勇気ある願いと共に その3
──トランス・エレメント・マジェスティ。
それは決して、彼女達が今際の際に発した戯言等ではない。
『ブレイヴ・エスカレーション』が精霊のチカラを人の身に纏う行為を指すものなら、コチラは人と精霊が共に往く為の行為。
友が友を想い、願い、そして成されるもの。
それが、精霊がヒトの素体を借りて己を拡大・具象化させる秘技であり、もうひとつのシンカの形。
『サラマンダー・マジェスティ!』
それは、炎を纏った火蜥蜴の具象。
骨格までヒトの形を捨て去ったそれは四本足で大地を掴み、長く伸びた尾を打ち鳴らす。
『ウンディーネ・マジェスティ!』
それは、正しく純水の乙女の具象。
己の足元に拡がる水溜まりとの境は無く、無限に対流し続ける清水が辛うじてヒトの姿を形作る。
『セルシウス・マジェスティ!』
それは、雪女の姿を借りた氷の天災の具象。
吹雪をヒトの形へと押し込めたそれは、熱源の傍にいながらも己の内に秘めた氷の結晶を溶かすような事は無い。
『イフリート・マジェスティ!』
それは、天空を舞う大男の姿を借りた焔の具象。
伝説では堕天使とさえ例えられた底知れぬ者が、ヒトと友に歩む事を願った末に辿り着いたペルソナのひとつ。
人と精霊でひとつとなった彼女達は、その想いをチカラへと換え、今こそ舞い降りた。
◇
【……見事ッ!】
知らず知らず、號斎はそう呟いていた。
何者にも成れぬままここで朽ち果てるハズの少女達が、ここに来てヒトの可能性の扉を開けたのだ。賞賛に値すべき行為である。
だからこそ號斎は再び剣を構え、傍らに大猿を置いた。
「まだ戦る気なのかい?」
そう、アレックスと名乗る化け物に問われても、號斎の答えはひとつである。
【勿論だとも】
これは、過去の戦国の世を生きた自分が受け持つのに丁度いい機会だと、號斎はそう判断した。
ヒトの未来の可能性、そのひとつ。それが過去の亡霊たる自身にどこまで迫れる物なのかと。
(……いや、むしろ挑むのはコチラの方か……)
號斎は笑う。未来が過去に挑むのではない、既に先を閉ざされた過去が、未来に挑む戦いなのだと。
「ちなみに俺はもう手を出さねぇ。建物の保護だけはしっかりやってやるから、存分にやりな」
まるで物見遊山の途中だったとでも言いたげに化け物が引く。
いや、神社の屋根に陣取り、そこで高みの見物と洒落込む気なのだろう。ご丁寧に酒と燻製肉を取り出したのだから確定だ。
【勝てるか? ……いや、そうさなぁ】
勝てるかどうかではないなと、號斎は思う。
化け物が引くだけでどれだけ忖度されているというのだ。
その上で勝つ、というのは贅沢が過ぎる。
【九九流“外法”十ノ段。死十、護十、碌十ノ業。『綾人』『雷蔵』『蔵馬』。……そして九九流奥義、九五四十五ノ魅音。『桜断ち白兎』】
呼び出されるは外法の中でも更なる外法。かつて殺めた歴戦の勇士達の遺体を改造し、本人の死霊を込めたキョンシーのような者達。
きちんと九九流が継承されていれば、使い潰されるか解印を以てしていずれ解放されるハズだったのに、こんな先の世まで薄暗い倉庫の中に仕舞い込まれたまま死にきれず、腐りきれずに居た憐れな人形達だ。
死出の旅のお供には相応しい存在であろう。
そして、かつての自身の得物であった『桜断ち白兎』。いつかの時代の神匠が戯れに作った、形態を三段階……大剣と双剣と弓に切り替える事のできる面白武器である。
己の装備一式を秩父山中に封印した後、晩年までこの武器を使用していたほどのお気に入りだ。
號斎が本気を出すのに、これ以上の武器はない。
【さぁ……いざ参るぞ、可能性の少女達よ】
大猿と三体の物言わぬ躯兵を並べ、號斎はいよいよ未来へと対峙する。
◇
(……は? 何あれどうなっているの?)
