熱戦! ジャスティス白井の双奏天使 その3
「「選手交代だ!」」
黒雷とミカヅチ、双方が叫び手を伸ばした。
両者の距離は凡そ10m。互いに一度、翼を羽ばたかせれば届く距離ではあるのだが。
「なんだか知らんが、させるか!」
そんなふたりを見過ごすまいと、アームストロング五花がふたりの視線の間へと割って入り、黒雷へ銃口を向ける。
「さっさと落ちろ」
フリースタイル三日月もまた、突然の爆発のせいで離した引き金へと再度指をかけ、ダークギア・ソルジャー・ドラゴンの頭部を狙う。
このままでは、黒雷達が接触を果たす前に閃光が放たれ、ふたりは撃墜されてしまうだろう。彼らのライフルから放たれる赫の光線はそれほどまでの高火力。
だが、当然黒雷達とて無策ではないのだ。
「あ~~~れぇぇぇぇ~~~」
と、どことなく棒読みな声が空に響いた。
それは、突如として空中に現れたラミィ・エーミルの声。彼女は風にはためくスカートを押さえ、下に履いたドロワをチラ見せしながら、重力に逆らうことなく落下していく。
「イサドォ!!?」
思わずアームストロング五花が振り向くと、バーバリアンより放たれた赫い閃光と、その直線上へと落ちていくラミィ・エーミルの姿が目に映る。
どう見ても直撃コース。空でも飛べなければ避けようがないというタイミングで、彼女は無防備な姿を晒したまま赫い閃光を凝視していた。
◇
「……ッ! ええい!!」
それをアームストロング五花は見過ごす事などできはしない。
可愛い娘の為ならばと、己の権能を発動させて閃光とラミィ・エーミルの間へと瞬間移動する。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」
閃光が間近へと迫る中、アームストロング五花はラミィ・エーミルへと背を向けて閃光を睨み、己の得物たるライフルの引き金を引いた。
同じ赫い閃光とはいえ、出力は人間用と機械天使用では大きく違う。両者は激突後に同色の火花を散らし、そしてやはりバーバリアン側の出力に喰われてアームストロング五花の放った閃光は空へと消えた。
効果の程も定かではないが、多少は威力を減衰出来ただろうか。
「アームストロング五花様……!」
ラミィ・エーミルの悲痛な叫びが響く。しかし、
「大丈夫だ!」
アームストロング五花はその声に応えるように、己の翼を折りたたみ、自ら閃光の中へと飛び込んだ。
アームストロング五花の持つ機械天使を模倣したその翼。それは一定以下の熱量を反射させる能力を持っており、黒雷の放つ雷撃くらいならば簡単に弾いてしまえるほどだ。
その特性を活かし、閃光を割るように自らが前へと進み続ける事でラミィ・エーミルへの直撃を逸らそうという魂胆である。
「お前は絶対に……! 俺が守るからよ………!!」
アームストロング五花からすれば、ラミィ・エーミルは己の娘同然。いや、実際に自身の娘なのだと信じて疑わない。
そんな彼女が危険な目にあっているとなれば、どんな状況であれ助けに入らなければならない。それが父親というものなのだと、アームストロング五花は思う。
だから、
「……何やってるの、五花?」
と、フリースタイル三日月にそのような疑問を投げ付けられようと、こればかりは譲ることはできないのだ。
「ああああああああぁぁぁっっ!!」
赫の奔流に逆らうこと数秒。あまりにも長い決死の時を超えて今、アームストロング五花は閃光を引き裂き、生還した。
翼はかなり傷み、前髪が数本焼けた感覚がするが、それは生きている証拠だと己に言い聞かせる。
「や、やったぞイサド! さぁ、一緒に帰ろ……イ、サド……?」
アームストロング五花が喜び勇んで振り向いた先。そこには落下しながらも無事な姿のラミィ・エーミルがいる、そのはずだった。
「………こふっ」
しかし、そこにいたラミィ・エーミルの姿は想像とは違った。
弾かれた赫い閃光が当たったのか、彼女の腹には大きな穴が空いており、更には身体中にポツポツと斑点のように空洞が空いていて、腹の穴と同様に反対側の空の青が透けていた。
「あっ……! ああ………!」
アームストロング五花は何が起きているのか理解を拒みつつも、慌ててラミィ・エーミルへと近寄り、抱き上げる。しかし既に彼女は虫の息で、血の代わりに光の粒子が溢れ出るように穴から流れ落ちていた。
「う、嘘だろ……。そんな、イサド………!」
アームストロング五花は抱き上げたラミィ・エーミルを乱暴に揺するが、彼女の目が開くことは無い。むしろ状態を悪化させたかのように、粒子の溢れる量が増してく一方であった。
このままでは遠からず消滅してしまう。どうにかして助けてやりたいが、アームストロング五花にできる事は、ない。
「……五花、さま………」
己の死期を悟っているのかどうなのか。ラミィ・エーミルは既に透け始めているその手を震わせながら、何かを探すように中を漂わせる。
アームストロング五花が反射的にその手を掴むと、ラミィ・エーミルは安心したかのように緩い笑みを浮かべ、
「……実は、案外………。楽し、かった……ですよ。…………貴方との、家族、ごっこ………」
それだけを言い残して少女の形は崩れ落ち、粒子は風に煽られゆっくりと天へと登っていった。
残された男の慟哭が、粒子の飛び去った後の空へと木霊する。
◇
「という夢を見せているんですよぉ」
アームストロング五花の一連の流れを見終えた黒雷達は、共に横並びで愉快そうに笑っているラミィ・エーミルの声に「へぇ~」とだけ相槌を打った。
彼女が空へと溶けていくシーンは確かに見たが、それはラミィ・エーミルが作った分身体。本物のラミィ・エーミルは小さな光球となり、今も変わらず黒雷達と共にいるのだ。
感動的なシーンだったかもしれないが、茶番もいい所である。
でもそのおかげで黒雷達の準備も整ったので、道化を笑うべきかメイドのファインプレーを褒めるべきなのか、悩ましいところだ。
「まぁとにかくこれで、仕切り直しだ」
そう言って黒雷は、ダークギア・ソルジャー・ドラゴンの内部より機械天使を睨む。
──先の選手交代の宣言通り、黒雷は今、ダークギア・ソルジャー・ドラゴンのコックピット内部にいる。
ミカヅチとミソラのペアではエネルギー不足としてマトモに機能しなかったこの兵器も、黒雷とノアのペアであればフルスペックでの運用が可能。これならば、機械天使を相手にしても引けを取らないだろう。
逆にミカヅチは外へと追いやられたが、むしろ対人ならば筋肉の使い所だと、嬉々として柔軟体操を行っている。
これがおそらく適材適所。雷の精霊達による情報の交換も行われ、黒雷とミカヅチの脳裏には互いの戦闘記録が映像として焼き付いている。手っ取り早くて何よりだ。
“ラミィ。貴女はミソラのサポートをお願い”
「はぁい、かしこまりましたぁ~。よっと……」
“よろしくお願い致しますねぇ、セ・ン・パ・イ♪”
“……センパイって響き、なんかえっちぃよね………”
「「何言ってんだこいつ」」
とにかくこれで、ダークギア・ソルジャー・ドラゴンには正規のパイロットが収まり、雷瞳ミカヅチにはミソラとラミィ・エーミルの二体の精霊がサポートとして付いた。
これにて万全。
「さぁ、最終ラウンドといこうか」
装いを新たに、黒雷達は再びバーバリアンとアームストロング五花に対して突撃を敢行した。