それは、聖なるチカラ その3
「──影、踏み申した」
シャドー・ゴブリンの声が背後から響くが、サラマンダー達はもはや振り返る事すら叶わない。
影を縛られ、身動きを封じられたのだ。
「ふぎぎぎぎぎ……!」
「う、動け……ない……!?」
サラマンダー達も藻掻こうと必死に抵抗しているが、ヒーローの膂力でも一度縛られた影はどうしようもない。
「無駄である。我の影縛りはこの妖刀『村剥ぎ』から得た特異な術。生半可なチカラではピクリとも動けぬ」
シャドー・ゴブリンは勝ち誇った様子で妖刀を抜くと、それを己の踏んでいる影に突き刺す。その後、シャドー・ゴブリンはサラマンダー達の前へと歩いてきたが、影縛りが解ける様子はない。
妖刀に同じ効果があるのだろう。シャドー・ゴブリンが移動した後も効力は切れないらしい。
「……ふむ、これはなかなか」
身動きのとれないサラマンダー達を、シャドー・ゴブリンはじっくりと念入りに、見回すように観察する。
顔、肩、二の腕、鎖骨、胸、腰周り、臍、太もも、足先……。
まるで値踏みの如く舐め回すようなその視線に、サラマンダー達は物言えぬ嫌悪感を抱くが、逃れる術はない。
「逆らったら殺せ、との命令だったが……。ふふ、なかなかの上玉ではないか。これはきちんと躾れば高く売れるだろう……」
何やら変態的な物言いをし出したシャドー・ゴブリン。彼はゲニニン達に周囲の警戒を任せると、己は胸元から二本の瓶を取り出し、サラマンダー達の眼前へと突き付けた。
「右が呑んだら徐々に感度が300倍まで高まる秘薬。左が一時間ほど何も感じなくなるが、キッチリ一時間後にその間の全ての快楽が一瞬で流れ込む薬。……さて、どちらがどちらを試したいかな?」
下卑た笑い声を発しながら、サラマンダー達へとにじり寄るシャドー・ゴブリン。
彼は既に勝ちを確信しているからこそ、サラマンダー達を手篭めにして娼館へと売り飛ばす事を考えついた。
その目は既に敵を見るものではなく、狩人に怯える獲物を追い詰める時のソレ。
住宅街から少し離れているとはいえ、真昼間の公園で少女達にアレコレしようとしているのである。
「や……やめろ……!」
「辱めるくらいなら、いっそ殺してください……!」
ウブな少女達にだって、薬を飲まされた後の未来くらいは容易に想像できる。できてしまう。
逃げられもせず、抵抗もできず。ならばいっそ殺してくれと懇願する事しかできないのだが、それがいっそうシャドー・ゴブリンの嗜虐心を擽っていることまでは頭が回らない。
「……ふぅむ、なるほど。では両方を半分ずつ飲ませてやろう。効力もまた半分だが、新たな快楽には目覚めようぞ」
元々そうするつもりだったのか、シャドー・ゴブリンは器用に薬を取り分けると、一体のゲニニンを呼び寄せ共にサラマンダーとウンディーネの口を開かせる。
「む、むぐぅ……!?」
唯一動かせた口。それを抑えられた今、彼女達にはせめてもの抵抗すら許されない。
そうして、どろりとした液体が彼女達の唇へと触れ……。
「んなエロ同人展開、ウチの後輩達にさせられるワケあらへんやろ」
瞬間、地表から発生した氷柱が天を穿かんと乱立し、サラマンダー達を囲いつつ、公園全てを覆い尽くした。
ゲニニン達は全て氷柱の中で瞬間冷凍され、謎の薬は氷柱へと取り込まれて奇怪な色のオブジェとして固形となっている。
「……また、貴殿達か。なかなかしつこい連中だ」
ギリギリで危険を察知したのか、シャドー・ゴブリンだけは氷柱から離れた鉄塔へと避難し、お楽しみを邪魔した相手を睨む。
公園を挟んだ向こう側。電灯の上で仁王立ちする者と、その下で脱力している者。
その両名こそ、シャドー・ゴブリンの苦手とする天敵であった。
「──確か、忍者っちゅうんは挨拶前の不意打ちってのは一回まで、なんやっけ? じゃあ久々に、挨拶したろか」
仁王立ちの少女は笑いながら電柱から降り、脱力している少女の隣へと降り立つ。
そして得物たる大槌を頭上で一振りし、
「氷心、故に絢爛。悪鬼悪霊悉くを打ち潰す!」
自分の身長程もあるハンマーを振り回しながらも、その少女……白銀のショートヘアーを風に散らすロリっ子はブレることなく。
威風堂々と白き和装を揺らめかし、自慢の八重歯を見せ付けるように、笑う。
