雷竜降臨 その4
黒雷と群青は、共に高笑いを続けながら戦場を右へ左へと飛び回る。
その移動の速さは目で追えない程ではないが、手数となるともはや無数とかしか言い切れず、工事現場を思わせるほど絶え間ない金属音が響き渡っている。
その場から動けない動物達に多大なストレスを与え続けてしまっているが、これは仕方ない。可哀想だが、必要な犠牲だ。
時折、まだ園内に残っていた怪人や置きっぱなしのセントリーガン等を誤って曳き潰してしまう事もあるが、これはご愛嬌と言うやつだろう。
今のふたりならば口を揃えて「そこにあった(いた)方が悪い」と言い切るし、目撃者がいなければそれは全て敗者の責任となる。
ふたりの知った事ではない。
「いいんじゃよ、もっと本気を出してくれても! でないと手加減されているようで気になってしまう!」
「そうか! だが今はこれが私の本気だ! もっともっとと求めるならばそちらが先にギアを上げるといい!」
偃月刀を手に大爪を捌きながら懇願する群青に対し、黒雷はやや辛辣な物言いで断りを入れる。
動物園の中を所狭しと駆け巡りながらも、黒雷は決して空を飛ぼうとはしないし、遠距離攻撃を使用したりもしていない。それは翼の不調だとかそういう尤もらしい理由ではなく、単なる気分によるものだ。
それが群青には気に食わないのだが、黒雷からすればそこまでの本気を出させたければもっと死力を尽くせと、そういう物言いとなる。
それに機能を制限していても渡り合えているので、尚更使う必要がないと黒雷は思っているし、今の空はシルフィの戦場なので立ち入りたくないという話でもある。
そうやって、わざわざ自分の土俵で戦ってもらっている時点で群青のプライドに傷が付いているのだが、黒雷はそれに気付けない。
群青がやや本気を出して挑んでいるのに対し、黒雷は相手がまだ小手調べの段階なのだと勘違いしているからこその落差である。
だがしかし、いつまでも小手調べのまま戦っていても性能テストにならないのは黒雷とて分かっている。
相手に本気を出して欲しければ、こちらもまた本気を見せねばならないということを。
ならば、
「ならば見せつけようか! 私の圧倒的な性能とやらを!」
わざわざ群青の目の前で堂々とした宣言をカマした黒雷は、ぐっと膝を折り曲げ前傾姿勢となり、そして。
「──ッ!!」
全身に伸びた金色のラインを“気功”の発露によって赤へと染め、先程までより大体三倍程の速度をもって群青へと迫った。
「なっ……!?」
なにを、と言い切る隙すら無く、群青の身体はいつの間にか宙を舞う。
誰かがその場に立ち会っていたら見えただろうか。黒雷がわざわざ無駄なステップを踏んで群青の背後へと回り、一本背負いの要領で空高くへと投げ飛ばしたシーンを。
突進の勢いのまま大爪を向けていれば、そのまま刺し殺せていたであろう機会をわざわざ不意にした瞬間を。
空高くへと打ち上げられ、数秒間の思考の後に状況を理解した群青は、
「……...舐めているな小童がっ!!」
先程まで浮かべていた笑みは消え、変わりに怒気がその表情を埋め尽くす。
遊ばれている、舐められていると取れるその行為が、群青の怒りに火をつけた。
「そんなに死に急ぎたくば見せてやる! 我が全身全霊の奥義をな!!」
その瞬間、群青は増えた。
具体的に言うなれば、一瞬で64体へと分身したのである。しかもそれぞれ手に持つ得物は全て別種の武器という拘りようだ。
「そう来なくてはな」
ようやく四天王として恐れられる彼の本気を見られる段階となり、黒雷はやっと小手調べは終わったのかと嬉しそうに笑みを浮かべる。
さぁ仕切り直しだとばかりに、黒雷は改めて構えを取った。
