飲み屋と出会いと宴の夜 その3
「「「かんぱーい!!」」」
何はともあれ、酒が届いたならば乾杯をせざるを得ない。
雰囲気重視なのか、木製の小さな樽のようなジョッキが運ばれてきたので、ここはその雰囲気に合わせて互いのジョッキをぶつけ合わせる。
中世の海賊や異世界もののハンター達がやっているような、そんな豪快な乾杯だ。一度だけでもやってみたかった。
泡がテーブルへと飛び散るのも構わず、ツカサは勢いに任せてジョッキを傾け、喉の奥へとビールを流し込んでいく。
キンキンに冷えたビールが食道を通り、胃の中へと滑り落ちる感覚を味わいながら、幾度となく喉を鳴らす。
そして中のビールを一滴残らず飲み干し、今度はテーブルへとジョッキを叩きつけ、景気良く……。
「ムギちッ!? ゲホッ! ……ゲホッ……ゴホッ!」
噎せた。
普段はチューハイか、稀に日本酒くらいしか呑まないクセに無茶をするからである。
これには女性陣からも冷たい視線を注がれてしまい、ツカサはただただ恥じ入るばかりだ。
「ハッハッハッ! アホツカサめ、カッコつけるからだ」
「ゲホッ……うるせぇやい」
三國に弄られ、顔を赤らめながらツカサはお通しで出てきた枝豆を摘む。
程よく効いた塩っけがビールの肴にちょうどよく、イッキに飲み干したのを少々後悔する事になったが、まぁまた頼めばいい話だ。
ビール数杯程度で酔い潰れるほどツカサは酒に弱くはない。
「……で、なんだってイオナさんは北海道に?」
まずはビールで喉を潤した後に本題というか、気になっていた疑問を聞いてみる。
「そーそー! それよ! ねぇ聴いて!」
イオナもそれを愚痴として発散したかったのか、通りすがった店員さんにナマをみっつ追加で頼んだあと、三國の肩へと腕を回して口を開いた。
「なんかさ、金払いのいいスポンサーが、今日この日に札幌で生ライブをやって欲しいって依頼を出してきたのよ」
「ほーう。よくある話だね」
「全国の有名人たくさん呼んでさ、お祭り状態だったわけ」
「ほーう。よくある話だね」
「でもみんな、「なんで北海道で?」って当然疑問に思うじゃん。だから私達も訝しんで、上限までボディガード付けた上に観客にも手練を混ぜていたワケよ」
「ほーう。よくある話だね」
「そしたら案の定、そのスポンサーの実態がジャスティス白井だったわけでさ。私らをみんな人質にって、反乱と同時に拘束しようとしてきたのよ」
「ほーん? ……それはよくない話だね」
「そこからはもう大乱闘。会場から脱出するまでに一個大隊規模の人数を倒したんじゃないかな?」
「……え、それホント? 町の制圧に出てきた部隊より人数多くない?」
「そうなのよ、ホントなのよ。でもたまたまさ、観客の中にものすっごい強い巫女服の女の子がいてさ。「ええい、ワシの“推し活”を邪魔するでないわー! 天地豪冥真銀白爆けぇーん!!」ってその子が叫んだら、大半の怪人が空へと打ち上げられてたのよね」
「うわ、絶対それ瀧宮 帝さんじゃん。あの人が居たらそりゃどうとでもなるわ」
「有名人なの?」
「カシワギ博士やノアと知り合いで未だに謎の多いのじゃロリば……いやお嬢様」
「なんで今言い換えたのさ」
「…………殺気がね、飛んできたんだ。……ほら、店中の強者達がみんな同じ方向向いてるでしょ……?」
「うわホントだ。ウケる」
その後数分間は誰も口を開かず、先程までの喧騒が嘘かのように静まり返った時間が続いた。
◇
それからしばらく経って。
先程の殺気が自分達に害のないものだと半ば無理やり納得した強者達は、皆が酒を片手に続きを始めた。
