表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第七章 『正義の味方と正義の見方』
298/385

勇気ある願いと共に その2

 昼時を過ぎ。

 日が傾き始めた神社の境内で、祭りでもないのに花火の炸裂音が多重に響く。

 それは呉柳 號斎が放つ、攻撃なのかお巫山戯なのかも分からない六尺玉(打ち上げ花火)の連打。太刀を振るう度に軌道上に打ち出されるそれは、敵対する者からすれば対処に困るものでもあった。

 何せ近接信管でも付けているのかと疑うくらいに弾ける距離は常に至近であり、離れてもホーミングしてきて耳と目にダメージを与えてくるのだ。

 幸いにも火花の方はサラマンダー達の防御力を突破してくる事は無いようだが、音と閃光だけでも十分脅威である。


 「──ちぃっ! おいウンディーネ、ちぃと代われや!」

 「えっ、あ、はい!」

 このままでは埒が明かないと判断したのか、大猿を抑えていたセルシウスが今度は號斎の前へと走り出る。

 変わらず、號斎は花火を打ち出してくるが、

 「フリーズ! アーンドォ……! ピッチャー返しや!!」

 セルシウスはその六尺玉を凍らせ、ハンマーにて打ち返す事で答えとした。

 【ほう?】

 相変わらず表情は見えないが、少しだけ嬉しそうな声を漏らす號斎。彼は何を思ったか、小太刀を空へと放り投げて大太刀をバットの如く構える。


 【ピッチャー返し返し!】

 その場の誰もが想像したが、やらないだろうと思っていた悪ふざけ。

 それをやった。凍っているから花火として機能せず、セルシウスが打ち返さなければ地に転がるだけの無意味な行動を、武器を一時的に放棄してでもやってのけたのだ。

 「なんやお前……! ホントは遊びたいだけちゃうんか!?」

 これにはセルシウスも半ギレしながらツッコミを入れるが、残念ながら答えは返ってこない。ならばと、セルシウスは敢えてもう一度打ち返したが、今度は號斎が応じず。

 いや、打ち返したのはそうなのだが、ホームラン級のコースでセルシウスが打ち返せる球ではなかった、というのが正しい。


 【遊びたいか、だと? ……そうだなぁ。遊びであれば良かったのになぁ……】

 問に応えた號斎の声は、なんというか悲しみというか……哀愁が漂うような、そんな声音であった。

 確かに、彼の存在自体はイレギュラーなのだ。

 サラマンダー達はシャドー・ゴブリンやジャスティス白井を倒し、捕らえる事が使命であり、號斎自体はその途中でシャドー・ゴブリンの精神を奪った者。即ち、現代にて彼は何も悪さをしていない。

 過去に悪の組織を率いていた実績はあろうが、現代のヒーロー達に襲いかかる理由は無いのだろう。

 今の彼にあるものは、シャドー・ゴブリンが己の精神を犠牲にしてまで己を復活させたという事実。その行為に報いる為の争いに過ぎない。


 「だったらさっさと観念しろ!」

 【そうもいかん】

 先程から問答は堂々巡りだ。どちらも引くわけにはいかない戦いなのだから、勝負の決着こそが結末となる。

 とはいえ、勝負もまたなかなか決着が着かぬものだ。一見サラマンダー達が押しているように見えても、號斎と大猿はいくらでも再生してしまう為に終わりが全く見えてこない。

 だが、その勝負もここで転換点を迎える事となる。


 【頃合か。……すまぬな、少女達よ】

 號斎が放ったその一言。

 その言葉と共に打たれた柏手は一度だが、その瞬間に少女達は己の変化に戸惑い、足を止めてしまった。

 「な、なんだ……!?」

 「これは……音が……!」

 「なんやなんや、何も聴こえへん!? あの花火の効果ってこれかいな!?」

 「……セルシウスの、アホー!」

 若干一名が罵倒を投げ掛けたが、誰からも反応はない。

 つまりは、本当に。


 【我が赤花火は“音”を奪う。遊びだと侮ったのが災いしたな】

 こうして、両者の均衡は容易く崩された。



 ◇



 (ヤバいヤバいヤバい……!)

 内心、サラマンダーは焦る。

 油断をしたつもりは無かったが、まさか後から効果を発動するタイプの攻撃だとは思っていなかった。

 人の五感の内の聴覚を奪われたというのは、こと乱戦においてかなりのデメリットとなってしまう。

 残る視覚と触覚と嗅覚……味覚はまぁ置いておくにしても、これだけではほぼ視覚頼りで戦わなければならない為、互いに仲間を気遣って大技を使えなくなるのだ。

 普段であれば声掛けで意思疎通ができるが、それを封じられたら連携は難しい。早い話、敵を見ながら味方の位置や行動を把握するのが困難となったのだ。


 これだけでも相当不利であるのに、號斎の持つ花火の効果は“聴覚だけを奪うとは限らない”というのがより厄介だ。

 この状況で視覚を奪われたらほぼ詰み。触覚を奪われたら武器を握る感触すら無くなるし歩くことも困難。いつの間にか嗅覚を奪われ、その間に毒ガスなんかを撒かれたらそれで終いである。

 (かなり厳しい状況だぞこれ……!?)

