日常は秋模様 その4
ツカサの安い挑発に応じてなのか、燕尾服は躊躇う事なくサブマシンガンをフルオートで連射する。
驚くべき事にフルオートの反動を全て計算しているかのような、そんな人外レベルの精密連射を行っていたが……。まぁ、今のツカサが対処するのならばなんの問題もない。
「よっと」
燕尾服が引鉄を引いた時には既に、ツカサは手に持っていた和傘を広げ盾としていたのだ。
無論、この和傘もカシワギ博士の傑作。
展開時には傘の表面に不可視状態のシールドが幾重にも貼られ、あらゆる物理攻撃を防ぐ事ができる上に、シールドに当たった弾の跳弾対策もバッチリとされている。
計算上はヒーローの必殺技一回くらいは耐えられるそうだ。しかも時間さえ置けば排熱とシールド用のバッテリーも回復する為、再度使用可能とのこと。
……和傘一本で無駄に高性能ではあるが、これを持って強敵に挑むなら素直にハクとして戦うと思う。
今は単純に素顔を見せたくない+素性を知られたくないのと、少女と燕尾服のどちらとも敵対しないように立ち回ろうとした結果である。
この和傘を渡された際、性能試験で実弾を使うのは勿体ないから実戦で試してくれ、と言われた時にはどうしようかと思っていたが、博士はこの状況を見越していたのだろうか。
まぁそれはともかく、性能テストは成功とみていいだろう。
和傘に弾かれた銃弾はその場で勢いを失い、あらぬ方向へと跳弾することも無くポトポトと地面へ零れ落ちていく。
ものの数秒でワンマガジンを撃ち終えた燕尾服はおそらくは訝しんだような表情をしていただろうが、認識阻害によってそれを拝めないのは残念だ。
「無駄な事だ。分かっただろう、これが……」
“ツカサ、ちょっといい?”
燕尾服へと投降を呼び掛けようとしたその時、ヴォルト・ギアの仲で静観していたはずのノアから割り込みが入った。
“右のこめかみを狙った狙撃が来るわ。対処してあげるからじっとしてて”
そうノアの声が脳内へと響いたワンテンポ後、想像していたよりも恐ろしい、地響きのような音が鼓膜を震わせる。
ノアの言う通りの位置に銃弾が飛んできたらしい。
無論それはノアが展開した多重防壁によって防がれていたが、容易く数枚を叩き割っているあたり相当な火力の物だったようだ。
「……おいおいおい、日本国内で寄りによって対物狙撃銃かよ?」
ダークエルダーの十八番である薄いシールドは薄氷のように簡単に割られるイメージがあるが、実際は適正距離のアサルトライフルによる銃弾位なら軽く弾けるだけの性能がある。
それをツカサが視認できない距離からの狙撃によって複数枚破壊出来るということは、戦車の装甲すら容易く撃ち抜くだけの威力があるという事に他ならない。
間違いなく条約違反級の代物である。
少女や土浦さん達にシールドを展開しておいて良かった。もしもシールドが無く、今狙われたのが彼女達であったならばスプラッタ間違いなしである。
脳漿をぶちまけるどころではない、上半身ごと粉々に粉砕されていただろう。
「……今のを防ぎましたか。貴方は一体何者なのです?」
ようやく燕尾服がこちらへと興味を持った様子だが、ツカサとしてはそれどころではない。
ツカサの妨害が無ければ、この燕尾服の組織は少女を公園へと追い込み、そこで狙撃により始末をつけるつもりだったのであろう。
間違っても人間相手に使用してはならない得物を、年端もいかない者へと向けるつもりであったのだ。
誰の思惑なのか、当人達の意思によるものなのかは分からないが……。その在り方に、心の底からフツフツと怒りが湧き上がる。
相手が何者で、どんな理由があろうとも。もうツカサに彼らを許す気は無い。
(ノア、頼めるか?)
