新たなるヒーローと騒乱
会議から幾日か経ち、桜も散り際を迎えた、ぽかぽかとした陽気の頃。
人々は衣替えの時期を迎え、冬物から春物へ、人によっては既に夏物へと服装を替えていた。
しかし、年中通して服の見た目が変わらない奴らもいる。言わずもがな、黒タイツ共である。
一応好みや状況によって生地の厚みが違っていたりもするそうだが、ダークエルダーの最新技術の前では暑さ寒さはどちらも苦にならず、防御力も大きくは変わらない。
そして、黒タイツ達が集団で同じ格好なのと比べ、個人でも見ている限りでは服装の変わらない者達もこの場に集っている。
「今日こそ決着をつけるぞ、ブレイヴ・エレメンツ!」
真紅のトンファーを両手に構え、油断なく相手を見据える漆黒の戦士、黒雷と、
「それはコッチの台詞だ毎度毎度逃げやがって!いい加減倒されろよ!」
「右に同じです。貴方達がいたら、この町はいつまでも平和になりません」
紅い槍と蒼い刀を構えるブレイヴ・エレメンツ達である。
彼らは今日もまた、己の信念の為に戦う宿命にあるのだ。
「先手必勝!」
構えたトンファーの端から、小さな雷球を高速で射出する。それはマシンガンのように連続し、逃げ場を無くすかのように上下左右に拡散しながらブレイヴ・エレメンツ達へと飛来する。
もはや語る言葉もない。黒雷がエレメント能力を獲得してから、何度も何度も戦闘を繰り返して来たのだ。
カゲトラや黒タイツ達の練度も上がり、今はただ一刀の下に斬り捨てられるだけの存在ではない。しかし……
「その技は何度も見たんだよ!」
もしもブレイヴ・エレメンツ達が練度だなんだで勝てるような生半可な相手ならば、悪の組織もここまで苦労はしない。
二人はそれぞれのエレメント能力を発現し、飛来する全ての雷球を叩き落とす。一発でも身体に触れれば即座に麻痺させる効果を持つ雷球だが、拡散する分威力が弱く、二人の扱う炎の壁と水の鞭の前では拮抗するにも至らない。
しかしそんな事は百も承知。幾度もブレイヴ・エレメンツ相手に見せてきたこの手口は、既に次の攻撃の隠れ蓑でしかない。
「どぉうりゃあぁぁぁぁぁ!」
次に繰り出されるのは怪人フライング・ザ・ザブトンの連続座布団手裏剣。高速で回転する座布団は炎の壁も水の鞭も物ともせずに飛んでいくが、二人は手持ちの武器で容易に弾く。
「だが接近は許したな!」
座布団の影に隠れて黒雷が突っ込む。中距離戦闘を捨て近距離戦闘へ。
「そう簡単に近づけると思うなよ?」
しかししかし、それも大槍の間合いから先へは近付けない。ウンディーネより前に出たサラマンダーの槍さばきに押され、減速を余儀なくされた黒雷は瞬時に地面を蹴り間合いを離す。その際に足止め用の雷球をばら撒く事も忘れない。
「クソッ!」
「まだまだ!」
その後何度も衝突を繰り返すが、どちらも一進一退。ブレイヴ・エレメンツの二人と、今の黒雷&怪人&黒タイツ共でようやく五分五分……いや、六分四分位だろうか。無論黒雷達が四分側。質に対して数で押す側は、どうしてもその数を減らされれば不利になる。これまでの幾度とない戦いでも、そうして敗れてきたのだ。
もちろん黒雷達とて無闇に戦いを挑み敗北を繰り返しているわけではない。裏では他の部隊が侵略作戦を遂行中だし、戦闘データは常に組織のデータバンクへと蓄積され研究される。試合に負けても勝負には勝っている、勝っているはずなのだ……多分。
「水刃時雨!」
「ぎゃああああ!」
ウンディーネの放つ技は、水を鞭や刃のような武器に変えてくる事が多い。圧倒的な火力と力技で相手を一方的に打ち負かすスタイルのサラマンダーと比べ、ウンディーネは多彩な技をもって相手の行動を一手ずつ潰していくスタイルと言えるだろう。
今も黒雷達が足並みを揃える前に、出の早い範囲攻撃をもって体制を崩しにきた。そしてそれは見事に成功し、黒タイツ達はほぼ全滅。フライング・ザ・ザブトンも既に満身創痍である。
