スイーツバイキング その6
スイーツバイキングへと一歩を踏み出した小毬は一通りの案内を受けた後、まずはお盆と大皿を手にしてプリンコーナーへと並んでいた。
「初っ端からプリンに行くんですか?」
「私、プリンが好物なんですの。後回しにして品切れと言われたらショックだから先に食べますわ」
大抵のスイーツバイキングはケーキがメインであり、プリンにはさほど力を入れていない事が大半なのだが、そこはわざわざダークエルダーからパンドラ☆ボックスを仕入れた直営店。プリンだけでも数種類が並び、トッピングも幅広く取り入れていてくれている。
通常のカップ入りから、喫茶店の固めプリン、練乳プリン、バケツプリン、プリンアラモード、プリン・オブ・ザ・モンスターまで、通常では見ない数のプリンが並べられていた。
「……え、プリン・オブ・ザ・モンスターって何……?」
土浦は何故かドン引きしているようだが、小毬は迷わずモンスターを注文しお盆へと載せる。
モンスターの正体はバケツプリンにあらゆるトッピングと工夫を付け加えられた子玉の逸品だ。総カロリーが三千を超す事からその名が付けられた、正しく化け物級の女性の天敵となりうるデザートなのである。
「う~ん、これひとつでお盆が埋まっちゃいますわね。まぁ食べ終わってからもう一周しますか」
土浦が何かを諦めた顔で喫茶店プリンを取っているのを横目に、小毬は座席へと戻る。
もちろん、すれ違った人達や先に席に戻っていた皆に奇異の目を向けられた事は言うまでもない。
◇
小毬と土浦が戻った後のテーブルは華やかであった。
まずはサラダやパスタから入る者や、少食故に小さなケーキを数種類だけお皿に乗せて持ってきた者、何故かカレーライスを持ってきた者、そしてプリン・オブ・ザ・モンスター。
小毬が甘党だと知っているのはこの中ではカレン位なので、他の皆は驚いた顔をしていたが、そもそもこれくらいを平気で喰えねば男児がスイーツバイキングに行こう等とは申さぬだろうと、小毬は平然とした構えを貫いている。
「それでは、いただきます」
スイーツバイキングは制限時間制の為、食べねば時間の無駄になるだろうと小毬は早速カレースプーンを手にモンスターへと勝負を挑む。
ただでさえ大量のホイップクリームが盛られている上に様々なトッピングが施されているモンスターは、正しく甘味の暴力なのだが、戦闘員として日々訓練を怠っていない小毬からすればチートデイに丁度いいというもの。
皆が呆気に取られながらも見守る中で、ただひたすらにモンスターを食べ尽くしていく。
その間に、チラリと皆の反応を見やると。
「……いくら運動しているとはいえ、私には真似できませんね………」
小毬の様子を見て無意識に胸元を擦る水鏡は、まだ胸焼けをするような歳でもないだろうに、粛々とサラダを摘んでいた。ドレッシングも掛けずに生野菜を食しているのは、普段からカロリー計算等をしているのだろうか。
「うおおぉぉぉ負けるかぁぁぁ!」
小毬の何に触発されたのか、日向は手元のカレーライスを手早く掻っ込むと、負けじとプリンコーナーへと進んでいった。
彼女もまたキング・オブ・ザ・モンスターに魅入られた者になるのかは分からないが、一人前のカレーライスを食べた後にこの量を食べ切るのは無茶な気もする。
まぁ若い内は何事も経験だろう。
『歌恋さん、何かオススメはありますか?』
「ん~、そうですねぇ。私のおすすめはこの『カチドキ! フルーツバスケットケーキ』ですよ。ドリアンと松ぼっくりの部分は癖がありますけど、他のフルーツはマトモなので美味しいんです」
『松ぼっくり? 食べられるんですか?』
カレンと椎名は仲良くやっているようで、小毬としても一安心である。元々は学校に通い始めた椎名に友達ができたら良いなと思って誘った計画なのだから、楽しんで欲しい。
「小毬ちゃん。この『エンガワノオシスシ』ってケーキですの?」
「違うよクド、それはお寿司だよ。というか押し寿司は漢字で書いてあったよね?」
「あい きゃん すぴーく じゃぱにーず!」
「私は日本語を話せますって、自供してるじゃありませんか」
「おっと……」
天然なのか構って欲しいのかは分からないが、唐突にエンガワの押し寿司を持ってきて小毬の隣を陣取ったクドリャフカ。
スイーツバイキングに何故エンガワの押し寿司があるのかは分からないが、普通に美味しそうで困る。
モンスターが片付いたら取りに行こう、と小毬が心に決めたのを知ってか知らずか、クドリャフカは押し寿司をひとつ取って醤油を付け、
「はい、小毬ちゃん。あ~ん……」
なんて、距離感というものを弁えていない行為をし始めてしまった。
「……えっと。俺も箸あるし、この後取りに行くよ……?」
「あーん」
「いやあの、キャロ……クド?」
「あーん……」
もはや食べねば先に進ませぬとばかりに押し付けてくるクドリャフカ。いくら女装をしているとはいえ、小毬はこの様な事態には慣れていない為フリーズする他ない。
どうするのが正解なのか迷っている内に、色んな所から視線を集めてしまっているのを肌で感じる。
大丈夫だ、今のツカサは小毬であり、全身ゴスロリの完璧な美少女。美少女同士の“あーん”ならば罪には問われないはず。
いざ、覚悟を決めて口を開くと……。
「あげません!」
横から唐突に土浦が割って入り、押し付けられていたエンガワを横からかっさらっていった。
「ああっ!」
その残念そうな声がクドリャフカから漏れたのか小毬から漏れたのか、それは本人にも分からないのだが。しかめっ面で一生懸命に寿司を咀嚼している土浦を見ていると、小動物っぽい愛らしさがあってなんとなく和んでしまう。
「そんなにエンガワ好きなの?」
「好っ……!? ぼ、ボクはエンガワには目がないのさ! いつまでも食べないから代わりにボクが食べてしまったよ!!」
どうやらエンガワの押し寿司が大好物らしい土浦は、素早くクドリャフカの背後へと回り肩を掴むと、
「さぁさぁクドリャフカさん。こういうお店は慣れないでしょう? ボクが案内してあげるよ!」
「ああっ! 辞めなさい女狐め! ワタクシはっ……わふー!?」
と、一方的に宣って、まるで小毬からクドリャフカを引き剥がしたいかのように連れ去ってしまった。
「……うんうん、元気だねぇ」
人の奢りで食べるスイーツバイキングはさぞ美味しかろう。はしゃぐ気持ちも分かるが、周囲の迷惑にならない程度に収めてほしいものである。
「さて、じゃあ次はケーキでも食べますか」
プリン・オブ・ザ・モンスターを平らげて、ようやくプリンに対する欲求から解放された小毬は、今度は適度に目に付いた物を食べようと席を立つ。
多くの女性が立ち並ぶ空間に若干の居心地の悪さを覚えながらも、今は自分のその一員なのだと言い聞かせ、丁度出てきた出来たて新作スイーツの争奪戦へと馳せ参じた。




