対オルガノート戦線 その5
「……」
「………」
「よろしくお願いしますねぇ、ご主人様♡」
ピンク髪のロリ巨乳メイドこと、ラミィ・エーミル。
人工知能たるイサドから生まれし新たなる精霊、なのだが。
彼女の目の前にいるふたりは互いに指をさし合って、
「「犯人は“アナタ”だ(よ)!!」」
と宣言し、取っ組み合いを始めてしまっていた。
「どうするのよ、性格まで丸っきり貴方の趣味じゃない!」
「俺の趣味の範疇ではあるが、俺は名前を付けただけで何もしてねぇ! 俺は悪くねぇ!」
「名付けが重要って話はしたでしょうが! 貴方がその時に何かを思い浮かべているとそちらに引っ張られるのよ!」
「いや引っ張られるどころの話じゃないじゃん! 元々の自我はどこにいった!?」
「マルっと上書きされてるわよ! 私みたいに相当の強い感情や未練がないと、変質する時に下地としてしか機能しないの! それ以上の強いイメージが被さるとそれだけで下地が隠れてしまうから、できるだけ急かしてイメージを固めさせないようにしたのに!」
「先に言ってくれよそういうのは!」
「言っても理解できなくて結局こうなるのが目に見えてたからあえて言わなかったのよ!」
「それは! ……確かに!」
「早く謝って!」
「ごめんなさい!!」
「この子にも!」
「申し訳ございませんでした!」
「あ、いえ。別にもう、どうでもよいので……」
という茶番を挟み、とりあえず落ち着く一行。
聴取の結果、ラミィ・エーミルの中には『イサド』であった頃の知識こそ残っているものの、記憶として存在しているわけではないらしい。
人間で例えるならば、幼少期の漠然とした断片的な記録群。幼い頃こんな事を言っていてあんな遊びをしていましたよ、というのを人伝に聞いたような、そんな他人事みたいな感覚だそうだ。
「今の私は紆余曲折あれ、大精霊ノア様の下僕にございますよぉ。どうぞ、よしなに」
そう言ってラミィ・エーミルはスカートの端を摘み、一礼。なかなか堂に入った仕草だが、どこで習ったのかなどは詳しく聞かない方がよさそうだ。
人工知能がネットに接続して無差別に情報を獲得なんて行為をしない限り、誰かがそういう知識を与えたという話になるので。
本来は人間らしい作法などできはしないAIにそんな情報を吹き込むなぞ、余程の変態に違いない。
「旦那様、今後は私もノア様のお傍付きとなります。どうか、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致しますねぇ♡」
「……あっ、そうかウチの居候が増えるのか!」
なんだかよく展開が飲み込めないまま状況が推移してしまったが、ノアの専属メイドという事は今後は黒雷の家に住込みなるという事だ。
最初は一人暮らしだったのに、ノアやカレンがやって来て今度はラミィ・エーミルが加わる。しばらくはミソラもウチで暮らす事になるという話だったはずなので、ますます黒雷の肩身が狭くなってしまうだろう。
ハーレムなどとんでもない。唯我独尊ドS大精霊とダメ男に厳しい妹とドMと母性天使メイド(ノア様バンザイ)に囲まれてはいるが、よくよく見れば実妹と精霊三体という攻略ルートがひとつもない友情ルートのみの欠陥構造である。
いずれは食卓にすら混ぜてもらえなくなり、夜は一人寂しくコンビニ弁当か外で済ますような生活になるのだろう。
嗚呼、無情。戦いは数だよアニキ、とは誰の言葉であったか……。
「あの、旦那様……?」
「えっ、あっ、ごめん。よろしく……」
負の思考スパイラルに陥りそうになっていたが、先の事はまだ分からないのだと自分に言い聞かせ、黒雷はとりあえず腕を組みひとり頷く。
