対オルガノート戦線 その1
「……結局誰で、何だったのこの人」
“私が知るわけないじゃない”
腹パン一発で倒れた少女を前に、黒雷は成り行きが分からず呆然としながら頭を搔いていた。
黒雷はこの少女に【ジョナンス】という謎の外国人? と間違われて襲われたのだが、身に覚えがないと何度叫んでも聞き入れてもらえず、仕方なく鎮めたのだ。
彼女のよく分からない攻撃があらゆる物をバターのように引き裂いていくので、ノアがさっさと止めないと全て台無しになるぞと脅してきたので仕方なく、という面もあるが、それはそれとして。
「説明してもよいのですが、聞くだけ無意味だと思いますよ?」
気絶した者をここに放置してもよいものかと悩んでいたところ、不意にそんな声が背後から響いた。
「うおっ!?」
“あーツカサ、待った待ったストップ”
敵地なのもあり、思わず裏拳を叩き込もうとした黒雷の腕を、同化したノアが無理やり止める。その拳の数ミリ先には、少し前に見知ったはずのローブ姿の人物が立っていた。
「……え゛、もしかしてモルガン、さん……?」
黒雷の疑問に答えるように、フードを降ろして素顔を見せてくれるモルガン。その顔は確かに、二時間ほど前に本州のダークエルダー支部にて見た顔にそっくりであった。
“信じられないでしょうけど、コイツなら国内の単独ワープくらい平気でやるだろうから、慣れなさい”
ノアのその言葉に、とりあえず納得の意を示す為に拳を下ろす。
咄嗟の勢いで全力で振ってしまった裏拳だが、当たらなくて本当に良かった。今の黒雷スーツ+飛竜鎧装の出力は未だに測りきれていないので、一般人相手なら余裕でスプラッタになる可能性もある。
「……あれ、そういえばなんでモルガンさんがここに?」
黒雷はホッと胸を撫で下ろしつつ、はてと疑問に思った事を口にする。
単独ワープの件はさておき、この謎の八面体戦艦に現れる理由が分からない。まさか単身で撃墜しに来たワケではないだろうし、黒雷に話があるならば通信で済むので、わざわざ危険を犯す理由はない。
「いやぁ、実は用があるのはコチラの子でして」
そう言って彼が指さしたのは、床に転がる少女。
少女は呻きながらも未だに目覚める様子はなく、苦悶の表情を浮かべたままお腹を抱えるようにして気絶している。
モルガンはそんな少女を見て「気絶しているならちょうどいいですね」と呟いて、軽い動作で少女を肩に引っ掛けるようにして担ぎ上げた。
少女が腹を圧迫されて苦しんでいるようだが、モルガンは気にした素振りすらない。
「まぁ、簡単に申しますと。この子は飛竜がやって来た世界の勇者のひとりなんですよ。捜索依頼が出ていた時にたまたま黒雷さんが交戦しているのを確認しましてね、こうして持ち帰る事にした次第です」
「はぁ……」
勇者だのなんだのはゲームみたいな話ではあるが、実際に地球上の生命体とは明らかに違うモノ達と戦ってきた黒雷としては、まぁそんな事もあるかくらいの感想である。
ヒーローやら悪の組織が実在する世界の住人がとやかく言うものじゃないし。
むしろ驚きなのはそんな異世界とも交流していると暗に公言しているモルガンの存在の方なのだが、聞いたって教えてはくれないのだろう。そんな感じの相手である。
「とにかく助かりました。後日何らかの御礼はさせていただきますので、今日のところはこの辺りで失礼させていただきます。お仕事、頑張ってください」
モルガンは丁寧な挨拶と共に深々と頭を下げ、そのままなんの予備動作も無く姿を消す。あまりに何もかも唐突過ぎて、本当に彼が今しがたこの場に居たのかすらも信じられなくなりそうだったが、少女の姿はソコにないしノアも“キザったらしい……”とボヤいているのだから、まぁ実際にあった出来事ではあるのだろう。
“ホラ、いつまでも呆けてないでさっさと進むわよ。早くしないとあの筋肉とミソラにこの戦艦が撃墜されるかもしれないんだから”
