熱戦! ジャスティス白井の双奏天使 その1
──合一邪竜 ダークギア・ソルジャー・ドラゴン。
それは元々、黒雷用に設計されていた外殻型の戦闘ツールだ。
常に何かしらの強敵との戦闘を強いられる運命にある黒雷に対し、カシワギ博士がどうにかして支援してやれないかと考えついた秘策中の秘策である。
デブリヘイム『マザー』を仮想敵として設計されたこのドラゴン型のギア達は、それぞれが高火力兵装を内蔵した決戦兵器であり、それをひとつに合体させる事で個人の裁量で自由に扱えるようにしよう、というのがコンセプトだ。
そして黒雷が扱えるのであれば、同型であるミカヅチが使えるのも当然、という理屈である。
しかし、
“うーわ、これ思ったより電力の消費エグいぃぃぃ……! ちょっと、ヤバいカモ!?”
「おまけに重いし動きづらいしパワーに振り回されるっ! とんだじゃじゃ馬……いやじゃじゃ竜だな!」
ふたりが弱音を漏らした通り、コイツは黒雷(inノア)が前提で作られたもの。つまりは負荷に耐えられる“気功”のチカラと大精霊の圧倒的発電量が大前提なのである。
『じゃから安全に使用できるのは、ドラゴン達の内部バッテリーも含めて7分が限界じゃ! それ以上は決して使わせんからな!』
カシワギ博士の声と同時、コックピット内のモニターにタイマーが表示される。既にカウントダウンを開始した後らしく、30秒ほど経過した事になっているが、読み違うよりはマシと思うべきだろうか。
《7分か。俺達が協力すりゃなんとか──ブレイク! ブレイク!》
《なにっ!? うわぁっ!!?》
ブラボー1から唐突な急旋回の指示に、ワンテンポ遅れたブラボー2の機体が八面体から発せられた光線のようなモノでなぎ払われた。
《おい、ブラボー2! 無事か!?》
《生きてるには生きてる! ……が、機体はもう飛べねぇ! 脱出する!》
幸いにも光線はブラボー2の右翼のみを焼き切り、コックピットは無事らしい。だが、もう戦闘の継続は不可能となり、パイロットは脱出を選択した。彼らもダークエルダー関連の人物であれば、緊急脱出装置でのワープ機能も実装されているだろう。
《悪いなワイバーン。僚機がこうなった以上俺も離脱せにゃならん。心苦しいが……》
「構わん。互いに生命が最優先だ」
ブラボー1もまた申し訳なさそうにしながら、ブラボー2の機体が爆散するのを見届けた後に本土へと機首を向ける。
チームでの行動が大前提な以上、帰投は当然の判断なのだから謝る必要などないというのに、律儀な人だ。
《……アンタが生きて帰ったら、俺達は札幌の『飛び跳ねる黒猫の円舞曲亭』にいるだろうから、そこでまた会おう。机にヘルメットを置いておくから分かりやすいはずだ》
「そうか。……なら、肩に小人を乗せた筋肉質な男の来店を楽しみに待つといい」
《ハハッ! やっぱアンタのこと、好きになれそうだ。また会おうブラザー!》
それがブラボーチームとの最後の通信となり、ミカヅチは少し寂しさを覚えながらも目の前の驚異へと視線を向ける。
「別れは済んだ?」
視線の先は、八面体にぽっかりと空いた大穴。その影から抜け出すように、巨大な人型の何かが身を乗り出す。
オープンチャンネルで話しかけてくるあたり、相手は相当自身の腕に自信があるのだろう。もしかしたらブラボー2への攻撃も、わざと翼だけを狙って破壊した可能性もある。
「ご親切にどうも。私の名は雷瞳ミカヅチ、このドラゴンの名はダークギア・ソルジャー・ドラゴンだ。貴公の名を聞いても?」
相手がオープンチャンネルを使うならと、ミカヅチも合わせて返答をする。
時間の無駄に思われるかもしれないが、後5分以内に倒せるか分からない相手ならば情報収集を優先するべきだ。まだ八面体の内部に黒雷がいる以上、最悪は彼に任せる事になってしまうのだから。
「名前……。俺はフリースタイル三日月。で、コイツが……なんだったかな……。確か能天使No,ⅩⅩⅩⅥだっけ……。拾い物だし今は俺のだから、バーバリアンって呼んでるけど」
そう言って現れたのは、全長12メートル程の人型機械。酷く無骨なフォルムをしているが、背に生えた双翼のスラスターと頭上に固定されたように浮く毒々しいまでに赫い天使の輪は確かに見て取れて、その様相は正しく天使と呼ぶに相応しいものだ。
ただ、右手に持ったメイスを肩に担ぎ、左手のライフルの銃口で床を擦るように扱っている時点で、確かにその仕草は野蛮人のようでもある。
矛盾しているようで、見事に同一の存在にソレらを詰め込んだ機械天使。それが八面体から現れた、新たなるミカヅチの敵であった。
「お前を殺して、次は中にいる黒いのかな。こっちも忙しいから、さっさとやらせてもらうよ」
フリースタイル三日月は億劫そうにそういうと、銃口をミカヅチに向け容赦なく引き金を引く。
それは先程、ブラボー2が撃墜されたのと同じ光線である毒々しい赫い光。それがダークギア・ソルジャー・ドラゴンの頭部を目指し、一直線に進行してくる。
「やるしかないか……。行くぞ、ミソラ!」
“合点でい!”
