耐久戦 その2
「あ、旦那様ぁ。お疲れ様でした~」
談話室にてキャロルとのコーヒータイムを満喫したツカサは、カフェインを摂取してなお増す一方の眠気に耐えながら中庭へと足を運んでいた。
そこでは山のように積まれた機械人形の残骸を分解する為に、専用の広いスペースを宛てがわれたラミィ・エーミルが居て、ビニールシートに座り込みつつ、あらゆる工具を念動力の如く宙に浮かせながらパーツを部品単位まで分解する作業を行っていた。
「やぁラミィ。なんか分かった事はある? あと外で旦那様呼びはやめて」
ラミィの事は関係者以外にはカレンの為に雇ったメイド兼用心棒だと説明してある。電子の精霊だなんて言ったら大騒ぎになる事は間違いなく、かといってツカサの関係者とするには流石に距離感が近過ぎるため、苦肉の策である。
あくまでも大杉 司という人物はダークエルダーと敵対する組織の一員であり、『ハク』という名のヒーローではあらねばならないのだから。ダークエルダー幹部の黒雷や彼が相棒とする『大精霊ノア』と関連があるのは企業秘密なのである。
「ああ、すいません~。……バラしてみて分かった事は幾つかありますがぁ、憶測も含みますけどぉ、聞いていきます?」
「頼んます」
ラミィが横にズレてスペースを空けてくれたので、ツカサは有り難くそこに座る。同時に差し出された手回し式の充電器に苦笑しながらも、これが彼女への報酬の一部なのだからと手慰みも兼ねてハンドルを回す。
ノアもそうだが、雷の精霊達は何故か人が手ずから発電した電力を好むらしい。人間で例えるならば市販品と手料理みたいな感覚なのだろうか。
「まずはですねぇ、初日に遭遇した燕尾服達ですが、今回の機械人形と関連性は確かにありました。ですが、それは共通する部品があった、程度でしてぇ~。ネジとかジョイントとか……端的に言えば、使用している部品は同じ企業から出荷されているもの、という事ですねぇ」
「……それはつまり、パーツは共通でもロボットの製造の段階からは別物だと?」
「そうなりますねぇ。最初は量産型とハイエンドモデルで分けているのかとも思ったのですが、どうやら製造元の時点で別らしく……。同じ性能を出すためのパーツすら設計から違うとなると、とても同一勢力とは思えなくてぇ~」
「んー……。つまり、燕尾服と機械人形共は生産ラインからして完全に別物で、もしかしたらそれぞれが別の勢力の物かもしれない、って事か?」
「あくまでも憶測ですねぇ」
「憶測かぁ」
「どいつもこいつもメモリを大事にしないのが悪いんですよぉ。データを抜かれたくない気持ちは分かりますけど、鹵獲する身にもなって欲しいですねぇ」
「その鹵獲を嫌ってるだけだと思うけど?」
「……あっ、あとですねぇ。これは両者に共通していますが、この部品を製造しているメーカーは現在存在しておりません」
「存在しないって言うと、全て廃盤品で構成されているってこと?」
「いえ、そうではなく。ざっとですがぁ地球上のありとあらゆる電気とデータの流れを辿ってみても、どこにも存在しないんですよぉ」
「………あ~、異世界?」
「その可能性が非常に高くてですねぇ、うんざりしてます」
「面倒だなぁ……」
要するにだ。
燕尾服と量産型機械人形の部品製造元は同じなのだが、ロボットととして組み立てたのは別組織の可能性が高いと。
そしてそのメーカーも地球上には確認できないため、もしかしたら別世界の存在かもしれない、と。
思えば、機械人形達の製造工場はいつも死角となる場所に突如として現れて、それらは全てオートメーション化されていた。それぞれに大型の発電機を設置してまで孤立させるのは確かに変だなと思っていたのだが、異世界から工場ごと送り込まれてきているのであれば理屈は通る。
荒唐無稽なようで、実際にデブリヘイムやワイバーン等の常識外れと遭遇してきたツカサとしては否定する根拠がない。
「この話、誰かにした?」
「ご主人様と旦那様と、後は一応カシワギ博士に」
「了解。あの人ならば適切に扱ってくれるでしょ」
考察部分は頭のいい人達に丸投げして、ツカサはただキャロルを守りきればいいのだ。
ツカサ達の勝利条件はあくまでもキャロルの保護とコンサート・フェスティバルの成功。その2点が達成されれば、敵は自ずと正体を表すのではないか。
