ジャスティス白井の本気 その3
最初はシルフィ視点です。
「バカーっ!」
私は空に向けて叫ぶ。
急に兄……黒雷が空へと上がったと思ったら突然支部との通信が復旧したようで、空の異変に対し黒雷がどのような会話をするのかと気になって会話を盗み聞きしていたらコレである。
ジャスティス白井が浮遊戦艦を出してきて?
それを迎撃できる戦隊ロボットがこの場におらず?
じゃあ俺が倒しにいきます?
俺も着いてくぜ相棒?
ここまではまぁいい、分かる。
しかしその理由が漢の浪漫とはどういう理屈だ。本気で感心と心配をしていた私の感情を返して欲しい。
「えっ、なに? なにごと!?」
全く話に着いてこれず、困惑するしかないノームが何だなんだと騒ぎ立てているが、とりあえずステイするようにジェスチャーをして私は再度通信に耳をそばだてる。が、通信相手のカシワギ博士が椅子から転げ落ちたまま戻ってこないようなので、黒雷達は勝手に納得して通信を切り、戦艦へと向けて突撃する準備を始めてしまった。
「いやいやいやいや、何考えているんですか!?」
私は慌てて黒雷へと通信を繋ぎ、黒雷が出るや否やそう叫ぶ。
戦力差がどうとか、せめてどう戦おうとかの相談くらいしたらどうなのかとか一方的に捲し立てたが、既に男の子のワクワクを取り戻してしまった彼らには馬の耳に念仏だった。
『俺達は好きにやるから、とりあえず避難を頼む』
シンプルにそれだけ言って、通信を切ってしまったのである。
「……これで幹部とか、ウソでしょ………」
現場での最高位だという自覚すらなしに、とりあえずぶん殴れば解決すると思っているようだ。
聖色四天王の処遇やノームとの交渉、周囲の協力者らしき人物達との会合や避難の話し合い等、いくらでもやる事はあるのだ。せめて口頭だけでもその辺りの権限の譲渡を宣言して貰わないと後から揉めるのは間違いないというのに。
『……あー、シルフィ? こちら博士。とりあえず急場しのぎの対策委員会とか国が発足したんで、急務としてはとりあえず避難しておくれ。市街地のシェルターなら大火力を連続で数mmの誤差なくぶつけられん限り平気じゃから、市民に紛れて隠れとって構わん。あとの事はコチラで何とかしておくから……』
「あー、はい。了解しました」
もはや黒雷については語るまいとしたカシワギ博士の言葉で、ようやく私の行動が定まった。
まずは人目のないところで変身を解除し、バスにいる皆と合流。後はそのまま知らぬ存ぜぬを通せばいい。それだけなのだが……。
(さて、後はそれをどうやって達成させるかですねぇ……)
私のすぐ側には、未だに律儀にステイの指示を守っているブレイヴ・ノームこと土浦 楓がいる。
彼女に自分の正体を悟らせず、如何にして誤魔化すかが課題となっているのだ。
捕縛していた聖色四天王の方は今しがた筋肉輸送隊が現着したので、そちらに任せてしまって問題ないだろうから、あの八面体が攻撃を開始する前に済ませなくては……。
と、私がウンウン唸っている時だ。
砂を踏み締める音と共に、何者かがこちらへと歩み寄ってくる。
すわ敵襲かと身構えた先には、見覚えのある白衣に謎のマスクを被った長身の女性がひとり。
「………えーっと?」
「落ち着け。私はマスク・ザ・雪まつりウーマン。君達の敵じゃない」
どう見ても三國先生なのだが、マスクを被っているという事は正体を隠したいという事なのだろう。ならば深堀りするだけ野暮というものだと、昔兄が言っていた。
「はぁ……。ではそのマスク・ザ・雪まつりウーマンさんは何用でコチラに?」
隣に立ったノームが『え、その名前受け入れるの!?』みたいな驚愕の眼差しを向けているのが気になるが、とりあえず無視だ。
「何用も何もない」