◇
空の激戦は続く。
風の弾丸と扇子がぶつかり甲高い音を立てるも、それは地上の騒音に比べれば些細なもの。
白亜麻姉妹の猛攻を退けつつも、シルフィの思考は別のものへと割かれている。
(……兄さん、楽しそうだなぁ)
シルフィは兄の戦う姿を何度か目にした事はあるが、黒雷としての彼と同じ戦場に立ったのは今回が初めて。しかも記録にある黒雷としての姿よりも更に禍々しく強化された鎧を身に付けた彼は、普段よりも生き生きとしているようにも見える。
いつの間にか幹部へと出世していたり、突然指輪を投げて寄越したり、相棒と呼ぶもう一人の飛竜の存在だったりと色々ツッコミたい情報は多々あれど。
「「ちょっと、余所見している余裕があるなら本気でかかってきなさいよ!」」
今は彼女達の相手が先決だ。
返事の代わりにシルフィはベーゴマをひと握り、彼女達へと向けて投げつけると、
「早速使わせてもらいますよ!」
シルフィは首に掛けたガーネットの指輪へと軽く触れ、指を走らす。
その指の軌跡をなぞるように小さな火花が追随し、ばら撒かれたベーゴマへと着火した。
大量の炸裂音と共に、シルフィと白亜麻姉妹の間に黒煙の壁が生成される。
簡単な目くらましだ。対して時間は稼げないだろうが、今はこれで十分。
「んっ……!」
シルフィは全身にむず痒いような感覚を得ながら、指輪を抱き込むようにして身を捩る。
彼女が手にした指輪はオパールとガーネット。それぞれが風と火の属性を司る宝石で、天翔る天竜寺という人物が切り札として扱っていた代物だ。
それには当然のように属性のチカラが込められており、ブレイヴ・エレメンツ達のように精霊から直接チカラを借り受けている戦士にはその効果がモロに反映される。
「んん……。~~~~っ! あっ……はあ………」
身悶えしてしまうような、身体の奥底に熱いモノを流し込まれたような感覚。その余韻は黒煙が晴れるまで続いたが、その成果は見違える程だ。
「「……あら、ちょっと変わったわね?」」
黒煙が晴れた後の姉妹の第一声。それが示すように、シルフィの衣装の一部に変化が訪れていた。
袖とスカート部に焔のような紋様が走り、丸みを帯びていたハズの羽の先端が炎を宿したように揺らめく陽炎へと変わっていたのだ。
これこそが、大精霊と契約していないシルフィの新境地。
二属性を操る精霊戦士の晴れ姿。
「大変お待たせしました。……続きを、始めましょう?」
風と焔をその身に纏い、少女は再び蒼穹を駆けた。
◇
ノームは先程受け取った指輪を握り込む。
ルビーとアクアマリンが埋め込まれたその指輪が司る属性は地と水。星を構成する二大要素とも言うべきその属性が今、ノームの手の内にある。
「……ふふっ」
思わず零れた笑みに対して茜蜘蛛は訝しげな目を向けてくるが、言葉を交わす気はないようで。代わりに蜘蛛の糸を思わせるような、空を裂く剣閃が何条もノームを襲った。
体捌きだけでは避けきれないそれを、ノームは盛り上げたコンクリの壁を盾にする事で防御。その壁は一瞬にして切り刻まれ再び剣閃が飛来するが、ノームだってやられっぱなしではいられない。
「魅せてあげるよ真骨頂!」
ノームがそう宣言し両の拳で地面を叩いたその瞬間、地鳴りと共に大地が割れ。
「肥沃なる北海の大地よ! 今こそ生命を育め!」
幾本もの大樹がそびえ立ち、その場に森が成立した。
「……最近のヒーローってのは、皆バケモン揃いかい……?」
茜蜘蛛が驚くのも無理はない。
これは正しくイレギュラー。元来持ち得る事の無い特異な事象の成れの果て。
「──さぁ、ここは今よりボクのホームだ」
木陰に隠れ、姿をくらましながら。
大地の勇者の反撃が始まる。




