突然のお泊まり会 その1
「え?」
突然のお泊まり会を宣誓され、ツカサの思考回路がショートしてしばし。
「ちょっ……チョトマテヨ!」
テンパった挙句に出た声は、誰かのモノマネなようであった。
「なんで俺が一緒になって泊まる必要があるのさ! 今の流れで俺は必要ないじゃん!」
そうツカサが声を荒らげても、何故かその場の女性陣は全員が耳を塞いで聞かざるスタイルであるからして。
どうしてツカサまで巻き込もうとしているのか、当人にはさっぱり分からないままなのだが、何故か他の女性陣はみんなして巻き込みたくて仕方がないらしい。
「……だって、実弾相手にして緊張しないのなんて司さんくらいじゃないですか……」
黙ってても押し通せないと思ったのか、仕方ないといいだけに水鏡が物申す。
確かに、ツカサが生身で銃撃戦をくぐり抜けたのはこれで多分三度目くらいである。
普段から防弾・防刃仕様の衣服を着用している上、そこにノアの援護と“気功”があったので、今まで何とでもなってきたのは確かだ。人としてどうかとは思うが、それは認めよう。
それを踏まえて巻き込まれるというのならば、まぁもう仕方ないかくらいの判断はできるのだが。
そうすると次は別の疑問点が浮かび上がるのだ。
彼女達もヒーローとして数々の修羅場をくぐり抜けてきたとはいえ、銃器を相手に戦った経験は少ないのだろう。そこでツカサを頼ろうとするのはまだわかる。
しかし、それなら何故キャロルを保護しようとしたのか。
そもそも他人にブレイヴ・エレメンツである事を悟らせてはならないのが彼女達のルールのはずなのに、どうして身バレのリスクを背負う必要があるのか。これが分からない。
「どうして危険だと分かった上で、自宅に招こうとするんだ? 君達全員が泊まる必要もなければ、ここでキャロルと関わらなかったことにだってできるはずだ」
街中で対物狙撃銃をぶっぱなすような危険な組織は、おそらくダークエルダーとして叩き潰す方向で話が進むので問題ないはず。
後はキャロルを数日間安全に匿う事が出来れば問題はないので、彼女達としては関わるだけ損なのだが。
「そんなの、助けたかったからに決まってんじゃん」
あっけらかんと。これが平常だと言わんばかりに日向が言葉を発し、残るふたりもこれに同意するように頷いた。
「……そっか」
そういえばそうだったと、ツカサは笑う。
彼女達は『ヒーロー』だ。
そこに損得勘定は無く、ただ人助けの為に己の身すら顧みずに危険に飛び込む奇特な人達。
人が困っているならば手を差し伸べるという、大人になるにつれて難しくなるその行いを、彼女達は大真面目に実践しているのだ。
そんな簡単な事を忘れていたようでは、ライバルとして名折れである。
「……分かった、分かったよ。俺も泊まりに行くよ」
かつて憧れるばかりであったヒーローという存在に、こうして頼られたと考えれば悪い気はしない。
やったー、と無邪気に喜ぶ少女達に、ツカサは「ただし」と一言。
「やるからにはこちらも全力を出すので、君達はあまり無茶をしてくれるなよ?」
とだけ申し送り、ツカサは改めてショートメールの文面を書き出した。
こうなったら巻き込める面子は巻き込んでやろう、と。
やるならば徹底的に、である。
◇
『もしもし、ツカサくん。聞こえておるかのう?』
「はぁい博士、お待ちしておりましたよ」
夕焼けの公園で一時解散した後、ツカサはカシワギ博士がもうそろそろ何か情報を掴んだ頃合じゃないかと思いつつも彼女へとメールを送り、己は初のお泊まり警護という事で、目立たず動きやすい戦闘服を吟味しているところであった。
どうせ襲われたなら白狐剣を取り出す事にはなるだろうが、タイミング次第では寝起きでそのまま生身での戦闘も考えられる。
なので初撃だけでも防げる寝巻きを探そう、と意気揚々とクローゼットを開けたまではよかったのだが、そこに入っていたのは既にワンサイズ下のTシャツばかり。
この半年間ずっと訓練を続けていたからか、筋肉量が増えてサイズが変わってしまったのだ。
