そしてそれは、勇気の証 その6
あまりに突然の事態に、少女達は一切の攻撃をやめ、倒れ伏したセルシウスの下へと駆け寄る。
誰の目から見ても致命傷どころの状態ではないのだが、一縷の望みを賭けて。しかし、セルシウスの側へふわりと小さな姿が浮かび上がった事で少女達は歩みを止めた。
【…………】
青白い人型の、人形サイズのモノ。
おそらくは冰理と契約していた精霊セルシウス。
彼女は小さく、哀しそうな顔をして、何を否定するかのように首を振ると、誰の目からも隠すようにセルシウスの全身を凍らせる。
そしてその氷全体にひび割れが発生したかと思いきや、精霊諸共粉々に砕け散って秋空へと舞った。
「あっ……! ああ…………!」
これ以上亡骸を冒涜させてなるものかと、精霊なりの気遣いのつもりなのだろうか。
人の感情など歯牙にもかけず、精霊は己の理のままに行動する。
ほむらが慌てて残っていた氷の欠片を拾おうとしても、それは小さく、溶けやすく。すぐに小さな水玉となり、地を濡らすばかり。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
普段の無気力さから想像も出来ないほどの絶叫が、ほむらの喉から迸った。
◇
「おい青。貴様、あの娘が村剥ぎを持っていたらどうするつもりだ?」
少女達が慟哭するのを他所に、シャドー・ゴブリンはブルーベルト・ゴブリンと合流し彼を問い詰める。
元々は妖刀回収を大前提とし、ついでに小娘共を殺して離脱できれば御の字。奴隷として持ち帰られれば上々、というつもりであったのだが、番狂わせが頻発した結果、赤と黄は瞬殺され、紫もヒーローふたりを相手にして長くは保たないだろう。
首領装備をひとつ回収に来てみっつも失っていては本末転倒である。
「仕方がなかろう。あんなブービートラップで死ぬとは思わなかったし、砕けたのも予想外だ。……まぁ、どうせあんな年端も行かぬ貧乳なぞ売れんのだ。村剥ぎの在処は他の娘に聞けばよい」
「チビ貧乳は金持ちに需要があったのだ。死体だろうと幾らかにはなったろうに……」
「相変わらず趣味が悪いな、影よ。貴様の趣味で始めた事業のせいで賞金稼ぎが我らを追うようになったのだ。要らぬ衝突を避けるのがシノビだと言うに……」
「そのシノギのおかげで贅沢をしているというのに、まだ文句を言うのか? その鎧を手に入れたのだって我の在庫を総動員した結果だろうに」
「そうやって手に入れたお宝を易々と奪われているのだから世話はないな」
「青兄達が俺の奴隷を断りなく売っぱらうから戦力不足となっているのではないか……! 挙句には一番扱いやすかった『クスノハ』まで失う始末ッ! アレの戦闘力は群を抜いていたというのに……っ!!」
「ふん……。もう俺にはこの鎧がある。今度は俺が稼いでやるから損失分くらいは充ててやろう」
「そうではない、そうではないのだ青兄……」
──それからしばらく。
お互いに敵前だというのに慟哭と言い争いが続いた結果、どちらも一区切りが着いた頃には油断なく向き合える程度にはオチが着いてしまっていた。
「テメェら、絶対許さねぇ……!」
涙の跡はないが、心底怒りに燃えた瞳で睨むサラマンダー達に対し、影達は静かな闘志を燃やすのみ。
ここで逃げてももう先のないゴブリンズは、この場の全てに勝って価値を示さねば闇の世界にすら居場所はなくなるのだ。
何せ人身売買を始めた時点でダークエルダーに目を付けられ、最後の依代としたジャスティス白井の中ですら肩身の狭い思いをしているのだから。
「覚悟しろ……!」
「お命、貰い受ける……!」
双方はまた、全力を以て激突した。
◇
空を割く烈音と、地を舐める焔の爆ぜる音が響く。
「うおおおおおおおおおおーっ!!」
バックステップを続けるシャドー・ゴブリンを執拗に追いながら、サラマンダーの大槍はかつて無い程の高速で刺突を放っていた。
もはや加減などしないとばかりに、全身の各所からブースターのような炎を放って推進力とし、宙を舞いながら攻撃を続けるサラマンダー。
邪神戦線の時には姿勢制御にのみ使用していたチカラを、今は全身を振り回す為に使っているのだ。負担こそ大きいが、敵との最適な距離を維持し続ける手段としては最適である。
「この期に及んで短期決戦の構えだと? アホなのか貴様らは」
が、その状況にもシャドー・ゴブリンは冷静に対処できていた。
