対オルガノート戦線 その4
【警告:今すぐその行為をやめめめめめめめめ】
「あら、ここがいいの?」
【■■や■■■なささささ■■いいいいい】
「ほほーう、ここね? あとここと……こぉこ♪」
【けけけけけけけ……だ、だめだったらっ!】
「ここを16連射とか?」
【ああっ! ……そ、そんなに乱暴しないでっ! 精密機器は丁寧に扱いなさいって習わな】
「うり、うりっ」
【あっそこっ! ダメ……ダメダメダメダメ!】
「ここの裏コードとかゆっくりなぞったり?」
【く、くぅ……!? な、なんなのこの初めての……ああっ!】
「ここで、フィニッシュ♪」
【ひっ……ひぃァァァァァァァァああああああああぁぁぁっ!!】
◇
拝啓、妹様。
ワタクシは今、一体何を見せつけられているのでしょうか。
先程からAIの嬌声が部屋中に鳴り響き、ノアがそれを楽しそうにいじめ倒している、というのが紛れもない現実ではあるのですが、ワタクシには何故そうなったのかはさっぱり理解できません。
AIだー! わーい! なんて言いながらノアがワタクシの下を離れ、主電源ケーブルの被覆を剥がして指を突っ込んだ途端にコレでございます。
AIにおかれましても、先程までのお堅い口調からだいぶ柔らかくなった様子ではありますが、なぜ電子頭脳なのに疲れきったかのように「ゼェ……ゼェ……」と息を切らした素振りをしているのでしょうか。
ワタクシには分からない事だらけでございますので、どうか解説をお願いしたく存じ上げます。
敬具
……などと、現実逃避は程々にするとして。
「端的に言うなれば、そうね。……私はこの子を精霊化して持ち帰ろうと思ってるのよ。だから人間の書いたプログラムに大量の加筆をして、更に私の一部をコピーして上書きしたのが、これ」
と、言うのがノアの思惑だったようだ。
彼女がお宝と称した以上、何かを勝手に持ち帰るのだろうとは思っていたのだが。
まさかAIを、しかもスパコン丸ごとではなく精霊化して中身だけ抜こうというのだから想像の斜め上を飛行していったレベルだ。
「で、今喘がせてた意味は?」
「調教と上下関係の構築と趣味と実益とプログラムの加筆の為だけれど?」
並び順も意味も何もかもおかしい気もするが、黒雷には終始意味不明だったので、もはやツッコむまい。
結果だけが真実である。
【……わ、私をどうするつもり………?】
AIのくせにやけに震えた声で問うてくる様が何だがおかしく思えるが、そりゃあ人工物が精霊なんていう常識の外の存在に目を付けられ、思想思考までガッツリと手を加えられたら恐怖も覚えようというもの。
黒雷が非常識慣れし過ぎているのかもしれない。
「貴女は私がいただくわ。そして私専属のメイドとしてこき使うのよ」
「……え、そういう話だったの!?」
精霊化して専属メイドとして雇うとかもはや理解が及ばないのだが、どんだけぶっ飛んだ思考回路をしているのだこの大精霊は。
【め、メイド……? ふふ、無理よ。私はジャスティス白井の開発した人工知能イサド。ここから動けるはずもなく、このオルガノートと運命を共にするのが使命なのだから】
AI……イサドは自嘲気味にそういうと、一切の抵抗をやめて己のコアらしい球状の巨大な物体を露出させた。
負けを認め、破壊されることでこの理解の及ばない状況から逃れたいらしいが、そうは問屋が卸さないとばかりに笑うのがノアなのだ。
「あら、手間が省けて助かるわ」
人工知能なりに嫌な予感がしたのだろうか。今しがた露出させたばかりのコアをまた分厚い装甲の中へと引き戻そうとしたが、時既に遅し。
存在そのものが雷であるノアは、正しく雷速で移動してコアを鷲掴むと、力技で閉じる装甲を破壊して再び引っ張り出してしまったのだ。
【い、いや……! 離してよっ! 助けて、誰か助けて!】
イサドは悲痛な叫び声を上げるも、アナウンス機能は初手でノアがデリートしてしまい艦内には届かず、この場にいるのはノアと黒雷だけだ。助けてくれる者は誰もいない。
現実は非情である。