「……あれ? そういえば後継者争い云々とはどう関わっているんだ?」
キャロル当人の厄ネタとして小国の内乱というものがあったはずだが、異世界のロボットが関わるとなると事情が更に複雑になってくる。
というか何故そんなものが関わってくるのかすらも分からない。謎だらけだ。
「……まぁ」
「『フェスの当日に当事者が現れるだろうから、そこをぶん殴って洗いざらい吐かせればいい』、と言いたげですね」
「人の思考を読むなよラミィくん。手回しを倍速にするぞ?」
「あはは、そんなご褒美みたいなこと……あひんっ♡」
「ほーれほーれほーれ」
「あっ、やめっ……! そんなっ♡ き、気功をつかっ……♡ なんてぇ……♡ ああああああんっ♡」
「……いや、なんでそんなすけべな声出してんの」
「だって……だ、旦那様ァ♡ こ、これ強すぎ……強すぎますってぇ……♡」
「……ノアに殺されそうだからこの辺でやめとくか」
「あら、いいのよ気にしなくても。メイドに舐められたら旦那様失格だもの、思う存分調教してあげたら?」
「起きてたのかよノア。ごめんて、声が怖ぇんだわ。お前さんの大事な配下に乱暴して悪かった、謝るから許してくれ。ラミィも、調子に乗って悪かった」
「はぁ……はぁ……♡」
「……なんかもう、ツッコむのも面倒だわ。私、またギアの中で寝てるから。用事があったら起こしてちょうだい」
「おう、おやすみ」
「朴念仁」
「なんて?」
「ばーか」
おやすみの後の言葉が小さくて聞き取れなかったが、おそらくは呪詛の類の言葉だろうとツカサは決めつけ、ままならないものだと空を見上げる。
そのままぼんやりと思考を放棄し、ぼけーっとだらしない表情で、寝落ちしてしまわない程度に薄目で耐える。
雲のない透き通るような青空の中、遠い空の彼方で時折、閃光と爆煙が観測できるのだが、あれはヒーローと機械人形の戦闘なのだろうか。
「狐じゃ空は飛べないものなぁ……」
上空の敵に、ツカサは対応できない。
《飛竜鎧装》はあくまでも黒雷の装備であり、今のツカサには運用できないものだ。
同時に、組織の意に反する行動もあまりしようとは思えない。
ツカサはどこまでも悪の組織の一員であり、社会人だ。
自由に振る舞う事へのリスクとリターンを天秤にかけ、やっていい事とダメな事の分別くらいはついているつもりである。
だからこそ、自由に空を飛び、遠い地まで駆け付け、誰かを救うべく動けるヒーロー達を、ツカサは尊敬する。
あくまでも軍やチームとして強敵と相対してきたツカサには、ヒーロー達のように『己こそが最後の砦』だという自負は無い。
だから、己にできない事は他の誰かがやってくれる、やって欲しいと思うのが通常ではあるのだが。
「俺にもあったら良かったのにな。ヒーローとしての『勇気』ってやつがさ」
たった一人の少女を守るため、あれだけの勇士達が募った。彼らは自身の武を誇り、単騎だろうと駆け付けただろう。
そんな彼らに憧れるしかない立場だからこそ、ツカサにも少しは思うところがあるのだが。
「いいじゃないですか、勇気とか無くたって」
いつの間にか落ち着いて話を聞いていたラミィが、そう呟いた。
「今のままの旦那様も、私は好きですよ?」
そんな言葉を、屈託のない表情で間近で微笑まれたらツカサ的にはだいぶアウトだ。
先程までのやり取りがなければ思わず堕ちていたかもしれない。
なので「ありがとう」とだけ返答して、ツカサはさっさと退散することにした。
「邪魔したね。頑張って」
「は~い」
なんて軽いやり取りだけをして、あっさりと別れる。
とりあえず寝床を確保せねばと、大きな欠伸を噛み殺しながら歩くツカサの背中に、
「─────」
風の音に紛れ、誰かの声が届いた気がした。
Q:手回し式充電器による電気の《味》ってどんな感じ?
※できる限り料理で例えてください。
ノア:やってくれる人やその時の気分にも寄るけれど、ツカサの場合は……そうね。日曜日に父親が作る、慣れない感じの手料理チャーハン。
ラミィ:気持ちがこもっている時はうな重でぇ、そう出ない時はわんこ蕎麦、ですかねぇ。
ミソラ:ツカサのはおはぎで、カゲトラのはきな粉餅。