それは、聖なるチカラ その1
ここからしばらく、北海道旅行の裏で起こっていた出来事についてのお話になります。
気長に御付き合いくださいませ。
──遠くまで澄み切った蒼穹。
雲ひとつない秋晴れに、少女はひっそりと溜息を漏らす。
「退屈だなぁ……」
少女の声は風へと霧散し、何も残らない。
雀の鳴き声と、学校のチャイムの音だけが世界へと木霊し、反響しているかのようだ。
「また突然、怪人でも現れないだろうか」
その物騒な呟きもまた、誰にも聞かれぬものだと思っていたが。
「仮にもヒーローが何を言っているのですか」
少女の呟きに応えるかのように、鋭い手刀が少女の頭へと振り下ろされた。
「あでっ!? ……っつぅ~……」
ごちん、という鈍い音が脳に響き、思わず両手で頭を抱えながらしゃがみこむ。
じゃれ合いレベルの手刀ならば普通、こうも痛くはならないのだが。残念ながら相手は普段から身体を鍛え続けている現代武士。手加減していてもこれなのだ。
「毎回毎回、いてーよ美月! 背後から襲うんじゃねぇ!」
明るい茶髪を振り乱し、少女……日向 陽は背後へと振り向いた。
そこにいる相手は案の定、先程名前を挙げた水鏡 美月。彼女はちょうど手刀を振り下ろした格好のまま、陽を見下ろすように佇んでいる。
「昼間からバカみたいな事を言っているからじゃないですか」
半目の美月は小さく溜息を吐くと、持っていた缶ジュースを一本、陽へと差し出した。
「はい、ご注文のお汁粉です」
「サンキュー!」
先程までの痛がっていた様子はどこへやら。陽はさっと立ち上がるとお汁粉の缶を受け取り、プルタブを開けて中身を喉奥へと流し込んだ。
甘いどろりとした餡子の粒を噛み締めながら、一気に中身を呷る。
「また、ヤケドしますよ……」
美月に何度も注意されようが、陽は缶のお汁粉だけはこの飲み方に拘る。
こうする事で中に粒が残らないように飲めるという、陽なりの小ネタなのだから。まぁ残るのだけれども。
「……はふぅ。美味いな、やっぱり」
「それはなにより」
一気に飲み干した陽とは対称的に、美月は温かいお茶をチビりチビりと飲んでいる。
急に肌寒くなってきたこの季節。温かい飲み物が自販機に補充されるようになった頃合。
楽しみ方も人それぞれだ。
◇
「……今日は司さん達、来ないのかな」
「昨日あったばかりでしょうに」
「だってさ、昨日の夜に何があったかオレが覚えてないってなんか変じゃね? 気になるよ」
「つまり安室さんに会いたいと? 司さんはついで?」
「ついでとは言わないけどさ……。でも、うーん」
「まぁ記憶がない、というのは気になりますが。でも、無事に帰れたのでしょう?」
「そうなんだよなー。酒なんて飲んだことすらないのに、酒で気絶したと言われてもさー」
ふたりの何気ない会話は、ブランコに揺られながら交互に。
現在の時系列は、大精霊ノアが安室 希空と名乗り彼女達と意気投合した日の翌日。
ツカサがおでん屋の屋台と遭遇した日と言い換えてもよい。
そんな日にふたりが昼間から人気のない公園でこうして駄弁っているのかと言えば、ブレイヴ・エレメンツお付きの大天使エルゥ・エルが「嫌な予感がするエルゥ……。ちょっと気を張ってた方がいいかもしれないエルゥ……」なんて言い出したからだ。
普段はどれだけダークエルダーが暴れていてもこのような発言をした事がなく、近い事を言ったのはデブリヘイム事変と邪神戦線の時のみ。
つまり日本の危機を知らせる予知として信頼できてしまう程のお言葉なのである。
なのでふたりは昼間から、特にやることも無いのに見晴らしのいい公園までやってきて、こうして時が来るのを待っているのであった。