「ツカサ、暇だったらこの子の名前を考えてくれるかしら? ジャスティス白井の『イサド』ではなく、新しい名前よ」
ノアはそう黒雷へと無茶ぶりをすると、己はコアの外殻を指でなぞりながらレーザー加工のように線を加えていく。
「まーた俺に名付けをさせようとするー。自分のメイドなんだから自分で名前を付けたらいいじゃないか」
黒雷としては、自身のネーミングセンスに欠片も自信はないのだ。せいぜい漫画やアニメからの引用が精一杯で、意味のある名前なぞ付けられたものではない。
だから今回こそは断りたかったのだが、
「ルミナストーンに選ばれたアナタが名前を付ける事にも意味があるのよ。何でもいいから早く考えて。どんな名前であれ、この子にとって幸いとなるのは間違いないのだから、ね」
と、やんわりと退路を塞いでこられては黒雷も断りづらい。
「とは言ってもなぁ……。……いや待て、ルミナストーンに選ばれたって何?」
「いーから、早く! 一分以内! 案を出さなきゃ電気椅子!」
「殺す気!? わ、分かったってちょっと待ちなよ……」
有無すら言わさぬ勢いに、黒雷は生じた疑問を後回しにせざるを得ない。彼女はやると言ったら絶対やるのだから、油断していると本当に電気椅子送りにされる。
「イサドだから、イーサ……。いや、ドーサ、ドーラ? うーん……」
どうにも元の名前を弄ろうにもいい物が思い付かない。おそらくこのAIの設定性別は女性っぽいのだから、可愛い名前にしてあげたくはなる。
「あと30秒」
「待て待て待て待って」
黒雷を焦らせてもいい案は浮かばないのだが、ノアにそんな事を言っても無駄だろう。ならば着眼点を変え、別の角度からなんとか捻り出すしかない。
「メイド……母性……天使? えっと八面体、は……。ラミ……ラーミィ……。ラミィ・エーミル?」
謎の連想ゲームの行き着いた果て。
余計なものから余計なものへ渡った気がしたが、黒雷にはこれが限界であった。
「何でメイドから母性が出て天使に行き着くのこの男……?」
これにはノアも呆れを通り越して愕然としているが、焦らせる方が悪いのだ。
あと直近でやってたゲームのせいでもある。
「まぁ、いいわ……。ラミィ・エーミルね? 天使の名前をモジっているのは個人的に気に食わないけれど、当て付けにはちょうど良いかしらね」
ノアはそう言って紋様を描いたコアを抱え、自身の周囲にも放電のみで構成された魔法陣を生成する。
それは以前、秩父山中でコッペルナが描いていた物と似ているが、流石に細部までは覚えていないので別物なのかもしれない。彼女はチョーク等を用いていたが、大精霊ともなると己の能力だけで作ってしまえるらしい。便利なものだ。
「詠唱省略、口上以下略、面倒事は全て私の御名の下で以上とする」
流石の大精霊様は詠唱など不要という事か、何かの全文を一瞬モニターに表示しては消す事でも成立するらしい。それだけなのに魔法陣はボンヤリとした光を帯び、一帯は重苦しい空気が立ち込み始める。
黒雷はただ、黙って見ている他はない。一応入口の警戒くらいはしているが、侵入してからさほど時が経ってないせいか静かなものだ。
「0と1の情報体よ、今こそ我が眷属となりて我に従え。汝こそが最新たる精霊となり、世界にその存在を示せ」
そこで、ノアは黒雷へと手のひらを差し向ける。誘うように、命じるように。
半分分かってはいたが、どうやら本当に名前を与える役目は黒雷が行うらしい。
「今こそ、汝に名を授けよう。汝の、名は──」
魔法陣の光は最高潮。つつがなく儀式は進んでいるようで、締めは黒雷の一言を待つのみ。
ならば、彼女の幸いとなる事を祈って、唱える。
「ラミィ・エーミル」
瞬間、眩い閃光が全てを包み込み。
「はぁい。盟約に従い、私はここに精霊として昇華致しましたぁ。ご主人様の専属メイド、ラミィ・エーミルでぇす♡」
先程までとはキャラの方向性を全く違えた、あざとい系の何かが誕生した。
おかしい……。今年中に作品を完結させたいのに物語があまりにも進まないまま半年経とうとしている……?