 とにかく、次の花火を打たれたら誰かしらは戦闘不能となると思っていいだろう。ならば、サラマンダーにできるのは號斎と間を空けず、接近戦を挑み続けることのみ。


 この思考に至るまで五秒ほどだろうか。

 號斎が再び太刀を振るうような動作をしたのを見て、慌ててサラマンダーは飛び出したのだが。不意に、横から痛烈な痛みと衝撃が身体の中を巡った。

 何事かと視線を向ける前に、サラマンダーの肉体は勢いよく横っ飛びに吹き飛んでいく。目まぐるしく回転する視界の中で捉えたのは、腕を思いっきり振り抜いた後の大猿の姿。

 號斎を警戒するあまりに、視界から外れていた大猿まで気が回らなかったのだと、そこでようやく気が付けた。


 「ごっ……!!? ガハッ……!」

 己の発したであろう声すらも耳に届かず。

 玉砂利の上を転がる痛みと、それでもなお手放さずにいられた大槍を頼りに、サラマンダーはどうにか立ち上がろうと藻掻くが。

 ころん、と目の前に転がってきた六尺玉を前にして、逃げろと警告を鳴らす思考に身体が追い付かぬまま。

 サラマンダーは抵抗もできずに色とりどりの火花の中に呑まれた。



 ◇



 【……呆気ないものだな】

 もはや近場に立つ者のない境内で、號斎は独りごちる。

 サラマンダーを倒し、青・黄・緑の花火を当てた時点で、勝負はほぼ決まったも同然であった。

 少女達は皆、まだ戦士として未熟。仲間を想うあまりに自身の警戒を疎かにしてしまう点は美徳でもあり欠点でもあるのだ。

 なのでこうして、四人揃って五感のほとんどを奪われ、地面をのたうち回る事しかできない存在と成り果てている。オマケに影まで縛っておいたので、もはやまな板の上の鯉同然である。


 【始めから、あのアレックスと名乗る化け物を当てていれば苦もなく勝てたろうに】

 號斎は己の手塩に掛けた大絡繰がもはや再生の効かぬレベルまで壊されている事を悟り、大きく溜息を吐いた。

 噂をすれば影。アレックスはいつの間にか少女達の側へと現れ、影縫いの為に刺していたクナイをひとつずつ蹴飛ばしている。

 【一応聞きたいのだが、あの絡繰はどうだったかね?】

 號斎が諦め混じりで問いかければ、アレックスは無言である物を投げて寄越す。

 目を向けるまでもない。握り潰された『徒士割龍兵』の心臓部(コア)である。


 「なかなか歯応えのあるメカだったが、対大軍用の兵器で俺みたいな一騎当千の戦士を相手にさせるのは酷ってもんだ。中身に詰まってた小型のメカも他の奴らに任せられる程度だったし……。まぁ、コイツらが負けてるのは予想外だったけどな」

 これ程の化け物が徒士割龍兵を破壊するのは納得できる範囲であったが、中に詰めた小型の殲滅用絡繰を他のヒーローに任せたのは予想外であった。

 あれは連携して大きさ以上の成果を生む。故にもうしばらくは足止めできると踏んでいたのだが……。


 「お前が何百年前の亡霊だかは知らんがな。あまり、現代のヒーロー達を舐めてやるな。……くくっ。何せ、コイツらだってまだ諦めちゃいないんだからな」

 アレックスが視線で示す先。そこには、もはや死屍累々と評すべきブレイヴ・ミラクル・スターズ達の姿があるのみ。

 一体、五感を奪われた少女達に何が出来るのかと、號斎はしばし首を傾げていたのだが。

 「くっくっくっくっ……! あの雷娘、便利な置き土産を残していやがるな……? オラ、やる気出せ精霊共! テメェらのパートナーを死なせたくなけりゃ、本気でソイツを使いこなすんだよ!」


 アレックスの激励に応えたのか否か、少女達の身体から金色の角の様な物が浮かび上がる。それは少女達から黄緑色に似た何かを吸い上げると、一層眩い光を放ち、その姿を徐々に溶かしていった。

 【ふぅむ……?】

 號斎には何故か、あの黄緑色の光に見覚えがある気がしているのだが、どこで見たのかはさっぱり思い出せない。

 おそらくは戦国の世、人の姿をした化け物共が徘徊していた時代に関連した何かだとは思うのだが。

 「余所見してんじゃねぇ呉柳さんよ。見な、じゃなきゃ損するぜ」

 アレックスの声に思考を中断され、號斎は渋々少女達を見やる。未だに五感が回復していない少女が何をしたところで、脅威ではないと思うのだが……。


 だが、その思考もそこまでだった。

 理由は不明だが、少女達はゆっくりと……だけども確実に、起き上がろうともがき始めたのだ。

 それはどう見ても、五感の奪われた者の動きではない。決して滑らかとは言えないが、それでも身体の動きと位置を把握できている者の動きだった。

 【莫迦な……あの術は数刻は解けぬはず………】

 號斎は己の術式に絶対の自負がある。その効果がどう及び、どのようにして打ち破られるかまで完璧に把握しているつもりだったというのに。


 「お前の術は解けてねぇよ。これはただ、もう一個“()()()()()()”のさ」

 アレックスの言う意味が號斎には分からないが、事実は目の前にある。

 そしてそれを邪魔しようとすれば、今度こそアレックスが動き、こちらを押し止めようとする事もまた理解できている。だから大猿も下手に動かせないし、號斎自身も動きようがないのだ。

 それほどまでに、アレックスとの格差は大きい。


 「──さぁ、精霊戦士達の新たな可能性だ。奇しくも神社の境内という敷地の中で、『神のチカラの一端』が及ぼす効果がどれほどの物か! それを見届けようじゃあないか!」

 『神のチカラの一端』……そうか、あの黄緑のチカラこそが……。


 『トランス・エレメント・マジェスティ!!』


 ──その少女達の叫びは四人の物に非ず。


 一身一体。少女と精霊。このコンビが同時に発した、世界に届ける相の言の葉。


 そして、人と精霊は真にひとつとなる。

切りのいい所まで、とやってたら長くなりました。

黄金角の正体とかは、ウラバナシの方で確認できるかと。


簡単に言うと、ノアが裏工作してましたってだけの話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