雷竜降臨 その6
群青の分身とはつまり、質量を持たぬ残像のような物だった。
或いは雲のように、目には見えるけれど掴みどころの無い物と表現すればよいか。
彼の姿は今現在64体もの数に増えているが、それぞれには実体がなく、黒雷がいくら殴ろうが蹴ろうが切り裂こうが、その全てが空を切るばかりなのだ。
かといってそれらがコケ脅しかと問われればそうではなく、彼らの握るそれぞれの得物は当たれば痛いし傷もつく。
なんとも面妖な術である。
「まぁ、タネも仕掛けもあって然るべきではあるけども」
黒雷は慌てることもなく、まずは大槍を持つ分身を探して彼の得物を蹴り上げた。
武器にはきちんと当たり判定が存在しているようなので、黒雷は大槍を空中で奪い取り、分身を見やる。
これで分身の一体は消えたかと思いきや、その分身は今度は火筒を取り出し、黒雷へと砲口を向けて構えた。
味方の損害を気にせず密集地に向けて放てる範囲攻撃は厄介なので、奪った大槍で火筒を叩き切ると、今度は火弓へと持ち替えている。
「……どうやら、手持ちの武器を使い切るまで終わらんらしいな」
64種の武器だけでも厄介だったのに、それを越えてもまだ先があるらしい。あの細身にどれだけの武器を所持しているのかは分からないが、そう簡単に在庫は尽きない可能性もある。
“それか本体を探して叩きのめすか、じゃないかしら。私はもう見つけたけれど、教えて欲しい?”
そうノアが内側から囁いてくれるが、黒雷は首を横に振ってノーと伝える。
せっかく出してくれた本気なのだ。攻略が大変だからと安直な手段に逃げていては、彼の覚悟と強化された黒雷スーツが無駄となってしまう。
「とことん付き合わせてもらうぞ!」
黒雷は改めて大槍を振り回し、敵陣へと突っ込んだ。
◇
それからどれほど戦っただろうか。
破壊した武器の数が百を越してもなお分身達は健在で、一向に種類が被る気配がない。
しかも破壊する度にノアが武器の情報を耳打ちしてくれるので、既に最初の方は何を壊したのか覚えていない。脳みそにはトゥハンドソードやエクスキューショナーソードや連弩の由来や豆知識などが詰め込まれてしまった。
破壊した武器の中には近年では珍しいものもあったようで、黒雷の心中は罪悪感でいっぱいである。
博物館に展示できるレベルの物は壊す前に言って欲しかった。
『お主はようやっておる。そろそろ諦めたらどうじゃね?』
今まで一言も話さなかった分身達がようやく口を開いたが、全員揃って一言一句同じ言葉を話すので妙な圧迫感が黒雷を襲う。
『ワシの武器ではお主を傷付けられんかったが、お主もワシを見付けられんじゃろう。このままでは日暮れまでに決着が付かんぞ』
……本体を特定させない為なのだろうが、全方位を囲って一斉に口を開かれると威圧感があって怖い。全て同じ顔に囲まれているというだけでも怖いのに、サラウンドで喋られるとホラー映画のワンシーンみたいだ。
「……そうだな。流石に無理そうだ」
黒雷も気が済むまで暴れられたので、今のところは負けを認めよう。自力での攻略はできそうにない。
なので、ここは頼れるパートナーにお願いしよう。
「頼む、ノア」
“まっかせて~”
軽い返事と共に黒雷が手に持っていた大槍が浮き、数秒間ふわふわと空中を漂う。ある程度の高さまで上がった大槍は不意にピタリと方角を定め、飛んだ。
幾人かの分身を貫いても止まる様子のない大槍は、途中で弧を描くように曲がりながら何かを目指している。
黒雷が見ても何も無い空間のようだが、大槍は脇目も振らず飛翔し続け、
「くっ、流石に大精霊の眼は誤魔化せんかったか!」
不意に、何も無かったはずの場所に群青が姿を現し、大槍を弾いた。
「おおっ、なるほど。分身と透明化の二重カモフラージュだったのか」
先入観と彼の気迫にまんまと騙されていた黒雷は、ようやく合点がいったように手をポンと叩く。あれだけ怒声を発しておいて本人は透明化し隠れていたなんて、流石に想像もつかなかった。
面倒くさがって範囲攻撃でまとめて焼いてしまえば即座に見破れたのだろうが、今回のように単体攻撃のみで対処しようとしていればまず破れない技だったであろう。
疲労させた後は不意打ちでも何でもござれ。多種多様な武器による囲い込みも相まって、必殺技と呼ぶに相応しい陣形であった。
“ま、それも視界以外で知覚できる相手には効果が薄かったようだけれどもねぇ”
ノアは初めから気付いていたのだろう。黒雷が本体の居場所を聞くのを断ったとはいえ、ずっと分身相手に一人相撲している時には内心で笑っていたに違いあるまい。
「……ま、いい。とにかく先程の技は破ったのだ。次は何を見せてくれる?」
四天王とまで呼ばれる者がこの程度で終わりのはずがないだろうと、黒雷は仮面の下で不敵に微笑む。
その様子を見て群青は溜息を零し、
「……全く。本気を出させることすら叶わぬ上に強請られるばかりとは。嗚呼、口惜しや。せめてこの身があと数年若ければ……」
そう無念を吐露した後、不意に飛び退いて距離を取った。
「なればこの老いぼれに残された最後の奥義、それをとくと御覧あれい!!」
そう言うやいなや、彼は己の胸をはだけさせ、ソコに埋め込まれた赤い球体を露出させる。
そして周囲に響く甲高い音。おそらくはエネルギーのチャージ音であろうそれは、球体へと光を凝縮させている。
「ほう、奥義か! ならば我も相応の技をもって相手をしよう!」
それを見た黒雷は止めることも可能だというのに、真正面から打ち破る事を選んだ。
相手を過小評価している訳ではない。本気に対して本気で挑む選択を選んだだけだ。
「とうっ!」
短い一言と共に、黒雷は跳んだ。
飛竜の翼を己に生やした黒雷は、高く高く飛び上がり、遂には北海道全域を見渡せるような高さまで至ると、数秒間辺りを見回し、笑う。
「……ははっ、とんでもねぇや」
それは己の相方にしか聞かせぬ言葉。それを聞いたノアは特にコメントをせず、上機嫌に何かしらの歌を口ずさむだけであったが。
「よしっ、行くか!」
覚悟を決めた黒雷は一息、今度は昇った高度を降りていく。
景色を眺める暇もなく、ぐんぐんと迫る地上を見ながら恐怖に竦む身をどうにか抑える。
重力を利用し加速を加える黒雷は頭部を下に向けていた姿勢から一転、蹴りの姿勢へと変え、
「ひぃぃぃっさぁぁああーつ!!」
そう叫んだと同時、両翼はブースターへと可変し、尻尾は蹴り足へと巻き付いて追加装甲へと変形する。
これがデブリヘイム合金と、その構成を自在に変化させる事のできる精霊の合わせ技。竜の身を最適の型へと変える事で様々な状況に対応できるのがコンセプトとされる、《飛竜鎧装》の真骨頂。
「喰らえぇい!」
群青の球体から発射された光線を真正面から受けて立つ技。
黒雷の、ツカサの憧れである特撮ヒーローの技を盛大にパクっ……リスペクトした、その蹴り技。
「ライジング・スマッシュ・インパクトォォォォォ!!」
ふたりの技がぶつかり合い、光が散った。