それは、未知への冒険 その1
「ご飯、食べたい……」
そう、か細い声を上げて倒れ込んだほむら先輩に巻き込まれ、冰理先輩の姿が消えた。
正確にはほむら先輩の下にほぼ隠れてしまった。
「……むぐぐっ………ぷはっ!! ほむらっ!? ウチを巻き込むなや! おっぱいの重圧強過ぎて窒息してまうわアホー!」
元々サイズ差もあって抜け出せない冰理先輩を引っ張り出し、とりあえず落ち着くものの、ほむら先輩が動けないのであれば修行はできないということで。
「……しゃーない、飯行くかぁ」
やれやれと首を振る冰理先輩。背中を叩いて土埃を落とし、そしてふと思い立ったように己の財布を確認する。
そして、あー……とため息混じりの吐息を吐いて。
「……ほむら、お前さんいくら持っとる?」
「………お互いに、給料日前……なの…………」
「せやろなぁ。……スマンな、後輩ズ。奢ったろう思とったんやけど、ウチらの飯代すら危ういみたいやわ」
「ダメ社会人じゃないですか……」
呆れたように呟く美月の言葉に、冰理先輩は「こればっかりはなぁ……」と俯くばかり。
何でも屋、等という儲からなさそうな事務所勤めなのだから、そりゃあ給料は低いのかもしれないが。それでも、給料日前に手持ちが尽きるのは杜撰が過ぎる。
「いや、確かにほむらのエンゲル係数は高いんやけどな? それでも、こんな急に新幹線乗って出張行けやぁって言われんかったら、まだ残っとったはずなんや。駄賃が後払いやなかったらなぁ……せや!」
何を思ったか冰理先輩はスマホを取り出し、素早くどこかへと電話を掛ける。
数コール後、出た瞬間に顔を綻ばせ。
「もしもーし! お久しゅう! ……あ? ウチやウチ、ウチ。……そうそう、ウチウチ詐欺やで気を付けや~……ってなんでやねん!」
漫才混じりのしばしの雑談の後、
「せやせや、久しぶりに電話したんわな。近くに遊びに来たんで昼飯でも………あはっ、バレとるわなぁ。そう、奢って♡」
電話越しなのにシナを作っている冰理先輩は、傍目から見ても恋する乙女……ではなく、完全にイタズラする小学生。睨まれたが。
「うわぁ……なんか、犯罪臭がしますね」
美月もまた、全力で媚びを売ってる先輩の姿に若干引きつつも、鹵獲した村剥ぎの調子を確かめているようだ。
「手入れは……まぁ問題ありませんね。少々刃こぼれしてますが、このくらいなら研げば元通りになるはず……」
剣術道場の娘のサガか、すぐに妖刀の扱いについて集中してしまったようだが。
「……うん、うん。せや、可愛い後輩も何人か連れてったるから、その分もな~! ……なんや、ケチ臭いこといいよるんやね。可愛い子とご飯行けるなら喜んで金くらいだしぃや。………あー、そうね。食べ放題の方がええかもな。ほむらが限界みたいやし」
かなり親しい間柄なのか、遠慮もなく奢れだの何だとの言っている様子。『後輩に奢る金もないから纏めて他人に奢らせる』という発想そのものが怖いが、陽としてもヒーローとして敗北を喫した日にはガッツリ飯を食いたくなるものだ。
相手の人が了承しているならば、甘えてみてもいいだろう。
……そのまま合コンみたいな流れになりそうなら、即座に離脱するだろうけど。
「えーっとじゃあ、『南南西アルプス』でええか? ……え、なんか嫌な思い出あるんか、ファミレスやぞ? ……あっそ、まぁええわ。なら駅前の『焼肉 腹切り牛二郎R2』でええか? ………なんや、知らんかったんか。あそこ、食べ放題メニューもあるんやで。……うっし、なら決まりやね。いや今のはオヤジギャグちゃうがな。アホゆぅとらんで、あんさんは分厚い財布だけ握り締めて来たらええんよ。……ほいさ、じゃあよろしゅう。……よっしゃあっ! 焼肉勝ち取ったで!!」
交渉が終わり、満面の笑みでこちらを振り返る冰理先輩。
