熱戦! ジャスティス白井の双奏天使 その6
『ルォォォォォォォォォォ……!!』
天使が鳴いた。
その声は鈴を転がしたような、透き通ったと表現できるほど美しい機械的な女性の声。しかし実態は異なり、その様は正に野生児が檻から解き放たれた瞬間の、蛮族の威嚇行為に近いものを感じるほど気迫に満ちたもの。
『まさか、復活したのか!?』
“……いいえ、彼らは日本語が話せるはずだもの。あれは多分別のモノが宿っているのよ”
「なんか知ってる風で話して現場の人間に何も教えないのはどういう理屈なんですかねぇ!?」
カシワギ博士とノアは訳知り顔で話しているようだが、黒雷からすれば何がなんだか分からないまま某人型決戦兵器の暴走に直面したような恐怖に苛まれているのだ。
話せば長くなる話だろうと、要約してでも相手が何なのかくらい教えてくれても良いのではないだろうか。
“それはまた今度ね。来るわよ、ツカサ!”
「ああもう!」
高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応し、できれば破壊するなという無茶振りを世の中ではパワハラと表現するのだろうか。
こうなったら戻った後に有給消化を含めて数日間温泉宿に籠ろう、なんて現実逃避をしながらも、黒雷はダークギア・ツール・ドラゴンを操作して迎え撃つ。
真正面からまっすぐに突っ込んでくる相手に対し、咄嗟に出た行動はパイルバンカーによる牽制。本来ならば相手をクロー部分で掴んでから発射する杭を、中距離からカウンター気味に発動する事で、少しでも距離を置いたまま様子見をしよう、という消極的な試み。
無論それを当てる気なんて毛頭ないし、黒雷からすれば避けられて当然のジャブのようなものであったが。
『ルォォォォウッ!』
あろう事か機械天使は、真正面からその杭へと噛み付いて見せた。
「なっ!?」
これには黒雷も予想外。轟雷とは違い、こちらのパイルバンカーは一発打ち切りタイプではない為、掴まれるとどうにもなくなってしまう。しかも壊すなという命令があるので、電撃を浴びせる事すらままならない。
いきなり詰みである。
しかし、機械天使にそんな事情は関係なく。彼女(?)は杭へと噛み付いたまま己の翼を推進力として身を振り、ダークギア・パイルドラゴンへと組み付いてきた。
『ルォォォォォォォォォォ!』
そこから何をするつもりなのかはなんとなく分かる。腕を捻って壊すか巻き付いて本体へと取り付くか、そんなろくでもない選択肢ばかりだ。どっちみちダークギア・ソルジャー・ドラゴンからは攻撃ができないので、ならばいっそのこと。
「“パージ!”」
黒雷とノアが同時に叫び、ダークギア・パイルドラゴンとの接続を解除した。五体合体の強みである。
分離の勢いのまま大きく距離を取り、黒雷は大きく息を吐く。
武装をひとつ失ったのは大きいが、元々壊すなという命令を受けている以上、下手に扱う事すらできなかった物だ。
幸いにも腕部分はダークギア・コアドラゴンの腕が流用できる設計にしてあるらしいので、不揃いにはなるがそちらを代用する事で賄える。
両腕さえあれば押さえ込む事くらい可能だろうかと、思案していたその時だ。
『ル……ルゥゥゥ………』
機械天使は抱き締めたままのダークギア・パイルドラゴンを見つめ、数度角度を変えて眺め回すと、
『ルォォォォォォォォォォ!』
左腕をダークギア・パイルドラゴンへと貫手で差し込み、己の内から赫いエネルギーの奔流を流し込むと、左腕とダークギア・パイルドラゴンが物理法則を無視して融合。ソレを己の身体の一部として見せた。
「な、なんだってぇぇぇ!?」
てっきり破壊されるものだとばかり思っていたパイルドラゴンが、今機械天使の左腕へと収まっている。
もし、パイルドラゴンを切り離さずに抵抗する道を選んでいたら、おそらくは機体丸ごとが奪われていた事だろう。
無手だとタカをくくっていたら手痛い反撃をされたものである。
『ほう、融合機能。……いや、己のエネルギーを流す事で強制的に隷属させておるのか?』
カシワギ博士が興味深そうに声を漏らすが、黒雷に取っては理屈なんてどうでもよいのだ。
