように巻き付くのは純白の鎧。
脚・胴・胸・腕と装着し、最後に頭部を覆うように白狐の面が素顔を覆う。
度重なる改良を経た白の直剣と白亜の盾がそれぞれの手に収められ、変身エフェクト的な風に靡く巫マフラーが勢いを失ってダラりと垂れ下がった時、そこにはキツネ面の白装剣士がひとり佇む。
未だ無銘の白き剣士、ハク。
その見栄えを重視した変身工程に、何名かがほぅ……と吐息を零した。
◇
水鏡 真人は歓喜した。
必ず、あの新進気鋭たるヒーロー:ハクと戦わねばならないと決意した。
真人には現代に活躍するヒーローが分からぬ。しかし、強者の噂には人一倍敏感であった。
友人たる霧崎の弟子にして、かの邪神戦線でも活躍したという、あまり他の評価を聞かないヒーロー、ハク。
決して実力不足からの評価の無さではなく、単に普段はダークエルダーの動向を追う調査員だから表舞台に出てこないだけなのだと知ったのは、つい先程だ。
それでも、その実力はこの町を守るヒーローであった娘からしても折り紙付きだという話。
(ようやくだ……)
真人は司から受け取ったジャージに身を包み、ようやく土俵に立たせてもらえたのだと素直に喜んだ。
かつてこの場にて司と相対した時は、生身の“気功”使い相手に身体強化の符術によって限界まで下駄を履いた上でようやく互角かやや不利、辺りに持っていけたのだが、それで満足できるほど真人は聞き分けの良い方ではなかった。
(これで彼の普通の状態とやり合えるんですね……)
前回の勝負も司は本気ではあったと思う。しかしそれは剣術家に合わせた上で、更に師範代たる真人の立場を慮った上での本気だった筈だ。
大勢の門下生達の前で執り行われた試合。司さんからすれば全力を出す必要性はなかっただろう。
だが今回は、少なくともこのジャージの性能テストという名目がある。
そしてその名目通り、彼のヒーロー姿と対決できる機会として巡ってきたのだ。
(私に教えてください司さん。貴方のようにいくつもの死線をくぐり抜けた人が見る世界とはどのようなものなのか)
真人は司の目に影を見た。友人や、戦場へと行って戻ってきた者達が宿していた物と同じ影を。
真人はそれを『死と隣り合わせになった事がある者が宿す影』だと思っている。
文字通りの死線に触れた者は、そうでない者と何かが違う。真人はそれが知りたい。
なので。
「司さん。今回は貴方のヒーローとしての戦い方を見せてください。私を試合の相手ではなく、打ち倒す敵として。私もまた、貴方を本気で斬り捨てるつもりで挑みます」
そう一方的に宣言して、真人は己の覚悟を決める。
剣術の試合ではなく、何でもありの闘争として。相手を討つ為の勝負をしたい。
その意図がきちんと伝わったのだろうか、彼からの言葉は、
「まずは十合だけ様子を見ます。それでそのジャージに慣れてください。その後は、本気で行きます」
というものだった。
……どうしよう、楽しくて高揚が抑えられそうにない。
「──それでは、こんどこそ。……いいですね? では、始め!!」
審判役の歌恋嬢の声と共に、真人は地を蹴った。
ハクの戦闘記録
・チンピラ戦(公式記録無し)
・枢 環戦(公式記録無し)
・デブリヘイム:ダークカブト戦(ほぼ初お披露目)
・邪神戦線(実質初陣)
・キャロライン防衛戦←イマココ
なのでほとんど無名というか、ヒーローとしてあんまり活躍してないね、という評価となる。