スイーツバイキング その9
『小毬さん。今日は連れてきてくれてありがとうございました』
時間いっぱいまでスイーツバイキングを楽しんで、皆して無意識にお腹を摩ったりしながらの帰り道。
すっかり意気投合した様子のクドを含めたブレイヴ・エレメンツ組を三歩後ろから見守りつつ、周囲への警戒を行っていた小毬に話し掛けてきたのは椎名であった。
無論、未だにタブレットでの間接的な会話ではあるが、全く意思疎通の出来なかった頃に知り合った小毬としては少しだけ感慨深いものがある。
「ふふ、まぁ約束しましたもの。妹達ともきちんと顔合わせをさせられて、私も嬉しいですわ」
元々の目的は、特別教室とはいえようやく学校に通い始めた椎名への知り合い作り。本来ならばバイキングで初顔合わせとするつもりが、道場で合同合宿となった為に予定が狂いはしたのだが、結果オーライではある。
そのせいでスイーツバイキングの件を忘れかけてはいたのだが、それは置いておくとして。
『春日井叔父様と、邪神戦線の一件で二度も生命を救われて、今回もこういった趣向を凝らしてもらいまして。私はなんと御礼をしたらいいのか……』
「御礼なんていらないよ。私は組織の方針に従っただけだし、それに……」
一息。
「また、椎名ちゃんの歌を聴かせて貰えたら、それで充分」
それが小毬の本心であり、偽りのない欲求。
一度目は盗み聴きで、二度目と三度目は戦場で。精霊への供物にすらなりうるというその歌声を、小毬はきちんと聴けた事はないのだ。
だから何事もない時にそんな歌を聴かせて貰えたら嬉しいと、小毬はずっと願っているのである。
「順調に回復して、歌えるようになったらさ。その時は一曲でもいいから聴かせて欲しいな」
ロールプレイを捨て、カッコつけるつもりもなく、自然体で。小毬は今日一番であろう笑顔を椎名に向ける。
それを見た椎名は、何故か一瞬だけ沈痛そうな表情を見せ、
『ツカサさん、彼女っていますか?』
なんて、唐突な問いを投げてきた。
「え? ……いないどころか、いない歴と人生がイコールみたいなものだけど、どして?」
いきなり過ぎる問に思わず答えてしまったが、年下の女の子に実質的な敗北者宣言をする必要はなかった気がする。
もしかしてキザったらしいとか、癪に障る言い方をしますね、とかそういう話なのだろうかと、小毬は己のコミュ力の無さを呪う。
オタクは思春期に女子とオハナシする機会なんて無かったのだ。だから人と話すのはいつも緊張するし、余計なことばかり話してしまう時もある。
単純に人生経験が足りていないと言われればそれまでだが、そんな輝かしい青春時代を投げ捨ててまで男友達とバカをやっていた記憶という物は、いつまでも色褪せない大切な思い出なのである。
そうやって普段通りの自己嫌悪による現実逃避に思考を費やしていた小毬だが。
ふと気付けば椎名の顔が目の前にあり、彼女の両手は小毬の後ろ首へと回されていて。僅かに、だけどそれなりに強く込められたチカラにたたらを踏むように腰を落とせば……。
「──ん」
小さな吐息と水音。
一秒ともしれぬ短い時間、自身の唇に触れていたその柔らかい感触を確かめる間もなく。
脳が情報を処理仕切る前に、彼女は小毬の下から3歩ほど離れてタブレットを掲げる。
『今はこれが、私の精一杯の御礼です』
読み上げ機能をあえて使わず、文面のみを小毬へと見せた椎名。彼女はまたにんまりと笑って。
『あの地獄の中でも残ってた私のファーストキス。ツカサさんにあげる』
あの地獄と彼女は言う。一体春日井の下で何をされていたのか、小毬には分からない。
だけど、まだ幼さの残る顔立ちをした彼女がどのような目にあったのか、それは詳細を調べたカシワギ博士が調査員に箝口令を敷いたという噂がある時点で察するものがある。
「椎名ちゃ……」
「小毬ちゃーん! 椎名ちゃーん! 立ち止まってどうしたんですかー?」
真意を問い掛けたくて言葉を投げかけようとした矢先、少し離れた所で立ち止まってくれていた土浦の声に椎名が振り向いてしまった為、タイミングを逃してしまった。
『なんでもありませんよ。食べすぎてお腹が苦しいって話してたんです』
クドリャフカを中心とした女子の輪に、椎名は何事も無かったかのように入っていってしまったので、未だに脳の処理の追いつかない小毬では追求するだけの余裕はない。
仮に、これがただの接触事故であったならば小毬はこれほど狼狽える事はなかっただろう。平謝りをして、赦してもらえる条件を引き出すまで幾度となく「ごめんなさい」という言葉を口にしていたはずだ。
だが、今回は明確に椎名の意志の下で行為が行われた。
しかも『ファーストキス』なんていう、予想も付かなかったものをお礼として頂いてしまって。
(どうしたらいいと思う、ノア?)
ダメ元でヴォルト・ギアへと戻ってきているノアへと話しかけたが安定の無視。
人の色恋沙汰に興味は無いのか、はたまた傍観者に徹する方が好みなのかは分からないが、助太刀してくれる気は無いらしい。
いい加減、これ以上立ち止まっていると何かあったかと疑われるため、小毬はいかにも「胃もたれしそう」な風を装って自身のお腹を摩りつつ、少しだけ早足で合流する。
ふと意識を逸らした瞬間に無意識に己の唇へと手を伸ばしたり、椎名の方へ視線を向けてしまいそうになる為、帰り道であろうと気が抜けないのはどうしたものか。
悶々と、決して解決できない悩みを抱えながら、小毬達は帰路についた。
ちょっと短めですが、キリがいいのでここまで。
そしていつもの勝手にQ&A
Q:地獄って?
A:ep93 小話『とある少女の日常』をチェック。簡潔に言えば『同人誌みたい』に扱われるのが日常だった。想像力次第でどこまでも胸糞になるので耐性のない人は気にしない方がいいかも。
Q:椎名ってツカサの事が好きなの?
A:地獄から救い出してくれて、自分の為に命懸けで頑張ってくれて、憧れの人とも会わせてくれて、彼の所属する組織が自分の人生をマトモな軌道に戻してくれて、たまに会うといつも気遣ってくれる同じマンションに住む近所のお兄さん。養父ともマブダチなので椎名的に好感度がうなぎ登りなクセに下がる要素がほとんどないという。
ただ先の『地獄』の件もあって己自身に引け目がある為、ヒロインレースからは一歩どころか三歩くらい引いてる。
Q:もし引け目がなかったどうなってた?
A:ツカサ程度なら三ヶ月で攻略されてる。所詮は中身モテないオタクボーイなので。
近所に住んでるのを利用してスキンシップを重ねて好みや生活リズムなんかを把握しつつ、イベント等に引っ張り出して実質彼女ムーヴをしながらツカサが絆されるまで濃厚な蜂蜜漬け(比喩表現)の毎日を送る。
未成年だから告白してもツカサが振る可能性があるって? じゃああと数年蜂蜜漬け()にできるね!
Q:このQ&Aっている?
A:個人的な設定の捌け口に大変便利なのでいります!