ジャスティス白井の本気 その1
『なぜ殺さなかった』
それが、目を覚ました彼らの第一声であった。
動物園の中で別れた3つの戦場全てで決着がつき、現在その敗者たちが後ろ手に縛られ一箇所に集められている状況である。
「そんな余力残ってないし……」
「あのベーゴマ、実はただの爆弾じゃなくて麻痺毒付きのスタングレネードなんですよね。なので殺傷力はないんですよ」
「貴方は強かったからな、殺すには惜しい」
それが勝者側の、ノーム・シルフィ・黒雷の言い分である。
それに、と黒雷は付け足し、
「私の任務は彼女達の援護とジャスティス白井の迎撃。貴方達を倒しこそすれ、殺す理由はない」
そう言い切った。
実際は悪の組織同士の付き合いやら軋轢やらがあって、ダークエルダーの幹部となった黒雷が地方とはいえ他所様の四天王なんて重鎮を殺してしまったら大問題となってしまうからである。
全国のヒーローと対立しているのに、わざわざ中立的な立場の悪の組織まで敵に回す必要はない、というかやめてくれとのお達しであった。
……まぁ、重鎮以外の怪人達は現在進行形でミカヅチの手によって爆散しているのだが、そこは後の交渉で何とかするらしい。
元々ダークエルダーに反旗を翻した怪人達なので、ぶっ飛ばそうが問題はなさそうなのだが。まぁ黒雷は政治には疎いので、その辺は組織としての命令を守る他ない。
「……せっかく得た死地だというに、難儀なもんじゃ」
群青はただただ残念そうな表情を浮かべ、顔を伏せる。
彼らにどんな事情があったのか、黒雷には分からないが。今回の場合は生き残ったのは儲けと考えて前を向いてもらう他ないだろう。
この後にだってどんな騒乱が待っているか分からないのがこの世界である。
いずれまた、彼らが死地と定める戦場も見つかる事を祈るしかない。
◇
動物園での死闘は一旦落ち着いて。縛り上げた聖色四天王達を誰に引き渡そうか、またこれからシルフィ達はどう動くべきかを議論していたところ、物陰からガサリと音がして男がひとり這い出てきた。
それは先程、ミチルを人質に取ってシルフィ達を脅していた男。黒雷にぶん投げられ、ソニックブームレベルの衝撃波を喰らって吹き飛んだばすの者。
彼は警戒すらしない黒雷達を指差しつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「……やってくれたな、貴様ら………」
彼の見た目はボロボロであり、武器もない生身の状態だ。だのにその目には未だに敵意と戦意が宿り、黒雷達を憎々しげに睨んでいる。
「なんだ貴様。まだ何かする気なのかね?」
黒雷からすれば彼はジャスティス白井の一員とはいえ生身の一般人。次に殴ったら死んでしまいそうな状態で立ってほしくはない。
妹の友達を人質に取り、あれやこれやを目論んだ憎い人間とはいえ、殺したくは無いのだから。
しかし、黒雷の思案も関係なく男はフラフラと揺れながら今度は空を指差し、言う。
「……貴様らがどれだけ暴れようと、どれだけ怪人を倒そうと……。全ては無意味なのだ」
男は笑う。引き攣ってはいるが、満面の笑みで。
「今ここにぃ……! 作戦開始の時間が訪れたァァァァ! 刮目し、震え、恐怖せよ! 我らジャスティス白井のぉ………! 白き正義の世界の為にぃぃぃぃぃ!!!」
糸が切れたように崩れ落ちる男の背後、日本海側の空が割れた。
「……な、なんだ………?」
突然の天変地異かと身構える黒雷達を他所に、空の裂け目はどんどんと広がってゆく。
黒雷は異常事態に対応するべくすぐに翼を広げ、空へと上がった。
空の割れは縦に一筋、そこから菱形に広がっていくものに見える。
……否、空が割れたのではない。突如空中に何かが現れようとしているのだと、黒雷は気付いた。
『………ガガッ………聞こ……か! 黒雷、聞こえるか!?』
それと同時に、通信機から幼い少女の焦ったような音声が入る。
どういう訳か、ジャミングが解除されたらしい。
ジャミングの発生装置が壊れたのか、はたまた空が裂けた影響なのか、それは分からないが、今は好都合だ。
「博士、博士聞こえますか!? こちら、何か巨大なモノが現れようとしているんですが!?」
