日常は秋模様 その6
──私の運命の王子様。
彼女……キャロルは確かにそう、ツカサに向かって言い放った。
それが一体何を意味するものなのかツカサには分かりかねないのだが、もしかしたら彼女が今、機械人形達に襲われている原因のことなのかもしれないと思うと、聞き返さざるをえない。
「……えぇっとぉ………。あの、能美さん?」
「キャロル、で構いませんわよ司様! なんでも聞いてくださいまし!」
「キャロラインさん」
「キャ・ロ・ル♪」
「あ、はい。……なんで王子様?」
「あの熱海で邪神の贄にされそうだった私を助けてくださった殿方ですもの! 私、あれから随分と探しましたのよ? あの一件以外に大々的な活動はしておらず、全国を探しても全く目撃情報が出なかった貴方を見つける為に何人もの賞金稼ぎ達を雇ったというのにこの数ヶ月でも成果なし。他のヒーロー達に聞いて回っても分からないと言われて、もしやあの一件以降にお姿を消されたのかと私ずっっっと心配しておりましたの! それでも人は生きるために仕事をしなければならず、こうなったら己のこのマナコで草の根を分けてでも探し出そうかとしていた矢先にこうやって出会えたのはきっと運命! ああ、ワタクシはなんて幸せ者なのかしらこうやって貴方様と出会えた幸運に感謝しなくてはバチが当たってしまいますわ! それを言ったらそもそもの出会いの場を整えてくれたのはあの邪神ひいては蝙蝠怪人となってしまうのですが、喉元過ぎれば何とやらで今では彼らにも感謝してやってもいいかと思い始めておりまして……」
「だぁぁぁぁぁ!! 長い! 怖い! 何を言っとるんだ君は!?」
どうやらキャロルは興奮すると物事を早口で語ってしまうオタク気質らしく、先程までの怯えた表情すらもどこへやらといった感じの満天笑顔を見せ付けてくれる。
いやホントに、きちんと喋っているのに何を言っているのか理解が及ばないというのもすごい感覚だ。
熱海の英雄が運命の王子様で貴方様がなんだって?
「まぁまぁまぁまぁおふたりとも! もう時間も遅いですし! ここは一旦解散としませんか!!」
助け舟とばかりに土浦がキャロルを引き剥がしてくれて、そこでようやくホッと一息をつく。
言われてみれば確かに、もう日が沈んでしばらく経っている。ここの公園の街灯は切れかかっているのか時折明滅しており、光源としても心もとない。これ以上この場に居続けるのは得策ではないだろう。
キャロルだってまたいつ襲われるか分からないのだ。こんな場所に立ち往生している方が危ないとも言える。
「じゃあ、俺がキャロルを送って……」
「いやいやいや、ボクがやるよ。司さんだって忙しいでしょ?」
ツカサのセリフを遮るように土浦が言う。
流石に妹の親友である土浦にそんな危ない真似はさせたくないのだが、何故か彼女の目は真剣そのものというか、ツカサとキャロルをこれ以上絡ませないように必死になっているようにも思える。
何が彼女をそこまでさせるのか、ツカサには分からない。
ツカサが送り狼になる心配をしているのであれば杞憂だと言わざるを得ないのだが、信用されていないのはちょっと悲しい。
ツカサにそんな度胸はないというのに。
「お気持ちは有難いのですが、もうホテルへは戻れそうにありませんわ」
ツカサが嫌な想像をして若干落ち込んでいる間に、キャロルはいつの間にかスマホを取り出しており、大きくため息をついた後にその画面をツカサ達へと見せてくれた。
そこには三画面の、おそらくは己の部屋に仕掛けているのであろう隠しカメラの映像がリアルタイムで表示されているらしい。
何故そんな物を自分の部屋に仕掛けているのかと問いたくなる気持ちもあるが、おそらくは今この時の為なのだろう。
その映像には複数人の男が何かを仕掛けたり隠したりしている様子が映っているのだ。