黒雷だけは辛うじて防御できたが、この不利な状況を打開する術は、もうない。
「よくもやってくれたなウンディーネ!」
普段なら即座に撤退しているところではあるのだが、今日は少々事情が違った。裏で遂行中の作戦が割と大掛かりで、時間稼ぎにはまだ足りなかったのだ。
今黒雷達が撤退すれば、そちらの作戦にも影響が出てしまう。
(今から時間を稼ぐには、これしかないか……)
黒雷は雷球をばら撒きながら接近を試みる。今近付きやすいのは、技を出したばかりのウンディーネ。
刀と旋棍の間合いならば、槍よりは不利な間合いで戦闘をしなくてもすむかもしれない。
そんな打算から、黒雷はウンディーネと斬り結びながら雷球でサラマンダーを牽制し続けるという綱渡りを選ぶ。
「くっ……!今日はしつこいですねっ」
「悪いがしばらく付き合ってもらうぞウンディーネ!」
とはいえ、こんな無茶な行為がいつまでも続くワケがない。加えてウンディーネは何かしらの剣術を修めているのか攻撃する隙もなく、黒雷は延々と避けながら二人を牽制し続けるしかなくなっていた。
そして、その均衡はすぐさま崩れる。
無茶な動きを続けた影響か、急に足に力が入らなくなったのだ。
「しまっ……!」
「もらいました!」
即座に振り下ろされるウンディーネ渾身の一刀。避けるのは間に合わず、しかし防いでも次の一手はもうない。
(ここまでか!)
その場にいる誰もがブレイヴ・エレメンツの勝利を確信した時、それは唐突に飛んできた。
「危ない!」
ウンディーネの一撃を避けようともせず、彼女の横へと右腕を伸ばす黒雷。
「何を!」
ウンディーネの刀が黒雷の左肩に食い込むのと、飛来した何かを黒雷が弾いたのは同時だった。
「……え?」
誰もが驚きで動きを止める。黒雷が弾き地面へと落としたのは、この場の誰もが使用していないはずの銃弾であったのだ。そんな中、
「……どういうつもりだ、ヒーロー?」
黒雷だけは一点を向いて声を掛ける。釣られて誰もがそちらを振り向けば、太陽を背に立つ影がひとつ。
「どういうつもりも何も、俺にとっては挨拶代わりの助太刀のつもりだったが」
影になっていて顔は見えないが、その孤独なシルエットは紛れもなく。
「……ヒーロー?」
サラマンダーがポツリと呟く。逆光でハッキリとは見えないが、その精練されたフォルムは誰もがヒーローだと結び付けるのに十分なカッコ良さ。
「……私が聞いているのは、どうしてヒーローである君が同じヒーローを攻撃したのか、という事だ」
ウンディーネの刀を押し退け、立ち上がって影へと向き直る黒雷。その際、この場の味方全員に見えるようにダークエルダー共通のハンドサインを出す。
『時間を稼ぎ撤収せよ』
そのサインが見えたかどうか、影は一息。
「ああ、アンタへのトドメの一撃のつもりが、少々狙いが逸れたんだ。ヒーローが味方を攻撃するわけないだろう?」
影はおどけたような身振りでそれだけ言うと、サッと身を翻して立ち去ろうとする。しかしそこで一度立ち止まり、
「これからは俺や俺の敵もこの町に潜み戦う事になるだろう。もしも戦場で出会ったら、その時はよろしくな、ブレイヴ・エレメンツのお二人にダークエルダーの皆さん」
そう言って今度こそ立ち去った。
「……何だったんだ、アイツ」
サラマンダーが呟いたその時には、既にこの場にダークエルダーの面々はいない。影に視線を奪われている間に逃げられたのだと気付いて、サラマンダーとウンディーネの二人は複雑な心境のまま、しばらくの間立ち尽くしたのであった。
章管理のやり方が分からなくて放置されていますが、お話的にはここから新章みたいな物です。
ブレイヴ・エレメンツと並ぶだけの力を備えた黒雷と、この町に新たに現れたヒーローとその敵。
プロットも作らず勢いで書いているためこの先がどうなるのか私にも分かりませんが、どうか気長なお付き合いをお願いします。