流石にピチピチの息苦しいTシャツを着たくはない。ので、それも含めて相談しようと博士からの折り返しを待っていたのだ。
『一通りの報告は読んだが……また厄介事に巻き込まれておる様じゃのう』
「そうなんですよ。それで、何か分かりました?」
『まぁ現時点で分かっておる事は幾つかあるが。……いやこれホント面倒じゃな、なんでこんな案件が増えるんじゃ』
「え、なんスか。めっちゃ聞くの怖いんですけど」
『まず前提の情報としてはな、『能美 キャロライン』という名前は偽名じゃ。本名は伏せておくが』
「……伏せるほどヤバいんですか?」
『端的に言えば小国の元第四王位継承権保持者』
「わーい厄ネタ」
『その国は現在内乱中でな。俗に言う王位争奪戦なんじゃが、彼女は祖母が日本人という事もあり、両親が早々に継承権を破棄してアメリカに住んでおったのじゃが……』
「結局巻き込まれた、と?」
『まぁ国外だろうとそれなりの血の者がおるのは面倒じゃろうしな。それをいち早く勘づいた一家は秘密裏に日本へと脱出、そこで平穏な暮らすつもりだったんじゃろうが、結果はこのザマよ』
「辛辣な言い方しますねぇ」
『面倒事が起きた後に組織を頼ろうとするからじゃよ。こっちは再三に渡って忠告はしていたらしいからのぅ』
「……となると、やっぱりウチのゲストとして扱う事になりそうです?」
『特級のな。彼女の家族は既に保護したので、後はキャロルだけなんじゃが……。彼女の言った“仕事”というのが、ちと面倒での。……じゃが、キミが彼女の保護をしてくれると言うのならば問題はない』
「俺には問題しかないのですが?」
『なぁに、キミは全力でキャロルを守っておればよい。それも特別手当の付く業務として扱うから、幹部会以外は出社もせんでよいよ。ウチからの人員も出せるだけ出す。事態はそれなりに緊迫しておるでな』
「うへぇ……。ちなみに期間は?」
『今度ウチの主催で行われるコンサート・フェスティバル当日まで。……ほら北海道で、ジャスティス白井の一件で中止になったって聞いたじゃろ? 彼女、アレのゲストだったんじゃよ。あのフェスが開催地を東京に移して行われるワケじゃ。キャロルがそのフェスに参加するのを嫌がる勢力が、今回の敵というワケじゃ』
「勢力争いが国を跨いで続いているワケですか。面倒ですねぇ」
『まぁその辺の規模の大きい話は組織が担当するんで、キミはただ全力でキャロルを守ってくれればよい。やり方はキミに任せる』
「ちなみにですが、あの機械人形の方はどうなりました?」
『あー、ラミィくんも頑張っておるんじゃがな。なんか任務に失敗した瞬間に全機体の記憶回路が物理的に破壊され、そのまま爆弾として自爆するよう設計されとったらしくての。尾行してた人形が街中で自爆しようとしてたのを慌てて止めたんじゃよ。それも全部がのう。あそこからデータをサルベージするのは億劫じゃと嘆いておった』
「あれだけ精密な機体が使い捨てとは、金持ちですねぇ」
『まぁ解析さえ終われば全てラミィくんの玩具になるので、張り切ってはおったがな』
「……まぁつまり、敵の正体も規模も不明なまま頑張れって事でいいんですか?」
『そうなるのぅ。いつもすまんと思っておるが、一番自由の効く最大戦力がキミなんじゃよ』
「そう言われたら悪い気はしませんね」
『できる限りのサポートはするから、頑張ってくれい』
そしてその後は幾つかの報告と雑談を終えて通話は終了した。
現状を把握してなおどこかに隔離する、という選択肢を博士が出してこなかった以上、キャロルはしばらく道場で住込みとなるのだろう。ツカサはそれを全力でサポートしなければならない。
すこぶる面倒な話ではあるが、業務の一環として扱ってもよいと言われればやりようはある。
敵がどのくらいの規模なのか不明なのは怖いが、手札は幾らでもあるのだ。
「名も知らぬ組織め、目にもの見せてくれるわ……」
必ず叩き潰して、泣きっ面に追い打ちをかけてやるのだと、ツカサは残忍な笑みを浮かべる。
その為にはまずは急ぎと、関係各所に電話を掛けるのであった。