光線をギリギリで回避し、ダークギア・ソルジャー・ドラゴンは前へと行く。
残り数分でどれだけ戦えるか分からないが、挑まぬ理由はないのだ。
オルガノートの脅威の無くなった空の上。天使と竜の空戦が始まった。
◇
外で戦闘が始まったその頃、オルガノートの内部では。
「テメェに娘はっ! 絶っっっ対にやらん!!!」
「不可抗力だと何度も言っているだろう!?」
「ノリノリでメイド服なんぞ着せておいてまだ言うかクソ野郎!」
「ええい面倒な教育担当だな!?」
「俺はイサドのパパなんだよォ!!」
「そちらの主張の方がよほど面倒くさいわ馬鹿者め!!」
と、ラミィ・エーミルのご主人様()の権利を賭けた壮絶な戦闘が繰り広げられていた。
床・壁・天井は全てぶち抜いて移動する黒雷に対し、アームストロング五花は同じ穴を通る事で追跡をする。
その背には外で戦闘をしている機械天使にも似た翼を生やしているが、天使の輪はスイカを思わせる緑と黒の縞模様だ。能天使との関連性は不明だが、その権能は間違いなく人智を凌駕している。
「逃がすかァ!!」
「くそっ! またか!!?」
己の全速力で飛び回る黒雷だが、アームストロング五花から一瞬でも視線を外すと何故か彼が進行方向から現れるのだ。
そして、
「クアドラプル一本背負い投げ!!」
ふざけた技名と共に、黒雷は移動の速度そのままに投げ飛ばされ、二、三層ほどの床をぶち抜いて停止する。
これを先程から幾度となく繰り返していた。
「……くっそぉ………。何がどうなっているのだアレは……」
黒雷は軽い目眩を振り払うべく頭を振り、埋まっていた床を膂力のみで破砕しながらまた距離をとるべく飛翔を開始する。
勝てないから逃げているのではない。相手のギミックが分からないからとりあえず考える時間欲しさに一定の距離を保っているのだ。
「逃げんじゃねぇよ腰抜け!」
「逃げてなどおらんわ!」
「じゃあ早く死んどけ!」
「ぐほぁ!?」
何度も距離を取ろうとして、その度に黒雷はアームストロング五花に投げ飛ばされる。それは黒雷から近接攻撃を仕掛けた場合でも同じであり、遠距離攻撃はそもそも彼の翼が謎の理屈で跳ね返してくるので撃つだけ無駄。
割と万事休すなのである。
“盲点だったわね。まさか剛力に対して柔術を当ててくるなんて”
ノアの言う通り、アームストロング五花はその名前に似合わず、パワーではなくテクニックで黒雷を圧倒していた。
パンチ一発でビル一棟を軽々倒壊させられる黒雷のチカラを、彼は逸らして回す事で攻撃へと転ずるのだ。
黒雷が未だに対戦した事がなく、訓練の時ですら苦手な部類の敵であった。
「面倒、この上ない……!」
黒雷の武芸は所詮付け焼き刃。戦闘員としての訓練や睡眠学習を通して学んでいるとはいえ、長く修行を積んできた者に技量で勝つ事は難しい。
今回はその弱点を突かれた形となる。
「オラ、どうした寝取りマン。まだまだ俺の怒りは収まらねぇぞ」
特殊な形のライフルを肩に担ぎ、アームストロング五花はまだまだこれからだぞと黒雷を煽る。
その眼は怒りに燃えてはいるが、冷静さを失っているようには見えない。ジャスティス白井のメンバーとは思えないほどの強敵である。
「……さて、どうしたものか」
未だに解決策が思い浮かばぬ中、黒雷は他にどうする事もできずにとにかく翼を広げ、床を蹴った。
・アームストロング五花の権能
俺が上で、お前が下ァ!(見上げればそこに私がいる)
常に相手の頭上や正面を抑えることのできる瞬間移動能力。見られていない(観測されていない)状態であれば、瞬時に相手の視線の先へ移動が可能であり、また移動後に移動前の場所に戻る事も可能である(地点0から1へ移動し、1から2に移動した時などに1に戻れる。2から0には戻れない)。
また、機械天使を模倣したその翼は一定までの熱量の攻撃ならば反射できる。