耐久戦 その3
まずはテントを張ろうと、ツカサは歩いていた。
昨日まで寝床にしていた宿舎は今は女子寮となってしまったし、知らぬ人達と雑魚寝なんてツカサには少し荷が重い。なので、秩父山中にて押収しそのままとなっているテントを使おうかと思い至ったのだが。
正門や裏門など、防衛に回りやすい位置は軒並みベテランヒーロー達によって確保されており、それは建物の入口付近も同様。
敵が通るならばここだ、という点をベテラン達が塞ぎ、万が一にも侵入された時はそこで足止めをするつもりなのだろう。
広場にはそこから溢れたヒーロー達が固まって複数のチームを作っており、昼夜交代で番をするつもりらしい。
見た目だけなら敷地を借りたグループキャンプなのに、戦力で見たら野営地というか、一国一城を落としに募ったのではないかと思えるほど。
もはやツカサは帰っても許されるのではないか、とさえ思えてくる。
「帰っちゃダメっスよ?」
いつの間にソコに居たのか、真後ろからスズの声が響く。
「なんで君達は俺の背中を取る事ばかり得意なのか」
忍者相手にボヤいたところで仕方ないのは分かっているのだが、流石に背中に冷たい物を当てられていると平静ではいられぬものだ。
「残念ながら栄養ドリンクっスよ。来てくれた人達みんなに配ってるっス」
そう言われて肩越しに渡された物を受け取れば、確かにファイトが一発で湧きそうな小瓶であった。
流石に一眠りしようという時に飲むのもアレなので手に持ったまま振り返ると、そこには完全に売り子と化した忍者ツインズの姿。
スズと枢 環である。
「アタシ達はこの集団の中じゃあんまり役に立てないからね。だったら戦力調査とか諸々込で、こうして各人を訪問する理由を作っているのさ」
確かに、一騎当千のヒーロー達と忍者では土俵が違い過ぎて勝負にもならないのだろう。現時点では諜報能力は活用できず、式神による人数のかさ増しも必要ない以上やる事はない。
ツカサとしてはキャロルの身辺警護の最後の砦として期待していたものの、想定より防御が固まってしまった今では手隙になってしまうのも仕方ない。
やれる事を自分で見つけて動いてくれているだけありがたいものである。
「いやホント、助かるよ。データがまとまったらコッチにもコピー貰っていい?」
「了解っスよ~。ついでに、ヒーローの皆さんになんか聞いて欲しい質問とかあります?」
「えっそうだな迷うな……。好きな食べ物とか聞くと夕飯に出されるかもって期待させちゃうからダメだよな。かといって誕生日とか聞くのも露骨というか変だし、好きな音楽とか……いや、そういう場合じゃないんだもんな。この場面で聞いても変に思われない質問ってなんだ……? ごめんスズ、三時間ほどもらっていいか?」
「ダメなんで受付終了っスお疲れさんした~」
「殺生な!?」
「妥当というか、ヒーローが絡むとアンタはそんなにキモイんだねぇ」
「返す言葉も無いな」
「否定しないのは相当だよ」
「キモイのはもうずっとなんで諦めたっスけど、ウチの支部は大体変な人ばっかりなんで慣れてくるんスよねぇ」
「この筋肉を呼んだか!?」
「噂をすれば影だね?」
「あーもう無茶苦茶だよ」
◇
それ以降も雑談は重ねたのだが、これ以上立ち話もなんなのでとなって解散。
帰るなと釘を刺された以上はツカサも早く寝床を見つけねばならないので、あまりのんびりもしていられないのである。
そうこうして歩いている内に母屋の方に来てしまったのだが、何やら楽しげな声が聞こえたので向かってみると、縁側で真人と霧崎が一升瓶を開けて酒盛りをしているところだった。
「よう、ツカサ。暇をしているなら一緒にどうだ?」
既に赤ら顔のふたりはお猪口を片手にキュウリを齧りつつ
、ツカサに対して柔和な笑みを浮かべている。
風下に置かれた七輪では、焼いたスルメが香ばしい匂いを漂わせ、くるりと丸まるのを放し飼いになっている猫達が興味津々に眺めていた。
「あー……。一杯貰いたいところなんだけど、まだ寝床を探している途中なんで。見つかったらまた来ます」
保護者組であるこの二人が意気投合しているのは珍しいと思ったが、そういう事もあるかとツカサは考えるのを止める。
縁側での晩酌なんて乙な行為に興味はあるのだが、ここで捕まったら多分真夜中まで開放されないだろう事はツカサにも分かる。戦力的に充実し、今夜は戦闘に出なくてもいいだろうが、肌寒くなってきたこの時期に外で寝落ちして風邪でも引いたら洒落にもならない。
「おや、そういえば宿舎から追い出されたクチでしたか。もう主だった場所はヒーローの皆さんに提供してしまったので、残っているのは演習場とあと一箇所しかありませんよ」
道場の主たる真人がそう言うのならば、もうロクな場所は空いてないのだろう。
演習場は広く、それ故に多くのヒーロー達がテントを設置して過密地帯となっていた為、できれば遠慮したいのだが。
「その、あと一箇所というのはどこですか?」
ツカサが聞くと、真人は指を立て後ろに向ける。
つまり、母屋だ。
「部屋数はありますし、使っているのは私達家族と日向さんに土浦さん、コイツと椎名さん、後は貴方の妹さんも来ておりますよ」
その声が聞こえたのか、上階から数人の足音がして女子グループが降りてきてきた。誰もかれもが部屋着姿で、その若干無防備な姿にツカサはそっと視線を逸らす。
というかなんで皆して色違いでお揃いのネコミミパーカーとホットパンツなんだろうか。
下手をすると死人が出るぞ。主にツカサとか。
「兄さん、やっと帰ってきましたか。荷物は二階奥の空き部屋に置いてあるので、さっさと片付けてシャワーを浴びてきてください」
てっきりカレンはうら若き乙女達との共同生活を認めず、荷物を持たせてツカサを追い出すかと思っていたのだが、何故か今回はすんなり受け入れているかの様。
恥ずかしいのか後ろに隠れようとする土浦をグイグイと前に押し出しているようだが、何故揉めているのかはツカサには分からない。
「司さん、夕食のリクエストはありますか? 今ならまだ一品くらい追加できますけど」
「司さんっ! 去年の夏映画のDVDを持ってきてるってホントか!? 鑑賞会しようぜ!」
『あの……スイーツバイキングのお話をちょっと……』
「歌恋、やっぱりこの格好恥ずかしいよっ!?」
「ええい、ここまで来て逃げるんじゃありませんよ! 観念して生足を見せ付けなさい!!」
何やらわちゃわちゃしているようだが、どうやらツカサが母屋に泊まるのは決定事項らしく。
もう眠い頭で悩んでも仕方ないので、ツカサは受け入れる事に決めた。
「分かったから順番に話してくれ。俺にできる事ならなんでも付き合うから」
五日間とはいえ籠城戦を強いられている中で、どこまでもいつも通りの彼女達の様子に笑みを零しながら、ツカサは招かれるまま母屋へと足を踏み入れたのだった。
(ん? 今なんでも付き合うって言ったよね?)