そうノアにドヤされつつ、黒雷は不思議な出会いだったと首を傾げつつ暗黒の中を進む。
少女の振るうポールアックスにより、至る所に亀裂が走った内壁。中には外まで丸見えになるような裂け目もあるが、それでもこの区画が崩落するような素振りはない。
頑丈な作りになっている事を感謝しつつ、黒雷は中心部へと向かって歩みを進める。
◇
一方その頃。オルガノートの外ではミカヅチがたったひとりで戦闘を繰り広げていた。
付かず離れずの距離を保ちつつ、目に付いた砲台を片っ端から破壊していくだけなので作業自体は難しい事はない。しかし相手があまりに巨大なのと、何を戦う事を想定したのか分からないほどの武装を装備しているのが問題だった。
「……ちっ、まったく面倒な角砂糖だな」
ミカヅチは砲台の陰から飛び出したトラバサミのようなロボットアームを間一髪で避け、心を落ち着けるべく距離をとる。
生き残った対空砲が相変わらず砲弾を浴びせてくるが、来ると分かっている攻撃であれば雷撃で撃ち落とせるので問題はない。
そう、問題なのは……。
“避雷針にウォーターカッター、耐電圧ネットにクレイモア……。まるでビックリ箱かおもちゃ箱ね”
ミソラの言う通り、このオルガノートからは様々な攻撃が飛び出すようになった。
元々は手を抜いていたというか、野生の飛竜相手に武装を出し渋っていた様だったが、今は違う。
あらゆる手段でミカヅチを撃ち落とそうと、より狡猾に、より陰湿な手段を取り始めたのだ。
手を替え品を替え、時には自壊すら躊躇わず攻撃してくるサマは、本当に人間が操作しているのかすら怪しく思えてくるほど。合理的で犠牲すら伴う判断を即座に下せるような、そんな何者か。
そんな奴がこの戦艦を自由自在に操れるのだとしたら、マトモにやり合って勝てる算段を付けるのはさぞ大変であろう。
現に今、ミカヅチに打てる手はほとんど打ち尽くした。
雷瞳ミカヅチは今回が初陣。黒雷と同スペックを目指して設計されてはいるものの、ベルトのコアに純粋なルミナストーンを使用していない分、どうしてもその分格落ちしてしまう。
具体的に言うなれば、遠距離攻撃の手段がほとんど雷撃に寄っているのだ。相手が避雷針を自由自在に出し入れしてくる都合上、雷撃は相性が悪く、かといって他のビーム系統では燃費的に見ても戦艦の撃墜まで保たないだろう。
一応アーミーΔ(デブリヘイムマザー討伐時に使っていた怪人スーツ)の装備を応用させてもらってはいるが、そちらは基本的に近代兵器がメインであり、どうしても戦車並かそれ以上の装甲を持つ相手には効果的ではない。
“万事休すってやつ?”
ミカヅチの思考を読み取ったのか、茶化したようにミソラが笑う。
「なんだ、悲観したくなったか?」
対するミカヅチもまた笑うように、弾んだ声で応えてやる。
そうだ、ふたりはまだ諦めてなどいない。
これからこの戦艦がどういう戦術を取ろうと、結局は中にいる黒雷とノアが何とかしてしまえる範疇だろう。ならば北海道は安泰であり、ミカヅチ達は足止めに務めるだけでも問題はないのだ。
だけど、
“意地があるのよね……!”
「意地があるんだよ……!」
人を、誰かを頼るばかりだなんて、プライドが許さない。
並び立つだけのチカラを貰って、それでも劣るだなんて許されない。
筋肉がまだ舞えると叫んでいるのに、心が折れてなんていられない。
だから、だから、だから……!
『──覚悟ある若者よ。今こそキミに真竜のチカラを授けよう』
言葉と共に、それはやって来た。
北海道の雄大なる大地から飛び立つ五つの光と、そして。
《こちらブラボー1。貴方を援護する》
《同じくブラボー2。この角砂糖を海に溶かしたら、札幌でビールでも奢らせてくれよワイバーン。いい店知ってるんだぜ》
ミカヅチの頭上の更に上。二機の戦闘機が蒼空を行く。
オルガノートなんて正式名称、敵対者は誰も知らないので。
だから浮遊戦艦だの八面体だの角砂糖だと言いたい放題しているけれど、多分表記ブレは酷い。