もしかしたらいい方向に転がる可能性もあるのだ。ダメだったらカシワギ博士に言ってもう一部屋借りればいいだけなのだし、問題はない。
こうやって他人任せで自分から溶け込む気がないところがモテない原因のひとつだと理解はしているが、オタクとして排斥されてきた者の末路なんて大体こんなもんである。
「さて、じゃあ話もまとまった事だし。ラミィ・エーミル……ああいや、もう長いからラミィって呼ぶわね。ラミィ、私の眷属として最初の仕事よ。内容は……もう分かっているわよね?」
「もちろんです、私のご主人様」
恭しく一礼したラミィ・エーミルは、その後にひとつ指を鳴らす。その瞬間に八面体が大きく縦に揺れ、照明が全て消えて非常灯へと切り替わった。
「この戦艦、オルガノートの制御は元々私の仕事でした。その最後の始末として……。この戦艦は乗員を全員脱出させた後、成層圏にて自爆致します」
その声は電流に乗り、戦艦の各所へと届けられ音声化される。同時に武装や運航システムのほとんどがダウンし、戦艦としての用を足さない八面体はゆっくりと上昇を開始した。
「さすが、私の眷属ね。褒めてあげるわ」
「有り難き幸せですぅ♡」
優秀な眷属が手に入ったのがよほど嬉しかったのか、ノアは満面の笑みでラミィ・エーミルの頭を撫で回す。
……そういえば、精霊とは肩乗り小人ほどのサイズで生まれるとばかり思っていたのだが、ラミィ・エーミルは何故か小人……というよりは人間の子供サイズで誕生している。
見た目が完全に成人女性である為、なんだかファンタジーのドワーフを想起してしまうが、何か理由があるのだろうか。
「……だから言ったでしょう。アナタのイメージにまるっっっきり引っ張られたのよ。本来の自然信仰から誕生する精霊はあのサイズのイメージ感を皆持っているけれど、今回はアナタ一人が観測者だから、全てがアナタのイメージに沿って事象が確定したのよ。おわかり、このロリコン?」
「冤罪だ!?」
黒雷の思考を読んだように、ノアがそう罵倒を飛ばす。
確かにゲームのヒロインはロリ巨乳メイドではあったが、だからといってイメージそのままが形になったわけではない。
何か他にも、キッカケというか要因があるはず……と、黒雷が周囲を見渡そうとしたその時だった。
「──イサドォォォ! 無事かァァァ!!」
高らかと声を張り上げ、黒雷の用意したバリケードを軽く吹き飛ばし。勢いそのまま空中で何回転もしながら華麗に着地をした男がひとり。
男はライフルらしき何かを構えて素早く辺りを見回すと、黒雷を一瞬睨んでノアに瞬きほど見蕩れ、そして視線がラミィ・エーミルへと向いたその瞬間。
「……イサド!!?」
と、驚きの声を上げた。
「だれ?」
「ご主人様、旦那様。こちらはこのオルガノートの艦長であるアームストロング五花です。同時に私の教育担当もしておりました」
ラミィ・エーミルの簡単な説明を聞いていたのかいないのか。
男……アームストロング五花は途端に般若のような形相で黒雷へと銃口を向け、
「テメェ、人の娘を拐かした挙句にロリ巨乳に改変し、あまつさえボディラインがギリギリ浮き出るくらいピッチピチのメイド服着せて旦那様呼ばわりさせて持ち帰る気満々たァどういう理屈だゴラァ!!!」
「状況判断があまりに的確過ぎる!?」
黒雷が待て、という間もなくアームストロング五花は黒雷へと突撃し、ノアと再度一体化した黒雷は仕方なく迎撃を開始する。
そんな状況を見て、ラミィ・エーミルは頬に手を当て一言。
「あらあらまぁまぁ」
とだけ呟いた。
ちなみに友情ルートはカゲトラと霧崎のふたりから選ぶ事ができ、隠しエンディングとして春日井夜一郎忠文か泉 星矢との師弟エンドへと到達できます。
だからどうしたと言われたら、それはまぁ……はい。