日常は秋模様 その2
日は沈むのが早くなるクセに、定時はいつまでも変わらないとはどういう事かと、ツカサはボヤきながらもいつもの公園へと歩みを進める。
というかもう日が沈みかけているというか、あと十数分としない内に太陽はその姿を隠してしまうだろう。
もう夏も完全に終わってしまったのだなと、少々感傷に浸りながらも、ツカサは全速力で道路を駆けて(やり過ぎると目立つので人目のある所では自転車並まで落としたが)どうにか公園の入口へとたどり着く事ができた。
「おっ、司さん遅かったね~」
わざとらしく肩で息をしていると、いつもの指定席から手を振るみっつの影。
背の高い影が日向 陽で、髪が長い方が水鏡 美月で間違いないだろう。ではあと一人はというと、キラキラと光るポニーテールの知り合いは一人しかいない。
「ど、どうも……」
少々恥ずかしそうに前髪をイジっているのは土浦 楓であった。この公園で見掛けたのは初めての事だが、おそらくはふたりに夕陽が綺麗であると話を聞いてやってきたのだろう。
学生は日没が早くなっても間に合うのか、羨ましい。
「やぁやぁ……ぜェ……久しぶりだね、三人とも……」
土浦とはつい先日も会ってはいるが、日向&水鏡ペアとは北海道に行く前の焼肉屋以来だ。
あの時はツカサのオンラインゲーム仲間であるナン骨とココナッツが一緒だったので少々面を食らったが、今回は流石に来ていないらしい。
まぁ、この前チャットで仕事のついでに寄っただけとも言っていたし、そう何度も顔を合わせるような仲でもない。居なくて当然と言えば当然なのだ。
とにかく、息を整えながらに指定席へと辿り着けば、もう夕陽は翳り頭の部分を少しだけ覗かせるばかり。
夕焼けには違いないが、沈んでいく情景を見れなかったのは残念だ。
「今年はもう見納めかなぁ……」
と、思わず呟く。
定時上がりで走って来たのにこれでは、もう冬になると間に合う事はなくなるだろう。
この夕陽を見る、という口実で彼女達と駄弁りに来るのが楽しみだったというのに、もうその言い訳も使えなくなってしまった。
もちろん互いに連絡先を交換しているし、春になればまたこの公園に集まる事もあるだろう。
しかし、一度疎遠になってしまえば距離感というのは測り辛くなるものだ。特にツカサのような“口実”に縋っていたような者ならば、なおさら。
他に彼女達と接点のないツカサには日常的に連絡する理由はなく。用事もないのに連絡して嫌われるかも、なんて思ってしまうツカサからすれば、もう彼女達と関わる理由はほとんど無くなってしまったのと同義のようなものだ。
一応、黒雷とブレイヴ・エレメンツというライバル関係は存在するが、互いに正体を隠している以上は関係性は不動だろう。
だから、というのもなんだけど。
ちょっとだけ、センチメンタルになってしまったりするのだ。
「なんだよ、せっかく走ってきたのに間に合わなくて悔しいのか?」
からかうような日向の声に、ツカサは声を震わせないよう慎重に「そうだよ?」と返す。
泣いてなんかいないが、この一年間のアレコレを思い出してしまい、ちょっとだけ込み上げてきたものがあったのだ。
大人になるとは涙脆くなる事だと聞いた気がしたが、どこの誰の言葉だったか。
そんな感傷に浸っている内に、夕陽は完全に沈み切ってしまい。ほの暗い黄昏に包まれた眼下の街を、街灯がポツポツと点灯して自らの色に染め上げていく。
見慣れた景色だが、今ならばそれも美しいと感じてしまえる。
大規模な反乱を抑え、守りきった街ならばよりそう感じるかもしれないが、残念ながらツカサはこの街の防衛には関与していなかったのでそこは無念だ。
それでも、カレンや土浦さんを守れた事だけは自らの誇りだと、ツカサは思っているのだが。
「そういえば司さん。この前は助かったよ」
なんとなくボーッとしていると、そう日向の声が聞こえた。
「え……あー、なんで?」
助かったとはなんだろうか。ツカサが思い返せるのは焼肉を奢った事しかなく、それを助かったと表現するのはあの凸凹コンビくらいだろう。あのふたり、いっつも金欠で嘆いていたし。
だから何故、と頭を捻っていると、日向が言いづらそうにウンウン唸りながらも言葉を紡ぐ。
「ほら、あのー……一欠片の勇気ってやつ。あれ、実はすっごい助かったんだよね。よく分からないけど」
「よく分からないのかい」
「そう。よく分からないけど助かった」
「それを助かったと言うのか?」
「アレがなかったらドー……うーんと、アレ。とにかく助かったんだよ!」
以上、全く要領を得ない助かった宣言であったが、きっとジャスティス白井の反乱の時に何かしら“気功”に纏わる覚醒とかがあったのかもしれない。それならば部外者であるツカサに話せないのも納得がいく。
「よく分からないけど、どういたしまして」
今日は報告書の作成で忙しかったが、明日ならば時間も空くだろう。そこで反乱の時のアーカイブを漁ろうと、ツカサは脳裏のスケジュール帳にその事を刻む。
予め連絡していた“最強”さんも動いたとの報告があったし、ブレイヴ・エレメンツとして活動していたのは間違いないだろうし、近場の監視カメラの映像を辿ればどこかで見つけることができるだろう。
よもや己のすぐ傍にいるノアが裏事情込で全て知っているとは思いもしない。
「それで、なんだけどさ……」
今ので話は終わりかと思いきや、まだ続きがあるようで。
なんだか照れくさそうに頬を掻く日向と、我関せずな水鏡、そして何やらむくれ顔の土浦を視界に収めつつ、ツカサはまたぞろ面倒事かと冷や汗が頬を伝う。
なんだろうか、“気功”のチカラに目覚めたから腕試しをさせてくれとか、そんな事だろうか。
それともまた映画のお誘いだろうか。しかし特撮映画は今のところ上映の予定は無かった筈だし、それならばツカサを誘う理由はない。普通の映画ならば友達と行けば良いのだから、ツカサは必要ないだろう。
本気で心当たりがなく、何を要求されるのか戦々恐々とするツカサに対し、日向はキョロキョロと視線を動かした後にようやくツカサの目を見て、ゆっくりと口を開く。
「こっ……今度さ! あの……」
その時だった。
「助けてくださいですわァァァァァァァァァァァ!!?」
誰かの悲鳴が木霊した。