マスク・ザ・雪まつりウーマンはやれやれと首を振り、
「大杉も土浦も千葉も帰ってこないからバスが避難できんのだ。お前ら早く変身解いて戻れ」
そう言い放った。
「おっ」
「ちょっ」
「Zzz……」
余りにも大雑把なカミングアウトについ慌ててしまった。幸いにもミチルはシールドの中で眠ってしまっていたが、私と、多分ノームにとってはそれでも大惨事である。
「なんだ、土浦は既に大杉がシルフィだって気が付いていたし、ノームの正体なんて熱海で披露済みだろう? 今更腹の探り合いなんてしている余裕なんてないんだから、さっさとぶっちゃけた方が楽じゃないか」
マスク・ザ・雪まつりウーマンは全く悪びれる様子はなく、暑苦しいと言わんばかりにマスクを脱ぎ捨てて三國先生としての顔へと戻る。それなら何の為に被って近付いてきたんだと叫んでやりたくもなるが、何だかその大雑把さが兄を彷彿とさせて、すっかりツッコむ気力がなくなってしまった。
「……いつから?」
「えっと。夏祭り辺り、から薄々は……。あ、でも確信を持ったのはついさっきだよ!」
ジト目で問いかければ、そう答えてくれるノーム。
それはつまり、今日の気取った口調が全くの無駄だったというワケで。悪堕ちだのなんだのもきっと、キツい茶番のようにも見えていたワケで。
「……もう、やだぁ」
私は泣きそうになりながら、そうポツリと呟いた。
◇
オルガノートの中は大混乱に陥っていた。
ワイバーン等という珍しい生物とて、人間の科学力の粋には敵わないだろうと侮って挑んだら、それが予想以上に手強かったのだから。
「対空砲火続けて! 近接信管なのに何故避けられるの!?」
「“イサド”に再度敵影の行動予測を要請……。ダメです、対応しきれません!!」
「あの機動は有り得ねぇだろっ! 生物学上……っ!!」
オペレーター達が大慌てで対処をしようとするが、ワイバーンは予想外の動きを連発し、翻弄する。
その実態が人+精霊の行き当たりばったりな回避だとは露にも思わない彼らは、戦艦に配備されているAIに間違った入力をし続ける為に、ずっと後手に回っているのだ。
自分達の信じるAIがワイバーンだと言ったのなら、それが正しいと思い込んでしまっているのである。
「なんだよ、案外当たんねぇじゃねぇか……!」
これには艦長たるアームストロング五花も落胆の溜息を漏らし、頭を抱える。
“イサド”の分析によれば、砲弾はワイバーンへと届く前に爆発してしまうらしく、それは何発撃っても同じとの事。また、ワイバーンの周囲に不自然な電撃が確認できることから、それによって爆破されているのだろうとも。
AIからは『警戒レベルを引き上げますか?』 と提案されているが、驚異と感じるなら自動で引き上げて欲しい。
「もういい、対空砲火やめ! 今すぐドローンを展開しろ!」
今はもう切り替えるしかないのだと自身に言い聞かせ、アームストロング五花は狼狽えるオペレーター達に向かって指示を飛ばす。
本来は地上に残ったヒーローや怪人達を掃討する為に用意した武装ドローンだが、数で押せばワイバーンだろうと倒せるはず、そう信じて。
ワンマガジン120発のガトリング砲が二門と無誘導爆弾が二本搭載された火力特化のドローンだ。古い装甲車くらいなら単機で落とせるだけのパワーがある。
それを50機も同時運用するのだ。潰せない相手などいるはずがない。
──ない、ハズだったのに。
「………発進したドローン全機、“イサド”からの信号を受け付けません。……全機、反転。操作権をっ! 奪われましたっ!!」
オペレーターの吐き捨てるような声が響く。
敵とは、『ワイバーン』などという記号ではなく。
『絶望』という概念の体現者なのだと思い知ったのは、この時だったのかもしれない。