勇気ある願いと共に その1
呉柳 號斎と、元はシャドー・ゴブリンであった者は名乗った。
その気迫は凄まじく、まるで鬼を前にしたかのよう。一瞬前まで不敵な笑みを浮かべていたセルシウスが頬を引き攣らせてしまうほどに、彼の者は変容してしまっていた。
「なんや、祖霊を宿すなんざ……。悪あがきにしてはちと強火過ぎひんか……?」
セルシウスが言う。デブリヘイム『マザー』や邪神の信徒達を相手取ったサラマンダーですら呼吸を忘れそうになってしまう程だ。
相当な化け物だと、肌で実感できた。できてしまった。
【──本当はこの魂なぞ、蘇らない方が良かったのかもしれぬ】
ポツリと、號斎が呟く。
未だに挨拶を返さぬサラマンダー達をシツレイだと罵ることも無く。ただただ、自身が必要とされる事態となった事を憂いているような、そんな声音であった。
「なら、大人しく捕まってもらえませんか? できれば争いたくはないのですが」
話が通じるならばと、ウンディーネが説得しようとするが、もちろんそれは無駄な事だと分かっているのだ。
劣勢にあって、己を消してもなお“勝利”に拘った、自身の創設した組織の末裔。そんな男の願いを無下にできる者ならば、己の魂を小道具に封じ込めて先に託したりはしないと。
【問答無用、名乗りは要らぬ。参れ、木っ端共】
その言葉を戦闘の合図とし、號斎は一瞬にして複雑な印を結んで武器を口寄せる。
それは村剥ぎとも違った大小の太刀と、二体の絡繰兵器。
【九九流“外法”十ノ段。一十、二十、三十ノ業。『海神迅童』、『赦サ猿』、『徒士割龍兵』】
鎧のない不完全な甲冑装備でありながら大小二本の太刀を構える忍者に、六腕の大猿と一軒家程のサイズの大蛇が並ぶ。
それに対し、サラマンダー達もまたここが正念場だとブレスレットを掲げる。
しかしサラマンダー達が叫ぶよりも前に、男がひとり。側へと降り立った。
「おう、お前ら。手伝いいるか?」
流石に劣勢とみたか、アレックスが声を掛けてきたのだ。既に観戦モードでのんびりとしていたハズの男が手を出そうと言うならば、相応の事態と言うこと。
少なくともサラマンダーはそう確信した。
「あの蛇を」
「おうよ」
それ以上の問答はない。一切気負うことも無く、アレックスは言われた通りの獲物をひとりで受け持つ気でいるかのように突撃した。
というか言っている傍から大蛇の尻尾を掴み、振り回すようにして他所へとぶん投げ、追いかけて行ってしまった。
他の散っていったヒーロー達も追っていっているようなので、大蛇の方はもう問題ないだろう。
自由過ぎると言うべきか、本命を任せて貰えたと言うべきか。悩みどころである。
「ま、後はウチらで忍者と猿を片付けて、多分今日は終いやろ。……みんな、本気出すでぇ?」
『応ッ!』
考えるのは後。セルシウスの声に応じ、サラマンダー達はそれぞれが掲げたブレスレットを起動する。
『デュアルエレメント・エスカレーション!!』
上位精霊アスカとルナ、そしてマクスウェル。彼らのチカラの欠片がブレスレットへと溶け込み、そのチカラが少女達へと流れ込む。
そして紡がれるのは、伝説の再誕。精霊戦士として最高峰の姿。
「サラマンダー・アスカフォーム!」
「ウンディーネ・ルナフォーム!」
「「フォルテシモ・マクスウェル・アバター!!」」
元のスーツやドレスをより特色を活かして華美にしたエレメンツと、元の姿に付け足すようにパーツが増えるフォルテシモ。
チカラを貸してくれる上位精霊が違えば、その強化フォームもまた違った物となるらしい。互いの強化フォームを見るのは初見なので、色々と気になる事もあるが、今はその時じゃない。