ところ変わって北海道。そこからサラマンダー達が戦闘をしている神社に数台取り付けられた監視カメラをジャックしていた大精霊ノアは、謎の展開を迎えたサラマンダー達の様相を見て困惑していた。
監視の目的はもちろん、己が精霊達に渡した《黄金の緋角》がどのような効果を及ぼすのかを監視する為だ。
目的通りの動作をすれば良し。そうでなければ、悪影響が残る前に回収しようと決めていたのだが、まさか人と精霊の合一化という事象に至るとは思いも寄らなかった。
(ふぅん。まぁ面白そうだから、いっか)
と、ノアは内心で笑みを浮かべつつ考察を終える。
こういうものは原因をどれほど考えたって仕方ない。
渡した物にそれほどの効果は無かった筈だが、女神のチカラはいつだって気紛れなのだから。
女神がダイスを振れば、いつだって変なことは起きる。
それが楽しい方向に転がるのならば、ノアだって大歓迎である。
(順調に強くなってくれるなら、私達としても有難いからね……)
本来ならば敵となるはずの相手、それの強化を望むというのはおかしな話かもしれないが。でもノア自身にとって、彼女達は別に敵というワケではないのだ。
あくまでも悪の組織ダークエルダーを目の敵にしている正義の精霊戦士ブレイヴ・エレメンツ、という構図があるだけなのだから。
(戻ったら久しぶりに、ツカサを当ててみましょうかしらね)
まるで少女達の更なる成長を望むように、ノアは小さくほくそ笑む。
北海道の空では丁度、二体の天使との決戦が終了したところであった。
◇
──先程まで、サラマンダーは完全に空虚の中に居た。
五感を奪われ、己の心臓の動きすらも感知できなくなっていたサラマンダーは、自分が今、生きているのか死んでいるのかすらも分からない状態で、ただただもがいているつもりでいた。
どうすれば助かるかとか、五感を取り戻す手段が無いかとか、様々な思考を繰り返していたが、どれもまともな結論に至る事ができず。いつしか、まだ殺されていない事を祈るようになっていた、その中で。
気付けば、胸の奥底にポツンと残っていた熱に意識を向けていた。
(これは……?)
己の内に何か得体の知れない物がある気がして、サラマンダーは一瞬だけ恐怖を感じる。しかしすぐにそれが、温かい光の結晶だという事に気が付いた。
そこで思い出したのが、先日の女装した司さんとの邂逅。
“ ──勇者とは、勇気あるもの”
彼は確か、そのような言葉を言っていた気がする。
勇気のひとかけらをくれる、と言って彼が施してくれた“気功”の受け渡し。その時に感じた、胸の奥に宿った熱と同じものではないだろうか。
(勇者……勇気……ヒーロー………)
トクン、トクン……と熱が脈動する。
それはまるで、新たな心臓のように。もはや熱を感じない身体に、新たなナニカを循環させてくれているかのように。
──まだ、やれるか?
不意にそう、胸の奥で声がした。
自分の声ではない。が、不快感のない、身近な相手の声……だと思う。
──まだ、やれるよな?
その声は確信を持っているかのように、徐々に表層へと上がってくる。
──心が折れていないのならば。まだ『勝ちたい』と願えるならば。さぁ、俺と共に往こう。
それは言葉ではなかった。言うなれば、それは“心”。
負けたくないという意思が、傍に居た者と同調したのだ。
(……そうか、そこに居てくれたんだな、ゾーラ)
サラマンダーはその者へと名付けた名前を示す。
炎の精霊サラマンダー。変身してしまうと同じサラマンダーだから名前が名前が被る、と言って、己が彼に名付けたのだ。
──そうだ。ようやく俺の声が届いたのだな。
彼の言葉と共に、視界が開ける。
そこには、未だに地に這いつくばっているサラマンダーの姿があった。
何故か己を俯瞰した視点で見ているのだと、直感的に理解出来る。
──勝ちたいならば、立ち上がれ。
俯瞰視点で自分の身体を動かし、立ち上がれ等と、無茶を言うものだ。
感覚がないから酷く不格好で、試行錯誤している間に何度か関節をグネってしまっているかもしれないというのに。
(だけど、やってやるよ……!)
他の三人もまた自分と同様に立ち上がろうとしている。
ならば、自分がやってやれない通りは、ない!
──ならば、共に叫ぶぞ! 胸の熱に、負けたくないと願いを込めてっ! 想いを紡げ!
──『トランス・エレメント・マジェスティ!!』
その声は人と精霊が重なり、二重となって世界に響き。
そうして四人と四柱は、新たなるシンカの道を辿る。
Q:本来の黄金の緋角はどういう運用をするものだったの?
A:ライジングマ〇ティフォームみたいになる予定だった。
何故かスピ〇ットエヴォリュ〇ションした。
Q:公園でやってた特訓って何?
A:セルシウスがやっていた、肉体ごと属性変換する手法。これで影縫いされても炎や水だから影なんか縛られません、というつもりだった。
何故か精霊そのものと融合した。
Q:マジェスティって強化フォーム?
A:扱い的には別系統の変身。人と精霊の割合が、エスカレーションの場合は7:3~5:5なのに対して、マジェスティは2:8程度まで極端に精霊に寄る。
人として変身するか、精霊そのものに変身するかの違いと言った方が分かりやすいかもしれない。
物理にはめっぽう強いが属性相性はモロに出るので一長一短。
Q:この問答いA:いりまぁぁぁぁすっ!!