何故かその中に上裸のカゲトラが混ざっていた気もするが……いや、気の所為だろう。上裸の野郎三人がポージングをキメながらオリジナルプロテインの飲み比べをしているシーンなんて需要があろうはずがない。
ツカサ達は失言をしないよう注意しつつ、しばらくは届いた食事に舌鼓を打つのに専念する。
この店の料理は変わった物が多いが、どれもこれも絶品と言って差し支えない美味しさであった。
生ハムドリアンなんか誰が頼むのかと思ったが、案外イけるらしい。
カレンはこういう時にシルフィのチカラで臭いを取捨選択できるのが羨ましい。だからってツカサの方にドリアン臭を仕向けられても困るのだが。
大人組は酒ばかりで、肴は少量ずつしか頼まなかったのだが、カレン達の頼んだご飯ものは大当たりなようだ。
「“シャドウウルフの前脚ステーキ”に“スタンローパーの唐揚げ”、“チャンピオンチキンのグツグツカレー”……。これ、本当にネーミングセンスが壊滅的なだけなんでしょうか。初めて食べる食感ばかりな気もしましたが……」
ツカサの奢りだからと好き放題頼んだカレンだったが、ネーミングセンスに惹かれて注文した料理はどれも未知の領域だったらしい。
ツカサも味見させてもらったが、食べなれている牛豚鳥のどの肉とも感触が合わないのは不思議な体験であった。
美味いのは美味いが、本当に日本の安全基準を満たしているのか不安になってしまう。
生ではないから大丈夫……だといいな。
「……そういえば、クラバットルって邪神の」
「土浦さん、ステイ。それ以上はいけない」
「あ、はい」
不穏な事を言いかけた少女に待ったをかけて、ツカサは誤魔化すように酒を追加しようとし、そこでようやく時間を確認する事を思い出した。
「おっと、もうこんな時間だったか……」
現在時刻は既に9時半を過ぎている。健全なる未成年が酒場に居ていい時間ではないので、食事が終わったならクラスメイト達の待っているホテルまで送って行かねばならない。
とはいえ思わぬ合流があったので、ここはツカサ一人が抜けてまた戻ってくればいいだろう。
三國とイオナなら話は尽きないだろうし、男がいない方が逆に話が弾むかもしれない。
「じゃあ、俺は一回抜けて土浦さん達を送ってく……る……?」
酒が届く前に送り届けてしまおうと、席を立とうとしたその時。突然背後から肩を掴まれ、着座させられる。
見れば、イオナのボディガードである木蔭 涼子が“任せて”といった感じのジェスチャーをし、“彼女達は私が送ってくる。アナタは私が戻るまでイオナと一緒に居てあげて欲しい”とスケッチブックに書いて見せてきた。
「……それは有り難いですけど、お仕事的に大丈夫なんですか?」
「ノープロブレム」
「喋った!?」
涼子さんはほんのりと笑ってサムズアップをし、少女達を引き連れて店を後にする。腕の立つ護衛らしいし、酒の入ったツカサよりはマシな人選なのかもしれない。
「そんじゃ、私達は本格的に呑み始めようか。ツカサの奢りだから、好き放題させてもらうよ~」
今まで手加減していたとばかりに三國が笑い、イオナもつられてメニュー表を開き始める。
こういうノリの時はおそらく、一番高い酒を探しているのだろう。人の奢りとなったら誰もがやりたくなる行為だ。
「お手柔らかに……」
ツカサはただ引き攣った笑みを浮かべながら、どうか一番高い酒がまだ良心的な範囲内でありますように、と神に祈った。
大人達の夜は、こうして更けてゆく。
悪の組織とウラバナシの方に『大人達の夜』というタイトルで同時刻にオマケを投稿しておりますので、そちらも是非。
ちなみに簡単にですが高い酒を調べてみたところ、「零響(れいきょう)」という日本酒が約38万円するそうです。
人生で一度くらいは口にしてみたいですね。