“もう片付けたわ。後は筋肉達が拾ってくれれば終わり。他の怪しい奴らも尾行が付いたから、後はソイツだけよ”
ツカサがノアへとスナイパーの始末をお願いしようと思った時には、既にそちらの始末は終わらせておいてくれたらしい。
手際が良くて素晴らしい相棒である。
“報酬は『モウツカレチャッ亭』の最高級ジャンボカステラでいいわよ。五千円くらい、生命よりも安いでしょう?”
(……ああ、あの朝の五時から並ばないと手に入らないアレか。喜んで献上させていただきます)
しっかりと対価を払う事になってしまったが、対物狙撃銃で頭を撃たれるよりは百倍マシだ。
「──なにっ? くそ……」
燕尾服が耳に手を当て、悪態を吐いた。おそらくは狙撃班がやられた事を味方から聴いたのだろう。
援護のなくなった燕尾服はこの瞬間に孤立し、そのまま少女の誘拐(または殺害)を強行するか、撤退するかを選択しなければならない立場となったのだ。
実力が未知数である和装の男を前に、どちらを選択するのが正しいのか。
そんな事を悠長に思考できる隙があると思う事が間違いなのに。
燕尾服がふと思考をズラした瞬間、ツカサは既に彼の目の前へと移動している。
“気功”のチカラで己の身体を前へと飛ばし、地を蹴り、常人の察知が及ばぬ加速を以て移動する様、それをツカサは“縮地”と呼ぶ。
厳密には別物だろうが、こういうのは分かりやすい名前があればよいのだ。クロックアップとは違う、己の身体能力のみで繰り出せる行為にはそれなりの尺度の名前があった方が分かりやすい。
「なっ!?」
燕尾服が声を上げる。本当ならば声を出す前に仕留めたかったのだが、今はこれくらいで良しとしよう。
「くらえ──!」
ツカサは縮地の勢いのまま、燕尾服の両脚を和傘で薙いだ。
見た目に反して重さ40kgを超えるその和傘は、空気抵抗を受けてしなりながらも狙い通りに燕尾服の膝小僧辺りを打ち据え、払う。
本来であれば気を込めた崩拳を溝打ち目掛けて打ち込んでやりたいところだが、今のツカサがやると勢い余って殺しかねない為、やむなく脚を狙ったのだ。
イメージ通りであれば、快音と共に燕尾服の脚が逆向きに曲がり、宙へと打ち上がるはずだ。後は煮るなり焼くなりご自由に、となるハズである。
ハズなのだが……。
あろう事か、快音と共に燕尾服の脚は砕けてバラバラとなってしまったのだ。
「あっ!?」
やり過ぎたか、思ったがそういう話でもなく。
よくよく切断部を見てみれば、そこに詰まっているのは血肉ではなく人工的な機械的部品類。
“なんと、彼は機械人形だったのです。オドロキなのですぅ”
なんともわざとらしいノアの反応に、さては狙撃手達も同様の存在で、知っていて黙っていたのだなと思い至る。
襲撃者が機械人形であれば、あの射撃の精度もまだ納得ができる。顔を認識阻害によって隠していたのも、おそらくは人形とバレるのを恐れたのかもしれない。
精巧な人形ほど製作者が特定しやすいのだから。
人でも人形でも、結局やる事は変わらなかったのだが、人形であるならば腹パンしても良かったかもしれない。
たまには全力で何かを殴り付けるのもストレス発散になるのだが……。
“まぁまぁ、八つ当たりで壊そうとしないの。どうせならコレを博士にお土産として持って帰ればいいじゃない。壊すよりも原型をなるべく留めておいた方がお得感があるわよ?”
ノアにそう言われ、潰すなら組織ごとやった方が健全だなと考えたツカサは、未だに抵抗しようとする燕尾服へと跨り、その首筋に指を当てる。
そうすれば後はノアが回路を弄って停止させてくれるので、これでいっちょうあがりだ。
これで一先ずの危機は去った。人形の回収は筋肉部隊に任せるとして。
「……よし、後は」
残る問題は、このシールドの中で大人しく体育座りをしている少女だ。