スイーツバイキング その7
「兄さ……小毬ちゃん。ちょっといいですか?」
小毬がトングを打ち鳴らしてケーキを威嚇しながら歩いていたところ、同じくトングを鳴らしているカレンが背後からやって来て、小毬へと話しかけてきた。
既に出来たての新作スイーツはお盆の上にあり、今はなんとなく琴線に触れるようなケーキはないかと物色中なだけなので断る理由もない。
呼び出されるまま、列の外へと抜けて人のいない壁際に。自分達のテーブルからも距離があるので、聞き耳を立てられたとしても大丈夫だろう。
「それで、なんですの? わざわざ外出して関係者の誰もいない場所での内緒話なんて……」
ただ小毬に話があるだけならば今このタイミングである必要はない。何せ兄妹としてひとつ屋根の下で暮らしているのだし、今だって揃って水鏡家の母屋を間借りしているのだから、いくらでも時間は作れるのだ。
しかしその場所すら避けて、わざわざ喧騒の中で話そうというのは、何やら剣呑な気配がする。
「いえね、ひとつだけ。ずっと気になっている事があるんですよ」
カレンはそう前置きし、一瞬だけ視線を彼方へ向ける。
おそらくは、その視線の先にはクドリャフカ……キャロルがいるのだろう。
「彼女が邪神の“巫女”としてクラバットルに攫われた理由……というか能力の話、ですわね?」
そう小毬が切り出せば、案の定カレンは小さく頷いた。
確かにそれは小毬もずっと気になっていた事だ。
あの時、邪神の贄として選ばれた巫女は皆揃って特殊な能力や適性を持っている者達だった。土浦やカレンはブレイヴ・エレメンツとして選ばれた戦士だったし、瀧宮 帝はもはや規格外と言っても過言ではない。
宝条 瑠璃が攫えなくなったので代用品、みたいに話していた気もするが、宝条もまた特殊能力持ち。それの代用品として一般人を攫うことは無いだろう。
「それとなく聞いてみたんですけどね、上手くはぐらかされてしまって」
能力について聞いてみて『分からない』ではなく『答えない』のであれば、自覚があって隠しているということだろうか。
「なるほど……。つまり『人に話せない能力』か『単純にそこまで信用されていない』のどちらかの可能性もある、という事ね」
後者ならば危機管理が出来ている、となるが前者ならば厄介だ。
人に話すことで弱点が露呈するタイプの能力等であれば、味方であるカレンにそういう能力だと言うくらいはするだろう。下手に勘繰られるよりはそちらの方が不和を生まずに済むのだから。
問題は彼女の能力が精神操作や遅延発動する爆弾みたいな能力だった場合。
現在進行形で小毬や日向に対してその能力を発動していたり、これから発動するつもりであった場合、能力の詳細を知らなければ防ぎようがない。
しかも今は全国のヒーローがあの道場に集結している為、精神操作系の能力で全員が操られてしまったらとてもマズい。
“絶対服従のギ〇ス”みたいなものがお出しされると、能力が判明した時にはもう時既に遅しとなる可能性がある。
……もしかしたら敵が機械人形しか送り込んでこないのは、そういう能力に対する対処法なのかもしれないと考えた事もある。
「ただ、ノームとシルフィは問題ないって言うんですよね。博士経由で瀧宮さんに問い合わせても『そんな大層な能力じゃない』という答えしか返ってこないらしくて」
「おっと、行動が早い」
まぁ小毬としても、ノアが平気そうにしているならばなるべく放置しようとは思っていたのだ。あの道場はラミィが秘密裏に一切の死角なく監視しているらしい(何を用いているのかは教えてくれなかった)ので、尻尾を見せた時点で情報が回ってくるハズなのだ。
脳波の乱れさえ感知すると豪語していたのだから、その本人が趣味という名の機械人形解析に精を出している今は危険もないのだろう。
小毬としては、こうしている今も彼女達は楽しそうにはしゃいでいるので、あまり疑ってやりたくはない。
「兄さんには無理に警戒しろとは言いません。どうせ美少女に甘いのはいつもの事なので」
呆れたようなジト目で小毬を見やるカレンに、そんなに甘い一面を見せたことはない気がするのだがと、小毬は困った顔を返す他ない。
美少女の為に生命を賭けたことは何度かあるけど、甘い側面を見せるほど美少女と深く関わった記憶が無いのだ。
非モテなので。
「とりあえず留意しておけ、という話ですわね」
小毬の返事に頷くカレン。それで話はお終いだとばかりに背を向けた所で、
「そういえばノアさんはどうしました?」
そう問い掛けてきた。
「あっち」
見れば分かると小毬が顎でしゃくった先には、小毬達とは別のテーブルでスイーツを嗜むノアの姿。他にもふたりの女性が同席しているが、アレは姿を変えたラミィとミソラである。
道場の防衛を放置して、雷の精霊三体があの場に揃っている事になるのだが……まぁ護衛対象がコチラに居るので間違いではない。
護衛そっちのけでスイーツバイキングを楽しんでいるようだが、気にしたら負けである。
彼女達は精霊が人の体を模しているだけなので、味覚はあるが満腹という概念はない。それ故に机の上に積み上げた皿の数は相当数に昇り、周囲の客からも一目置かれているみたいだ。
悪目立ちしていても気にしないで居られるその図太さは見習いたいところである。
「……楽しんでいるようで何より」
難しい事を考えても無駄かと、諦めたような表情をしたカレンは、今度こそまたトングを持ってケーキを威嚇しに戻っていった。
◇
「よう小毬ちゃん。おかえり」
適当なケーキを見繕って席へと戻った小毬を迎えたのは日向だけであった。
他の面々はどうしたのかと会場を見やれば、ワッフルメーカーの前で楽しそうにしている様子が見て取れる。
どうやら自分で焼いて好きにトッピングする事ができるコーナーのようだ。人数分のワッフルの焼き時間も含めて、しばらくは戻ってこないのだろう。
何故日向だけ離れているのかと思えば、彼女のお盆には既に山盛りのシュークリームやらエクレアやらが並んでいる。
カレーライスの後にモンスターを食べたはずなのに、まだこれだけ食べられるとは……。学生の胃袋は凄い。
「やっと2人きりになれたな。ずっと話したかったんだよ」
小毬が着席するな否や、そう言って身を乗り出してくる日向。
「え? ……何か私、悪いことでもしましたか?」
生憎と小毬には心当たりが無く、知らず知らずの内に印象を悪くしてしまったのかと少し身構える。
しかし日向は「いや、そうじゃなくて」と前置きし、一瞬だけ周囲に目を走らせると、小毬にもっと近寄るようにと手招きしてきた。
本当に何なんだと戸惑いながらも、身を乗り出すより隣に行くべきと判断した小毬。内緒話をしたいならわざわざ机を挟む必要もないだろう。
一応体裁として飲み物だけ持って移動した小毬に、日向はそっと顔を近付け……。
(いや、その天然物のマシュマロで腕を挟むのは反則では!?)
何がとは言わないけどヤケに柔らかくて大きい物が小毬の腕を包んでしまったのだが、下手に反応するのは大人としてどうかという思いで、感情を無にして耐える事にした。
色即是空、色即是空……と心の中で唱えながら、必死に耐える小毬の心を知ってか知らずか、日向は小毬の耳元へそっと唇を寄せ、
「司さん、アンタとっくにオレ達がブレイヴ・エレメンツだって気付いてたよな?」
そう、宣った。