ジャスティス白井の本気 その4
黒雷とミカヅチは弾幕の中を飛び回っていた。
「ひゃっ……はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
対空砲火が八面体のあらゆる箇所から黒雷達に向け飛んでくる中、自身の操作権を相方の精霊に丸投げする形でふたりは飛ぶ。
そうする事で何が起こるのか?
それは簡単。いわゆるアクロバット飛行が主な回避手段となるのである。
急降下きりもみ回転はもちろん、急制動&カットターンなどは当たり前。一番調子に乗っていた時はふたり揃って雲を引き、空中にハートマークを描くほどであった。
そのおふざけが逆に敵陣のAIに大混乱をもたらす結果となっているのだが、黒雷達からすればたまったものではない。
ギリギリブラックアウト寸前で止まるくらいの優しさはあるものの、気絶してしまった方が楽とも思えるような地獄体験であるのは間違いない。
「の、ノア……。ごめん、これまだ続く? そろそろ吐きそ……」
「鍛え方が足りなかったのか……俺もギブ……うぇっ」
戦闘機では出来ない挙動を、怪人スーツを着用しているとはいえ訓練も受けていない一般人が体感しているのだ。耐えられるワケがない。
“もうちょっと遊びたかったけれど、残念ね”
“弾幕遊び、楽しかったなー! 昔ね、境界の向こう側に遊びに行った時もこんなのやってたんだよー? みんな元気かなー!”
対する精霊ふたりはどちらもお遊び感覚だったので、実は長くアクロバットしていた割には距離がほとんど縮まっていない。やろうと思えば真っ直ぐ飛行しながら電撃で至近弾を撃ち落とすだけでいいので、戦艦に搭載されたAI“イサド”の大混乱という結果さえ残していなければ全くの無駄行動だったのである。
そして、そろそろ真面目にやったろうかと思っていた辺りで、それは来た。
対空砲火の嵐が止み、代わりに50機ばかりのドローンが戦艦より射出されたのである。
「ほう、ついに本気を出したか?」
ミカヅチは嬉しそうに笑いながら首を鳴らす。対空砲火なんかよりも分かりやすい標的があった方が嬉しいという事だろうか。
しかし、黒雷はドローンを一瞥しただけでミカヅチに対し待機するよう指示を出す。彼は不満げな様子を見せるが、これにはきちんとしたワケがあるのだ。
「ノア、ひょっとしなくてもアレ全部奪えるよな?」
黒雷の問いかけに対し、ノアの答えは「当然」という簡単な返事。
見た限りでは50機全てが同型機の量産品。武装も飛行ユニットも簡素な作りをしている事から、コストをかけずに多量を運用したいという魂胆が見て取れる。
そうした場合、ひとつひとつに行動プログラムを書き込んだCPUを載せたりはしないだろう。戦艦から無線による操作を行えば、ラジコン規模で済んでしまうのだから。
そして無線ということは電波を用いるという事。その扱いに関して、プロフェッショナルというか電気の化身ともいうべき雷の精霊ふたりに及ぶ者はまずいないだろう。そして、
“3,2,1……ポカンっとね”
たったの数秒。たったそれだけの時間で、全てのドローンがこちら側へと寝返った。
黒雷達と向けられていた銃口が全て反転し、八面体へと向き直る。先程よりも統率の取れた動きをするドローン部隊の様は正に爽快。1ミリ秒のズレすらなく蠢く様子は、圧巻の一言である。
“うーん……”
しかし、奪い取った側であるノアは何かが気に入らない様子。
“なーんか、こんな玩具で遊ぶのも違う気がするのよねぇ”
銃火器装備のドローンを玩具呼ばわりし、唸るノア。数秒はうんうんと唸り続けた後、勝手に黒雷の腕を操作し、ビシリと八面体に向け人差し指を突き立てる。
“決めたわツカサ。あの中に突っ込みましょう”
あの中とはつまり、浮遊戦艦の中という事だろう。おそらくはジャスティス白井の面々が控えているはずの内部へと侵入しろと、そう仰っているのだ。
「……本気か?」
黒雷は思わず、己と一体化しているノアへと問いかける。
あまりに無謀……というほど恐ろしい相手ではないはずだが、戦艦の中とは未知の能力者がどれほど待機しているかも分からないパンドラの箱みたいなものだ。