黒雷は応答するように通信機に向かって叫ぶ。
カシワギ博士ならきっと、何か知っている筈だと信じて。
『……やっ……通じたか!』
黒雷の声を聞き、嬉しそうな声を発するカシワギ博士。
『大変じゃ黒雷。奴らの真の狙いは怪人達との共同戦線によるダークエルダーの襲撃ではなかったんじゃ!』
博士の焦ったような声の後、ずっと通信機に向けて叫んでいたからか咳き込んだような声が入り、数秒の間が空く。そして、
『奴らの真の目的は巨大浮遊戦艦10隻によるヒーローと怪人の殲滅。他の悪の組織と手を組んだのは、怪人とヒーローを引っ張り出す為にすぎんかったんじゃ……』
その通信と共に、ソレが完全な姿で現れた。
おそらくは光学迷彩を使用し、その場にありながらもずっと姿を隠していた物。それは全方位に砲塔を配備した、あまりにも常軌を逸した巨大建造物。
戦艦というよりは要塞と呼ぶ方が相応しいような八面体が、海面スレスレの位置で浮かんでいた。
「パターン……青………!」
黒雷はとりあえず言ってみたかったセリフを言って、その様を見届ける。
今黒雷のいる場所は海岸線から離れているにも関わらず、その姿を視認できるということは相当な大きさなのだろう。
これが彼らの……ジャスティス白井の本当の切札なのだとしたら。なるほど確かに、ダークエルダーに喧嘩をふっかけるだけはある。
あんなものを10隻も用意するだけの資源や財源がどこにあったのかは不明だが、そこはお偉いさんが後から調査してくれる事だろう。
今は目先の問題だ。
「……どうすりゃいいんだろうなぁ………」
目の前にあるのは一隻のみ。ならば他の艦隊は全国に散っているのだろう。目標が各地のヒーローと悪の組織ならば、分散させて同時攻撃を行うのが定石だ。
流石にヒーロー達も黙ってやられるワケはないはずなので、戦隊ヒーロー達が合体ロボットを出撃させて迎撃するはずだが。
「……博士、状況はどうなっています?」
『………聞きたい?』
「できれば?」
『後悔することになったとしても?』
「そのセリフの時点で何となく察しましたけど、一応聞きます」
『まぁ、そうじゃよね。ちょうど分析も終わったから、それを含めて報告するわい』
カシワギ博士は咳払いをひとつ。
『えーっと……。10隻の巨大浮遊戦艦の内、8隻にはヒーローが対応に向かったようじゃ。そして一隻はなんか最強さんの機嫌が悪かったようで即座にぶち壊された。そして最後の一隻が……』
博士が言いづらそうに口を噤むが、逆にそれが答えのようなもの。
「やっぱりこの目の前の一隻、だれも止められないんですね」
黒雷は薄らと感じていた予感を口にする。
元々北海道にはロボを所持しているヒーローが少なかった。試される大地では、本州よりもロボットや設備の維持費が割高になってしまうからと言われていたが、既存のご当地ヒーローが強く、カバー範囲が広いことで新しいヒーローが生まれなかった事も原因に挙げられると黒雷は思っている。
『そう、北海道のヒーローは今、重要設備の防衛ともう一隻の戦艦に集中しておる。今すぐにそちらの戦艦に向かえる者は……いない』
あまりにも絶望的な通知。
時間が経てば参戦する者もいるだろうが、それまではあの戦艦が野放しになるというのだ。
そうなったら、町はどうなる?
奴らの目的はヒーローと怪人の殲滅。ならば戦場となった場所は把握されているだろう。真っ先に狙われるとしたら多分、ココだ。
奴らは奴らの正義のためなら犠牲は厭わないだろう。そういう連中なのは今までの交戦で十分理解している。
町中に逃げ込んだら、町ごと吹き飛ばすに決まっている。
「ねぇ、ツカサ。考え込む必要ある?」
ごちゃごちゃと思考を回している時にノアの声が割って入った。
その声は不安そうにしている、というよりは、若干楽しそうなニュアンスが含まれているもの。
「………ああ、そうだよな。言い訳考えたってしょうがないもんな」
黒雷は己に言い聞かせるように、小さくそう呟く。
そして、黒い鎧に包まれた己の手の平を見つめ、握り締め。
「……博士、俺達がアレを破壊します」
そう宣言した。