犠牲になった人には悪いが、焼肉という魅力には勝てない。
「焼肉ぅぅぅぅ……!!」
完全に電池が切れていたほむら先輩が、焼肉という単語に反応してガバッと起き上がって素早く陽の背中へと回り、ガッツリ抱き着いてきた。
「おわっ、ほむら先輩!?」
「おんぶ……いや。肩、貸して……」
「自分で歩いてくださいよぉ。ほむら先輩、背ェ高くてオレと並ぶと凄い道幅を取るんですから」
「誰が豆粒ドチビやと!?」
「言ってませぇん!」
「……ここに、大きな肉まんが。ふたつも……」
「揉まないでくださぁぁぁぁ!」
「誰がまな板じゃボケ!!」
「言ってませぇん!!」
「あ、この刀は鞘袋どころか鞘すら持っていかれていたんでしたね。どうしたものでしょうか……」
「美月ィ! 助けて美月ィ!」
なんともグダグダした感じのまま、とりあえず町へと移動するか、となるまでに10分ほどを要した。
もう銀行強盗に関しては完全に解決しているようだったし、刀は冰理先輩が手品のように隠してしまいました、とさ。
◇
とりあえず駅前へと移動した四人は、冰理先輩が呼び出したであろう犠牲者を探していた。
祝日のお昼頃という事で人通りは多いが、先の銀行強盗の騒ぎがあったからか、道行く人達はみんな足早にその場を去っていく。
「……っかしいなぁ。確かこの辺におるはずなんやけど……」
冰理先輩の言う合流場所へとやって来たのだが、まばらにいる人の中に待ち人はいないらしい。約束の時間まであと五分ほどあるので、陽達が先に着いたというだけなのかもしれないが。
「男の人ですか?」
四人でその場でぼーっとしていても退屈なので、陽はとりあえず待ち人を目視で探してみることにしたが、肝心の容姿が分からない。
「せや。中肉中背の無害そうな顔にオタクっぽさを足して、後は……お互い久しぶりっちゅう事で目印になるよう、『鳥獣戯画っぽいショルダーバッグ』を持ってくるらしいんやけど……」
冰理先輩の発言的に容姿の方は全く目印になりそうにないっぽいので、陽はとりあえず鳥獣戯画っぽいバッグを持つ男性を探してみる。
ひと目でコレだろうという人は真ん前にいたのだが、残念ながらその人は女性っぽいので対象外。
『鳥獣戯画っぽいショルダーバッグ』、流行っているのだろうか。
そのまま継続して探していると、真ん前に居た女性がふとコチラを見、ニヤリと笑ってからコチラへと近付いてきた。そしてそのまま冰理先輩の前へと立ち、
「よう、久しぶりだな“空飛ぶヤ拳ナン骨”」
と、不審な台詞を吐いた。
「……あん? 誰やねんお前。なんでウチのハンドルネームを……」
待ち人なのかと思いきや、冰理先輩はとっても不信顔。知り合いのように話し掛けていたからと油断していたが、まさか不審者なのだろうか。
「ん? ………あ! あー、悪い悪い。なんか受け入れてたわ」
その女性……『鳥獣戯画っぽいショルダーバッグ』を肩からぶら下げ、『チャーハン、売るよ!』とデカデカとアスキーアートの書かれたトレーナーを着た、紫髪ロングストレートにモノクル装備というなんとも声をかけ辛い格好の人は、喉元のチョーカーを弄り、そして。
「あー、あー……。ごほん、この声なら分かるか?」
と、男性の……というか聞き覚えのある声を発した。
「「司さん!?」」
陽と美月がほぼ同時に驚きの声を上げ、そして。
「なんやびっくりした。……誰かと思ったらお前かいな、“マカロニクラゲ”」
容姿を見てもピンと来なかった冰理先輩が、声を聞いた途端に待ち人だと察したらしい。
つまりこの女性(?)は、大杉 司の女装した姿であった。
空飛ぶヤ拳ナン骨……冰理のハンドルネーム
マカロニクラゲ……ツカサのハンドルネーム
多分次で書きますが、ふたりはとあるオンラインゲーム内でのフレンドです。