それは、未知への冒険 その3
一応分かりにくい可能性もあったので補足。
冰理=空飛ぶヤ拳ナン骨
ほむら=上々カルビココナッツ定食
ツカサ=マカロニクラゲ
ちなみに彼らのやってたオンラインゲームの名は『マジック アイランド ストーリー オンライン』。略してミソ。
「……いやぁ、えっと………」
昼時をやや過ぎ、少しずつだが退店する者も増えてきた焼肉屋の中。ジュウジュウと焼けるホルモンの匂いが充満する卓を挟み、女装した司さんと陽・美月は向き合っていた。
“第一、君達が“気功”を扱えたとして、何と戦うつもりなんだい?”
そう先程、司さんに言われたのだ。
陽達はブレイヴ・エレメンツとして活動している事を秘密にしている。
壁に耳あり障子に目あり。どこで誰が聞いているか分からない以上、正体は隠すに限る。それが例え、司さんや他のヒーロー相手でもだ。
「私は剣術家の端くれとして、その“気功”のチカラは欲しいところではありますが……」
美月は堂々と、剣士としてチカラを欲すると言うが。
「それ、自分で辿り着かなくても平気?」
そう言われてしまうと、美月はぐぬぬと黙ってしまう。いずれ辿り着くはずの境地として存在する“気功”に対し、近道をしていいのか、と言われてしまえば迷ってしまうのも無理はない。
「ウチはなんかカッコええから欲しいなぁ。アレ、デブリヘイムとも殴りあえるんやろ?」
「移動速度……アップ……? 地味に、欲しい……」
冰理先輩とほむら先輩は欲望丸出しの回答をしつつ、どんどんと焼けたホルモンを胃に収めていく。質問した当人なのにノリが軽い。冗談でした、で収めるつもりだろうか。
「殴れるだけでこっちからのダメージ全然通らないけどね? それに使った後は虚脱感があるし、オススメはしないよ?」
と一蹴され、それまでだ。ここはお互いに真面目に取り合う気がないからいのかもしれないが。
「さて、日向さん」
そしてついに司さんの視線が陽へと向いた。
あの忍者相手に地力を上げられれば再戦が楽になる、それくらいの気持ちだったのだが、相手は知人とはいえ国家機関所属にしてヒーローのような活動をしている人だ。その人が陽を一般人として見ている以上、疑いの目が向けられるとキツい。
実際はすでにバレているのだが、それを知る術は陽達にはない。
「……君は何故に、チカラを望む?」
司さんは半笑いしながら、おちゃらけた口調で問うてくる。
それが自分の気取った口調のせいなのか、ホルモンの抜けた網に次々にカルビを乗せ、焼けた端からほむら先輩に横取りされているからなのかは分からないが。
今なら冗談でしたで済ませるよと、そう言っているようにも思えてしまう。
「オレは……」
──そういえば、司さんから見て、日向 陽という人物はどう見えているのだろう。
ブレイヴ・エレメンツとイコールで結べるような証拠は何一つ残していないはずだが、過去に一度、デブリヘイム『マザー』に挑む時に泣きごとのような電話を掛けた覚えはある。
それだけでヒーローと結びつけるほど早計な人ではないとは思うけど、ヒーローに憧れていると捉えられている可能性は、ある。
互いに特撮作品が大好きだという一点で仲良くなった仲だ。憧れは止められないものだと知っているだろうけど、分別のつかない子供だと思われるのは癪だ。
だから……いや、だからこそ。
「オレはさっき、喧嘩で負けたんだ。冰理先輩達が来なかったら、きっと今頃ここにはいなかったと思う」
「ちょっと、陽!?」
慌てる美月を手で制し、陽はまっすぐに司さんを見つめる。
この人が求めているのは多分、中途半端な言い訳ではないはずなのだ。
ヒーローとして、大人として。陽達を見定めようとしているんじゃないかと、思う。
なんとなく、ではあるけれども。
「その時、ホントに手も足も出なくってさ。冰理先輩の言ってた……エロ同人展開? っての、やられそうになって」
その言葉を発した瞬間、司さんから物凄い殺気が洩れた気がしたが、それも一瞬。今は無理して平静を装っているかのような、能面みたいな笑みを貼り付けている。
「続けて?」
「あっはい」
今の殺気で、店内に居たおそらくは武人達が怯えたように辺りをキョロキョロと見回していたが、いいのだろうか。
「……それで、思ったんだよ。負けたのは相手の搦手に嵌められたせいだけど、そんなの言い訳にならないって。たった一度の“負け”で、今後の人生が左右されることもあるんだって」
分かっていた事のはずだ。ヒーローとして戦う覚悟を決めた時からずっと、生死を分ける戦いをし続けてきたのだ。
それでも。デブリヘイム事変を経て、邪神戦線を生き残った事によって付いた自信が今回、裏目に出たのだ。
歴戦の勇士としてそれなりに名を挙げたつもりが、たったひとりの忍者に雌としか見られなかったのだ。
屈辱である。
陽は強く、強く拳を握る。爪が皮膚に刺さり、血が滲みそうになっても、強く。
己の不甲斐なさと、恐怖と、そして怒りを込めて。
「──だからもう、誰にも負けむぐっ!?」
負けないチカラが欲しい、と続けたかったのに。突然口の中へと特上カルビが突っ込まれ、焼きたての熱を舌に感じて慌てて咀嚼し、ジュースにて熱の緩和を計る。
「……な、なにすんだ!」
肉を突っ込んだ相手は真正面。箸を構えて微動だにしない様子から、間違いなく犯人は司さんだ。
「……そういう気合いの入ったセリフはね、焼肉屋で言うものじゃあないんだよ」
至極真っ当な意見を言われ、それもそうだと思いつつ陽は拳を解いてため息ひとつ。焼肉を食べながらする話ではない。
最初に話題を振ってきたのは司さんの方ではあるのだが。
「まぁ……なんとなく話は分かったよ」
司さんは口元を歪ませながら、改めて網の上をさらげて網の交換を店員に頼む。
時間にして数分ではあるが、それが終わった頃には、とりあえず一息ついた感じになる。
そして司さんは息を吐き、
「そういうことなら、少しは手伝ってもいいかもしれないね」
その言葉は変声機越しにも関わらず、声色はほぼ司さんのもので。
若干憂いを帯びたような伏せがちの目線には少しだけドキリとした……気がした。
「手伝うって、何するんや? “気功”は教えられないんやろ?」
冰理先輩がデザートコーナーから戻ってきて、そう突っ込んだ。
確かに、自分でそう言っていたはずだ。
司さんはされど苦笑し、
「それでも、やれる事はあるんだよ」
そう言って両手を差し出すと。
「例えば……気休め程度だけど。君たちに直接気を送り込んだりとか、ね?」
女装姿のまま、差し出す両の手には煌々と眩い“気功”の光。
これこそ本当に焼肉屋でやるべき事ではないと、陽は思った。