何せ、セルシウスが抜けた穴を埋めるためにウンディーネがブルーベルト・ゴブリンへと向かったのだ。サラマンダーの動きが変わったとはいえ、2対1が1対1なれば余裕もできるというもの。
更に、勝手に消耗の激しい戦い方をしてくれるのであれば、回避に徹していれば勝手にガス欠となってくれるだろうという算段もある。
シノビにとって激情に堕ちた相手をいなすのは赤子の手をひねるが如く。
疲れ果てたところにトドメを刺せば良いと、シャドーはつまらない幕引きを思い吐息を吐いた。
が、それだけではないぞと言わんばかりに熱線が飛び交い、シャドーの行く手を塞ごうとする。
「サラマンダー、だけじゃ……ない!」
その声と共にシャドーを追って翔ぶのは、イフリートの得物である三基の飛翔ビット。全七基を半分に割いてシャドーとブルーベルト双方に投入し、それぞれへの援護射撃を担当しているのだ。
「……まぁ、そうなるだろうが。たった三基で我を詰めよう等と本気で思ってはいまいな?」
しかしこれも、シャドーにとっては大した障害足りえない。
何せ前から七基を相手に回避をしていたのに、それがたった三基になっては掠りようもないのだ。
格子を組もうにも熱線が足らず、囲おうにも抜け穴が多すぎて無意味となる。これではただの障害物程度の効果しかない。
「こなくそっ!」
サラマンダーが必死に手数を埋めようと、あらゆる手段で加速を繰り返すが、シャドーはまるで柳の枝のように攻撃を受け流す。
「先輩!」
「うんっ……!」
決め手不足と見たサラマンダーが、イフリートへと合図を送る。飛翔ビットがサラマンダーの背へと貼り付き、攻撃ではなくブースターとして稼働する事で、サラマンダーは更なる加速を手にするが。
「搦手に弱いのは変わらんようだな!」
柏手と閃光。前回も使っていた目潰しであり、今回はサラマンダーが宙を舞っている為影が遠いが、視界を潰すだけなら効果的である。
シャドーは一瞬目を瞑ったサラマンダーの土手っ腹にカウンターの蹴りを差込み、己の加速も相まってくの字に折れ曲がったサラマンダーは、堪らず吹き飛んで地を転がった。
「がはっ……あっ………!?」
痛みに悶え、苦しむサラマンダーにイフリートが駆け寄るが、彼女にできる事はない。そうして意識を逸らせば、ブルーベルトを追っていた飛翔ビットにも隙ができるというもので。
「きゃあっ!」
思わぬ反撃に弾かれて押し返されたウンディーネと、奇しくも合流する羽目となっていた。
「なんだ、思ったより弱いではないか影よ。お前、こんなのに苦戦していたのか?」
もはや余裕を隠そうともしなくなったブルーベルトがシャドーの横へと降り立ち、サラマンダー達を睥睨する。
ひとり死んだくらいでこうも脆いヒーローなぞ、相手にもならぬと言いたげに。
己を囲うシールドすら解除して煽るほどの余裕だ。
◇
(……何かがおかしい)
しかし、シャドー・ゴブリンはその状況に対し疑問を浮かべる。
仲間が死に、狼狽えて行動が単調になるのは分かる。冷静さを欠いて、普段通りの強みが発揮できないのも分かる。やぶれかぶれの猛進を是とし、一太刀も入れられない体たらくに陥るのも分かる。
(だが……?)
そう、だがと。シャドーは疑問を突き止める為、己の思考の更に奥を探る。
これまでの彼女達の行動に、一切の疑問を挟む余地はなかった筈だ。今まで散々、同様の無様を晒した未熟なヒーローを狩ってきたのだから。
彼女達と同じような結末を辿ったヒーロー達は数多く。そのどれもが躾ればいい金に変わったものだが。
(………未熟?)
己の内から零れたその言葉に、シャドーは何かが引っかかった感触を得た。
彼女達の戦歴は以前に調べてある。
ダークエルダーとの抗争から、デブリヘイム事変と呂布イカ襲来を経て邪神戦線まで。
挙げた数はさほどでもないが、質が問題だ。世界の危機とも呼べる事件に二度も関与しているとなれば、精神性はそれ相応に成長しているはず。
「──! 青兄、シールドを貼れ!」
警鐘が脳内で鳴り響き、兄へと目を向ける。
このままではマズイ。何がマズイのかはまだ分からないが、彼女らが何かを待っている可能性がある。
そう、例えば……勝ちを確信してシールドを解いた瞬間。
『待っとったでぇ、この“瞬間”をよォ!!』
そう、誰かの声が響き渡り。
同時にシャドーとブルーベルトの身体が完全に氷漬けにされるまで、一切の反応と対処を施す暇すら存在しなかった。