それは、未知への冒険 その2
「空飛ぶヤ拳ナン骨に、マカロニクラゲ……?」
謎の不思議ワードが飛び交い、更には司さんが女装して来ている事もあって、陽の脳みそは状況の処理ができなくなってきていた。
「それはウチらのハンドルネームや。まぁ簡単に言ってまえば、ウチとコイツはオンゲのフレンドっちゅー話やね」
冰理先輩が自身と司さん(女装の姿)を指さし、「ついでにアレが“上々カルビココナッツ定食”な」とほむら先輩をさす。
オンラインゲームも、ハンドルネームの概念も分かるのだが、何故この人達は食べ物の名前ばかりなのだろうか。もしかしてそれで気が合ったのだろうか。
「いや、最初は3人とも違う名前だったよ? ただ、野良で何度か一緒になって、とりあえずフレ申よろです~って言われたからフレンド申請して。そしてフレンドになった後にゲーム内イベントで“創作料理選手権”みたいなのがあってさ。その時にはもう仲良くなってたし、料理名で統一するかーってなって、こうなった」
楽しい思い出を語るように、ウキウキとした司さんが笑みを浮かべつつ話してくれる。
まだどうにも違和感が拭えないのだが、司さんの付けているチョーカーが変声機となっているのか、その喉から響くのは間違いなく女声だ。隙のない女装も相まって、普通に女性に思えてくるのが怖い。
というか一度男声に戻したのに、何故また女性の声に変えたのだろうか。見た目の違和感を考えたら確かに変えていた方がいいのかもしれないが。
気に入ったのかもしれない。
「……いやいや、その馴初めも気になるけど。まずどうして女装しているのかとか、色々疑問点が……?」
陽もまずは落ち着きたく、情報を整理していきたいのだが。しかしここで、冰理先輩と司さんの両名から待ったがかかり、ほぼ同時にある一点を指差す。
「ほむらがもうこれ以上のお預けに耐えられん」
「俺の……私の腕に噛み付いてきてるから、早く焼肉屋に移動しましょう?」
そこには、焼肉と聞いて張り切って歩いてきたのにいつまで経っても移動しない事に対して怒りを示すように司さんの腕へと噛み付いたほむら先輩がいた。
「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉」
哀れにも空腹が限界に達したのか、『肉』以外の言語を忘れてしまったほむら先輩。動く気力はないのに噛むチカラだけは緩める気がないのか、司さんの腕にぶら下がってブラブラと揺れている。
「司さん……それ、痛くないですか?」
美月が心配そうに訊ねるが、司さんはさして痛がる様子もなく「ああ、全然。文字通り“気”を張ってるし」と笑っている。
「はえー。それが前に言うとった“気功”っちゅーやつか。確かになんかオーラも出てて、超サ〇ヤ人みたいなっとるなぁ」
冰理先輩の言う通り、薄らとだが司さんの周囲の空気が揺れているようにも見え、若干金色のフィルターがかかっているような印象がある。
前に熱海で見た時はもっと神々しいほどに光っていたので、今はチカラをセーブしているだろう。
流石に人混みの真ん中でイルミネーションのように光る女装男児、なんて怪奇現象レベルの人には近付きたくない。
「それじゃあ、焼肉屋へと向かいますかね」
色々言いたいことはあるだろうが、今はとにかく移動しなければと。そして何を思ったのか、司さんは動こうとしないほむら先輩をお姫様抱っこで抱きかかえて、さっさと歩き出した。
「……いやいや! それ一番目立つヤツだから辞めたげて!」
陽が慌てて止めなければ、本当にそのまま向かったのだろうか。
女装とはいえそれなりに美人に見える奇抜ファッションが長身美人をお姫様抱っこしている光景は悪目立ちが凄く、その場に居る者全員の視線を集めており。ほむら先輩は恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆ってハムスターのように震えていた。
「あらあら、ごめんあそばせ。ついついノリで」
「ええなぁ。ウチもほむらを抱っこできるくらいタッパ欲しかったわ……」
「恥ずかし……。無理……。肉……」
この三人、近過ぎる距離感というか妙なテンションになってやしないだろうかと、陽はため息をひとつ。空を仰いだ。
◇
「なるほどなぁ。つまり会いたくない人がお外をうろついとるから、知り合いにどうしたら外に出れるか相談したら女装になった、と?」
「流石にナン骨の誘いは断りたくなかったしな。女装は予定外だったけど、まぁ男ひとり混ざるより見栄えがいいだろ。……そっちは仕事の関係で立ち寄ったんだっけ?」
「せやね。ついでに後輩見つけたし、飯でも奢ろうかぁっと思とったら給料日前でなぁ」
「だっさ」
「だから……クラゲさんの……奢り。ごちになりやーす」
「まぁいいんだけどさ。日向さん達と知り合いとは思わなかったな」
「ウチもエエ男として紹介するつもりやったのに、知り合いやったらタダ飯奢って貰うために呼び立てたみたいで申し訳なくなるわ」
「実際そうだろ?」
「せや。ごちになりやーす」
……と、めちゃくちゃ仲が良さそうな三人は、焼肉屋に入って食べ放題を注文してからというもの、物凄い勢いで肉を消化しつつ雑談に興じている。
陽と美月が割って入る隙すらないため、ふたりは網の隅っこで淡々と肉を焼いているばかりである。
なんか場馴れしてるなーと思ったら、三人の共通のネトゲはオフラインイベントも盛んであり、そこで度々会っていたからリアルで会うのも苦ではないそうだ。
楽しそうなのはいいんだけど、疎外感があってちょっと寂しい。
「……あ、そうや。突然で悪いんやけど、アンタのその“気功”っちゅーやつ。アレ、誰かに教えたりとかできるんか?」
肉の争奪戦がホルモンへと移った頃合で、冰理先輩が司さんに対しそんな事を聞いた。
「あん? どうした急に」
本当に唐突な話題転換に困惑する司さん。ちょうどそのタイミングで育てていたシマチョウがほむら先輩に横取りされていたので、そういう策略なのかとも思ったが、冰理先輩の目は真剣なもので。
「おっと、その話は聞き逃せませんね」
我関せずを貫いていた美月も、武道に関する事なのか食い付きが凄い。実際に陽も気になってはいるが、前に『武術を極めた者の辿り着く境地の一端』という話をされたから、鍛えていればその内習得するか近しい何かにはなると思っていたが。
易々と教えられるものなのだろうか。
「……できるらしいけど、私には無理だな。第一そこまで熟達というワケでもなし」
司さんから出た言葉はそんな、なんとも言えないもの。
“気功”を扱えるけど、人に教えるまでは至っていない。そういう解釈であっているだろうか。
「……教えてもらえりゃあ、少しは楽になったんだけどなぁ」
思わずポロリと、陽の口から漏れ出た言葉。その言葉に司さんは振り向き、
「第一、君達が“気功”を扱えたとして、何と戦うつもりなんだい?」
……そういえば、ブレイヴ・エレメンツとして活動している事は誰にも言ってはならないという事で、司さんには何一つ説明していなかった事を思い出した。
もしかしてやぶ蛇だったろうか……?
──女装までの流れ──
ツカサ:アイツからの呼び出しかぁ。行きたいけど、外に出ると国防警察がなぁ……。
ツカサ:どう思う、ノア?
ノア:呼び立てておいたわ。
枢 環:変装かい?
スズ:いっそ、女装した方がバレないッスよ。
カシワギ博士:《通信越しで悪いが、必要なものがあったら言っとくれ。すぐに送るからの》
ツカサ:……マジ?