「冷たき氷の戦士! ブレイヴ・セルシウス!」
……そこからたっぷり五秒ほど、間があって。
セルシウスに爪先でちょんちょんとつつかれ、脱力少女は仕方なさそうに立ち上がる。
というか先程まで脱力し過ぎて横になっていた。ロリっ子が低い(それでも頭上にめいっぱい手を伸ばした)位置でハンマーを振り回しても当たらないで済んだのもこの為である。
「……めんどー、ですけど。やれって、いうなら~……」
欠伸を噛み殺しながら立ち上がった少女は、ロリっ子と対を成すかのような高身長。
その身長差おおよそ40cmの凸凹コンビの相方の得物は、小さな球体型の飛翔ビット七基。
「ねつじょ~、故にゆうお~。悪鬼羅刹の悉くを撃ち穿くぅ~」
燃え盛る焔のような髪をお下げ髪に纏め、煌めく丸ぶちメガネのズレを直す少女。
古き良きセーラー服を身に纏い、最後にくわぁ~っと欠伸をひとつ。
「熱き焔の戦士~。ブレイヴ・イフリートぉ……」
そこでふたりは背中を合わせ、
「勇気凛々! 氷熱爆凛! 精霊戦士 ブレイヴ・フォルテシモ!!」
赤と白の爆発がふたりの後ろで爆ぜ、盛大な名乗りを飾った。
◇
やってられぬ、そうシャドー・ゴブリンは嘆息した。
「ドーモ、ブレイヴ・フォルテシモ=サン。シャドー・ゴブリンです」
挨拶をされた以上、返さねば失礼なので一応返答はするが、それが終われば二言目を放つこと無く脱兎のごとく逃げ出すしか道はない。
なので、逃げた。
「あっ! この、逃がすかアホンダラ!!」
毎度毎度、同じタイミングで逃げられておいてよくも逃がすか、などと言えたものだと言い返したいが、残念ながらシャドー・ゴブリンには振り向いている余力すらない。
「みーなーさーんー。やっちゃって~」
背後から軽い声がするが、これがマズいのだ。
イフリートの操る飛翔ビット、これが彼女の視界範囲内ならばどこまでも熱源を探査し、追い詰めて、焼き殺しにやってくる。
触れただけで肉が焼け落ちる熱線を多角から照射してくるくせに、ビット自体の耐久が高すぎて叩こうが斬ろうが執拗に追い込んでくるのだ。
そして更に、
「吹雪旋風……ブゥーメランッ!!」
セルシウスが投げているハンマー。あれが触れたもの全てを凍て尽くす氷刃を纏ってさえいなければ、手持ちの式神もここまで減らされずに済んだのに。
「いでよ、ゲニニン!」
「「「「ニニンガ死」」」」
ゲニニン達が出した側から凍りつき、ロストしていく様子を背中で感じ取り、ハンマーがかなり近い位置を飛んでいる事を知る。
まだ未熟な戦士ふたりを手玉に取るだけの簡単な仕事だと聞いてきたのに、いつの間にか狩人に乱入されてしまってはシャドー・ゴブリンに勝ち目は無い。
「さらばだ!」
退路として用意していた影の道。予め術を仕込んでおかなければ影へと潜れないのが玉に瑕なのだが、これが無ければ何度彼女達に殺されていたか分かったものではない。
シャドー・ゴブリンは影へと潜った。すぐさま熱線が影を貫き、内側全てを焼きつくそうと暴れ回るが、領域の中ならば避けるのも容易い。
村剥ぎを回収出来なかったことが心残りではあるが、生命には替えられぬ。
故に、シャドー・ゴブリンは逃げる。
いつかまた、再戦を誓って。
◇
「だァー! また逃がしてもうた……」
そんな声と共に、サラマンダー達の周囲の氷が一斉に砕ける。
数秒後に影縛りが溶け、自身が無事な事に安堵し振り返ると、そこには村剥ぎを回収しているブレイヴ・フォルテシモのふたりの姿。
「……やぁ~。おひさ~」
ゆる~い感じで手を振るイフリートに、不機嫌そうにハンマーを担ぐセルシウス。
油断から絶体絶命に陥ったところを救ってもらい、更に敵の撃退までやってくれた少女達。
サラマンダーもウンディーネも、この二人のことはよく覚えている。
「ありがとうございました。……そして、お久しぶりです、先輩」
そう、彼女達こそブレイヴ・エレメンツの先代。
同じように精霊と共に歩む、ふたりの勇者。
「たるんどるなぁアンタら。……でも、まずは無事で何よりや」
「会えてぇ~、うれしーよー」
学校を卒業し、活動場所を移したはずのふたりとの再会であった。
お気付きとは思いますが、サブタイトルはマ〇レンジ〇ーの前口上から引用しているだけなので本編とはあまり関係ない、かも……です。