十中八九、殺傷性の高いトラップの類であろう。相対した直後の時点でこんなに素早く行動できるとは、敵側もなかなかのやり手のようだ。
「ボディガード達は全員病院送りにされ、拠点も今はあのホテルのみ。路銀も大して持ち歩いておりませんので、できてもネカフェで二泊程度ですの。このままでは私、奴らに殺されてしまいますわ……?」
そう言って潤んだ目をしてツカサを見上げてくるキャロル。実にあざとい仕草だ。ヴォルト・ギアから定期的に痛覚へと訴えかける電流が流れてさえいなければ、女の子慣れしていないツカサは陥落してしまっていたかもしれない。
「うーん……。今の手持ちは二万しかないから、これでどうにかなる?」
「もうっ! 違いましてよ!」
しかし正解が分からないツカサが、とりあえず切迫しているであろうホテル代として出した万札を、キャロルは叩くようにして押し返した。
日向達がドン引きした顔で見ているが、確かに傍から見れば帰る場所のない少女に金を積んでいる絵面である。
サイテー、と誰かの声が聞こえた気がした。
「もうっ! もうっ! 私は司様のお家に泊めてくださいと言ってますの!」
なるほど、金がないなら人の家に泊まればいいじゃない、ということか。
「ダメです」
しかしこれに、ツカサは即座にNOと答える。
何せツカサの住むマンションの一室は、ダークエルダー関連の機密でいっぱいなのだ。
既にワイバーンの子供は引き取られて行ったが、それでもまだ精霊が三体も住んでいる上に無関係の人間に見られたくない物が山ほどある。
遊びに来る程度ならば行動を制限できるのでなんとかなるが、泊まりは不可能である。
でもこの即答に、キャロルは大層驚いた様子であった。
「何故ですの!? 私を泊めることに不服でもありますの!?」
再びツカサの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばし、何故か割って入った土浦と取っ組み合いになっているキャロル。
ツカサとしては、不服しかねぇ! と叫びたくもなるが、かといってここに放置していくのも流石に可哀想だ。
翌朝に少女の死体が発見された、とかニュースになっていたら後味が悪いどころの話じゃない。
やはり二万円を渡すしか……と財布を取り出そうとした時、ずっと何かを考え込んでいた水鏡が不意に顔を上げて柏手を打ち、注目を集める。
「では、私の家に皆で泊まるのはどうでしょう。私の実家は道場で、宿舎も併設されているのでそれなりの部屋数はありますし、腕の立つ門下生達もボディガードとして役に立ちます。符術を使えば要塞として機能しますし、何より雑用等のお手伝いをしてくだされば家賃は取りません。いかがでしょう?」
その提案に、何故かキャロルはツカサの方をちらりと見る。
確かに、水鏡の実家は戦力として十分というか、生身のツカサと渡り合えるあの父親がいる時点で相当ではある。
加えて皆と言うからには、日向や土浦も共に泊まる流れなのだろう。ブレイヴ・エレメンツが揃うのならばデブリヘイムの大群でも鎧袖一触に違いない。
ツカサの傍にいるよりも、むしろ戦力増強となっている。反対する理由はない。
「いいんじゃないかな。あの道場ならこちらとしても安心だし」
ツカサはそう言いつつ、早速カシワギ博士へショートメールを送る準備を始める。
道場まではツカサも同行するとして、その後に交代の警備員とキャロルの身元調査の依頼、一連の報告とホテルの爆弾処理の打ち合わせ等々やる事が目白押しだ。
なんで定時に帰ってまでサビ残みたいな事をしているのかと、己の不運を呪いつつ文面を考えていると、
「良かった、では司さんもお泊まりということで。それぞれ準備してまた集まりましょうか」
なんて、宣った。
「……え?」
聞いてないが?
突然の女子とお泊まりッ!
“あの”父親「また手合わせできる予感!?」(ガタッ!)