問題なのはただ一点。
「これ、俺の給料から天引きされませんよね……?」
その疑問にのみ恐怖を覚えている。
黒雷の過失ではないとはいえ、高額な予算を割いたであろう単独飛行可能なドラゴン型可変戦闘機を丸ごと敵に奪われたのだ。
金額は何千万……いや、億の二桁三桁はくだらないかもしれない。
それを天引きなんてされたらと思うと、恐怖で夜も眠れなくなってしまう。
三個セットのプリンすら買えない生活なんて想像したくない。
“……まぁ、アナタの場合はルミナストーンの提供っていう莫大な利子もどきがあるんだけれども”
ノアの呟きは黒雷の耳に届かず。黒雷はただ、これ以上奪われないように注意するのに全力である。
ただ、まぁおそらく。彼女の働き次第ではあるが。
“もう既に、私達の勝ちが確定しているのよねぇ”
そうノアは呟いた。
◇
「やったぞ、奪い取った!」
機械天使が鳴き、名前の長いドラゴンからパイルバンカーを奪い取った時点で、フリースタイル三日月のテンションは最高潮に達していた。
だって、相手ばかり変形合体なんてズルいではないか。バーバリアンは既に完成された美しさはあるが、欲張る事ができるならなんだって欲しくなる。
そんな事を考えていたらバーバリアンが応えてくれたのか、相手の腕をもぎ取って取り付けてみせた。
華やかで美しい機械天使に無骨なパイルバンカー。この一見交わらなさそうな組み合わせこそが戦場にて映えるのだ。
「楽しそうですねぇ」
「ふふ、そりゃ楽しいさ」
何せ漢の浪漫武器パイルバンカー。使い道が限定され過ぎていて実用化されない武器筆頭だとばかり思っていたが、天下のダークエルダーが使っているとは思わなかった。
それを今度は自分が使えるとなれば、テンションも上がるというまのだ。
「…………?」
そこでふとフリースタイル三日月は我に返り、聞き覚えのない声の方を見やる。そこには、
「チャオ♪」
素敵な笑顔で手をヒラヒラしているメイド服姿の謎の美人女性がコックピットの壁から上半身だけを生やしていた。
「???」
どうしてそんな状況になるのだろうか。フリースタイル三日月には女性経験が全くないから分からないだけで、もしかしたら世の女性というのは皆、壁から上半身だけを生やす事ができるのだろうか。
「いや有り得ないでしょ」
先程までの己の思考に一応ツッコミを入れて、フリースタイル三日月は懐から護身用の拳銃を取り出すと、迷わずその女性の額を狙って引き金を引く。
一発、二発、三発。
どんな物の怪であれ、銃で撃てば大抵は殺せる筈なのだが。
「危ないじゃないですかぁ。跳弾したら痛い目をみるのは自分ですよぉ?」
その女性はあろう事か、銃弾を全て額で受け止めてなお平然としているのだ。
「……なんなの?」
「メイドにございます♪」
聞いても埒が明かないのは分かった。
「いえね、あのパイルドラゴンにくっ付いて一緒にやって来たまでは良いのですよぉ。だけれども、危うく取り込まれる瀬戸際まで追い詰められましてぇ。よーうーやーくー制御を完全に奪うことができたワケでして、挨拶をと」
その女性の話を聞き、改めて操縦桿を操作してみるがビクともしない。それどころか対侵入者用の拘束トラップが発動し、フリースタイル三日月をシートに固定してしまう始末。
ここでフリースタイル三日月は己の負けを悟り、大きく息を吐くと身体のチカラを抜いた。
「……あ、名前聞いてなかった。キミ、なんて名前なの?」
せめて最後にと思い、訊ねた疑問。それに対し女性は、
「私は大精霊ノア様のメイドにして、最新たる0と1の精霊。並びにアームストロング五花様よりずっと『イサド』と呼ばれていた、元オルガノート管理AI。ラミィ・エーミルですわ」
最後まで聞いたけどあんまり意味が分からなかったのでフリースタイル三日月はとりあえず寝る事にした。
「おやすみですか? では良き夢を、フリースタイル三日月様」
そう言ってラミィ・エーミルは、どこからか取り出したブランケットを掛けてくれる。
ちょっと惚れそうになりながら、フリースタイル三日月は己の役目を果たしたとして眠りについた。