今の状況から見るに、外側から武装を潰していって無力化した方が楽ではないかとすら思えるというのに、それでも中に入りたいと言うのだろうか。
“なんとなくだけど、あの中に私好みのお宝が眠っている気がするのよね。それを知らずに沈めたら、多分いつまでも気がかりになるわ”
ノアはそう告げて、しかし“判断はツカサに任せるわ”とも宣って黙り込む。
あくまでも命を賭けるのは黒雷である為、こちらの意見を尊重してくれるという事だろうか。
「……なら、まぁ。行ってみるか」
そこまで言われて臆するようなら、黒雷は今この場にいないのだ。
ノアの言うお宝というのがどのような物なのかも気になるし、内外からの同時攻撃の方が効率が良いのも確か。
「という訳で、ミカヅチは外から頼む」
“ドローンは10機だけ貰おうかしら。5機は手土産として博士に送って、残りは識別信号を出す盾として使うから”
「OK、任せろ!」
両者、不満も不服もなく。黒雷とミカヅチは互いの健闘を祈るように拳を打ち合わせ、ノアとミソラはその瞬間に静電気のような小さな火花を散らす事で意思疎通とした。
ならば後は、戦うのみだ。
「「いっくぜぇぇぇえええ!!」」
ふたりの男は絶叫し、翼を大きく、打ち付けるように動かして推力とする。
改めて、黒い二頭のワイバーンは小勢を連れながら、巨大な八面体へと侵攻する。
◇
「ワイバーン、ドローンを引き連れてこちらに向かってきます!」
「対空砲は!? この際主砲でもいい、迎撃できねぇのか!!」
「だ、ダメです! “イサド”がドローンの識別信号を味方として受け取っている間はロックされて撃てません! マニュアルに変更するにもあと90秒は……!」
「緊急防壁、いけます! 今の電力なら180秒は保てますが、やりますか!?」
「ああ、やれ! とにかく時間を稼いで対策練るぞ!」
「了解! 緊急防壁システム発動5秒前! ……3,2,1……起動!」
予想外の事態に慌ただしく動いていたオペレータールームの一同も、ようやく一息つけるとばかりに安堵の息が漏れる。
まさか自軍のドローンが一切の交戦もなく鹵獲されるなど予想だにしない出来事ではあったが、3分もあればそれなりの対策が打てる。
防壁を貼っている間はオルガノートからも攻撃できないが、それはワイバーンとて同様であろう。後は“イサド”を交えて協議を行えば、倒せない相手ではないはずだ。
そう、その場の誰もが思っていた。
バチィッという甲高い音と共に、片方のワイバーンが防壁へと張り付いた。ダークエルダーの簡易シールド技術を流用して出力を高めたソレは、触れた物を即座に灰にする程の強力な電磁障壁である。
いくらワイバーンとて、そんなモノに触れて無事で済むはずがない。
倒す手間が省けたかと、幾人かが笑みを零したが、すぐにそれは驚愕の表情へと変わっていった。
【警告:緊急防壁の出力低下】
“イサド”の警報が示すように、緊急防壁の出力が急に不安定となり、ワイバーンが触れた箇所から揺らぐようにして波打つ。
「ど、どうなってやがる!?」
慌てふためくアームストロング五花の問いに答えられる者はおらず。数秒の後に防壁はガラスの割れるような音と共に解除され、オルガノートは再び無防備な状態を晒す事となった。
「あっ……あーっ!!」
誰もがモニターに写ったワイバーンを憎々しげに睨む中、何かに気付いたライドー武本が一際大きな声を上げた。彼はモニターを指差し、
「こ、こいつワイバーンじゃないっすよ! 確かダークエルダーの資料を読んだ時にコイツいましたもんっ!! 名前は……確か………」
必死になって思い出そうとしているライドー武本を他所に、“イサド”は素早く類似箇所を照合し、ある一人の怪人を候補に上げる。
【照合一致:ダークエルダー所属 黒雷】
「そいつだーっ!」
ライドー武本が合点のいった表情でそう叫んだのと当時、オルガノートが大きく揺れた。
【艦内に侵入者あり】
“イサド”が艦内マップを表示して示すのは、艦体に空けられた風穴と侵入者の位置を表す光点。
そして、防壁が解除され無防備となった艦体を狙うもう一頭のワイバーン。
「……っ! 何侵入されてんだ、イサドォォォォォォ!!」
理不尽にも思える怒声が、オペレータールームへと響いた。