ブラブラと、ブランコに揺られながら、しばし。
「──でさ、この前できた『南南西アルプス』ってファミレスがかなりヤバい所だって話でさ……」
「特異点として相当なレベルらしいですね。“最強”が常連なのだとか、突然銅鑼の音が鳴り響くだとか、蝶のコスプレをした黒タイツがハンバーガーを40個ほど注文して店内で食していくのが名物になっているとか。変な噂ばかり耳にしますよ」
「うーわ、遭遇したくないヤツばっかり……」
「まぁ……そうですねぇ……」
「なんか含んだ言い方したな。大丈夫か? 呂布イカの一件以外になんか嫌な事でもあったのか?」
「……いえ、苦い思い出ですよ……」
美月は何故か、秩父山中での出来事を陽に秘密にしておきたいらしい。そのせいで少々含みのある言い方になってしまっているが、陽は気が付かないようだ。
また道場で実力を出し切れず悶々としているのだろう、と勝手に予想を付けて納得している。
そんなお喋りをしつつ、気付けば時刻は昼に近い。ここまで何事もなかったのだから、お昼ご飯を食べに行ってもよいのではないかと思い始めた頃だった。
何気なく見やった街の中心部辺り。その大通りに何台ものパトカーが集結を始めたのだ。
「ん、なんだなんだ?」
陽は慌てて崖側の柵へと近付いて様子を見ようと覗き込んだが、なにぶん遠いのとサイレンも鳴らさずに集まっているのもあって、全容は把握できそうにない。
「何事ですか? ……あの辺りは確か、銀行があるはずですね」
美月が素早くスマホの地図アプリを開き、大体の位置取りから目標を見出す。公園から目視できる範囲の目印とも合致している為、銀行で何かあったのは間違いないだろう。
ふたりはまだ知りえない事だが、今はちょうど天翔る天龍寺たちジャスティス白井一派が襲撃を掛けたタイミングであり、ツカサがアレックスを名乗って大立ち回りを始めた辺り。
人質がいた場合、戦闘力特化のヒーローが行ったところで邪魔になるかもしれないと、ふたりが飛び出そうかどうかと悩んでいるところで、土煙と共に派手な破壊音が周囲に響いた。
天翔る天龍寺の『パラノイア・レーベン』がツカサ達ごと銀行の入口を破壊した音だ。
「……こりゃあ」
「私達の出番ですね」
ふたりは素早く目配せを終え、同時にブレスレットを打ち鳴らす。
「「──ブレイヴ・エスカレーション!」」
音と閃光。それぞれの変身バンクを終えた後にその場に立っているのは、ブレイヴ・エレメンツであるサラマンダーとウンディーネ。
後輩のブレイヴ・ノームは修学旅行で北海道へと行っている為、この街を守るのは自分達の役目だ。
他のヒーロー達も駆け付けるだろうが、それならそれで役割分担をすれば早く解決するので有難い。
「司さんも来るかな?」
「案外、もう巻き込まれているかもしれませんよ」
「……否定できない、かも」
ふたりの予想通り、渦中にはいつも通りにツカサの姿がある。
アレックスと名を偽ったまま、国防警察の皆様と仲良くゴーレム退治と洒落こんでいる最中なのだが、ふたりはそんな事を知る由もない。
何故ならば、
「あいや待たれい!」
公園を飛び出そうとするふたりの背後から、そのように声が響いたからだ。
その者は多くの手勢を連れて、サラマンダー達を睨めつける。
『影』『鬼』の二文字の刻まれたメンポを付けた、真っ黒な忍び装束の立ち姿。背後に大量のゲニニン達を引き連れたその者は、精練された動作で両手を合わせて一礼……アイサツをした。
「ドーモ、ブレイヴ・エレメンツ=サン。シャドー・ゴブリンです」
秋晴れの祝日の昼間から、九九流忍者のエントリーである。