「レディ……ゴー!」
残ったチカラを振り絞るように、彼女達は走る。
本日はここが最終戦闘になると割り切って、サラマンダー達は全力を以て相対すると決めたのだ。
◇
「豪炎の一閃!」
サラマンダーの得物である大槍から放たれた炎が、一直線に號斎へと走る。
かつてデブリヘイム合金で造られたゴーレムを一刀両断してみせた技の上位に当たるこの技は、あらゆる障害を焼き尽くして目標を炎上・焼失されるだけの威力を秘めている。だが、
『チュウニニンジャア!』
號斎が懐から取り出し撒き散らした紙束が、次々と人型となって舞い降りる。それはゲニニンの上位であるチュウニニンの式神達。
階級が上がったとはいえ、一体一体では到底サラマンダー達に太刀打ちできるものではない。だけど、彼らの利点は瞬時に大人数を展開し同時に術を発動できるという制圧能力の高さにある。
『シチシニジュウハチ!』
彼らが発動した忍法は、両の手の平から水を生み出して勢いよく噴射するというもの。
それは数が積み重なる事で大瀑布となり、炎を掻き消さんと迫る。
「ま、ウチらの前で水なんか出したって無駄なんやけどな」
その声と共に、大瀑布が急に左右に分断されたように広がって、そのまま凍り付いた。
ウンディーネが水を操作し、セルシウスが固めたのだ。ついでにチュウニニン達も巻き込んで、巨大な氷壁のアクセントとして封じ込めている。
遮る物のなくなった豪炎は、正しく直撃し爆音と土煙が舞う。
「まだ、まだ……!」
追い討ちとばかりにイフリートの熱線七条が走り、セルシウスによる、先程の氷壁を砕いてできた氷柱状のマシンガンが土煙の中を掃射する。トドメとばかりに、砕けて散った水分をウンディーネが操り、巨大な水玉として叩きつけた。
普段ならば過剰過ぎる程の火力&対応なのだが、
【……まぁ、この程度であろうな】
当然のように、號斎は無傷のままそこに立っていた。
「自信無くすぜ、大技だったのによ……!」
そんな事百も承知だったとばかりに、號斎の背後へと回っていたサラマンダーが打ち上げるような一撃を放つも、軽い調子で弾かれ、そのまま打ち合いへと発展する。
十合、二十合、三十合……。円舞の如き連続攻撃もまた、二振りの太刀の前では火花を散らすのみ。イフリート達の援護射撃は全て大猿に防がれ、稀にラッキーパンチが当たろうとも兜の効果なのか瞬時に傷が癒えていく始末。
鎧の万能シールドが無くとも、あまりにも厄介な敵である。
「ええいっ!」
大猿の妨害を超え、ウンディーネが参入するも號斎の余裕は揺るがない。
むしろ大猿を抑える近接がセルシウスしかいなくなってしまい、より大立ち回りを許す結果となってしまう。
「しゃらくさいわドアホー!」
凍らせようが焼こうが水に沈めようが止まることを知らない大猿は、六腕を伸ばしたり飛ばしたり合体させたり生やしたりとやりたい放題だ。
「絡繰仕掛け……めん、ど~……」
もはやそういう魔物なのでは、というレベルで好き放題の大猿だが、ここに大蛇がいないだけまだマシなのだろう。
【……そろそろ、頃合か】
ポツリと呟く號斎の声と共に、二振りの太刀が鈍い光を放つ。
効果の程は分からないが、何かをさせるのはマズイとサラマンダーが反撃覚悟で突撃するが、
【──爆ぜろ、赤花火】
振るうより以前に、太刀が弾けた。
デカい炸裂音と共に飛び散る閃光は、真夏によく見る風物詩そのもの。
「マジでただの花火かよ……!」
【応とも。花火を放つ、というのがこの太刀の特性である】
ギャグなのか真面目なのか分からない號斎が、改めて太刀を構える。
激戦はまだまだ終わりそうにない。