雷竜降臨 その3
黒雷が降り立った戦場は、驚くほど静かであった。
名乗りを上げたというのに、聖色四天王達は静かに黒雷を見つめるばかりで動く気配もなく、響くのは少女が凸凹した地面をヨタヨタと走る音のみだ。
「………まさか、滑ったのか?」
誰にも聞こえないくらいに小さく、そう黒雷は呟いた。
まさか音に聞く聖色四天王が、自分のような若輩者に恐れ慄いているとは微塵も考えていないのである。
「さぁて、ねぇ。とりあえず殴り掛かってみればいいんじゃない?」
唯一その声を聞いたノアすら、適当な返事を返すのみ。
ノアとしては早くケリをつけて北海道の珍味を満喫したいのだ。新鮮なウニやイクラを楽しむ為ならば、普段以上の本気を出す所存である。
「待ってにい……黒雷さん。私も戦うわ」
「ぼ、ボクもまだ戦えるよ!」
そんな声と共に黒雷と並び立つシルフィとノーム。彼女達はミチルがきちんとシールドの中に隠れるのを見届けた後、負けっぱなしではいられないと奮起したのだ。
戦士として、ヒーローとして。例え彼らに非は無くとも、友を人質に取られた怒りは煮えたぎっている。
「ふっ、そうか……」
その気持ちが分かる黒雷に彼女らを止める理由はない。
なので、
「だ、そうだ相棒。悪いが周囲の掃討を頼めるか」
そう黒雷は空に向けて声を掛け、その呼び掛けに答えるようにもう一頭の飛竜……ミカヅチがその場へと舞い降りた。
「そうかそうか。我らのコンビネーションを見せつける絶好の機会だと思っていたが、確かに彼女達の見せ場を奪ってしまうのも忍びない」
ミカヅチは楽しげに嗤い、降り立ったばかりだと言うのに再度翼を広げる。
そのままふわりと宙へと浮かび、
「では、我は力試しでもしてくるか。負けるなよ、相棒」
それだけの言葉を残し、彼は動物園の外縁へ向けて飛翔する。
周囲の怪人達はミカヅチに任せてしまっても問題ないだろう。それだけ頼りになる漢だ。
「さて……三対五ではあるが、文句はあるまいな?」
数的不利は自分達であるのに、黒雷は不敵に笑う。
自分一人で五人を相手にできる、とまで自惚れるつもりはないが、新たな強化を得た黒雷のチカラを試したい気持ちは偽ることができない。
北海道という大地で名を馳せた者達に対し、己がどこまでやれるのか。それを考えただけでも武者震いをしてしまう。
「──っと、そうだった」
傍にシルフィとノームがいる今なら都合がいいかと、黒雷はヴォルト・ギアに収めてあった小物をふたつ取り出し、ふたりに向けて放る。
「………これは?」
ふたりが受け取ってまじまじと眺めるそれは、それぞれふたつの指輪を細い鎖でネックレスのように繋いだもの。
「この前倒したヤツの戦利品でな。折角だからふたりに渡そうと持ってきたのだ」
それは天翔る天竜寺が所持していた五つの指輪。それぞれが別々の属性を宿し、ツカサを窮地へと追いやったあの指輪だ。
シルフィには風と火を。ノームには土と水を。彼女達がピンチに陥ると知って用意した切り札である。
ちなみに雷の指輪はミカヅチが装備しているのでここにはない。
(『うわっ! 凄いなこれ、高純度の宝石だよ! これがあればオイラ達でも、別属性の能力がちょっと使えるようになるくらいの凄い代物だよ!』)
(『のーんのーん!』)
それぞれの脳裏に精霊達の喜びの声が響く位には貴重な品物らしい。勢い余って黒雷の脳裏にまで響いてくる。
「「……ありがとう、黒雷さん」」
重なるふたりの礼の言葉。黒雷としては戦利品を分け与えただけで財布が傷んだワケでもないので、面映ゆいというかムズムズする部分もあるが、まぁそこは流そう。
……シルフィに渡すのはともかく、ヒーローであるノームにも渡したのは後で始末書を書く必要があるかもしれないが。
「さて、長らく待たせてしまったな」
これだけ待ってくれただけでも御の字だが、どうやら聖色四天王でも話し合いの時間が必要だったらしい。遠くにいたはずの黒亀も集まって何やらヒソヒソと話していたが。
「こちらもようやく決まったわい。全く、難儀なもんじゃて……」
群青がそうボヤいて黒雷の前へ立ち、黒亀は姿を消し、白姫&亜麻姫はシルフィの前で扇子を広げ、茜蜘蛛はノームと向き合って偃月刀を構える。
どうやらそれぞれタイマンに近い形にした上で狙撃手をフリーにし、いつでも援護が可能な状況を作ったようだ。
確かに狙撃は怖いが、あると分かっている分だけ幾分かマシ。何よりこのくらいの鉄火場を生き残れなければ、幹部なんて名乗っていられない。
「ははっ! 楽しくなりそうだなぁ……!」
黒雷の相手は聖色四天王の中でも老兵として恐れられている群青。
相手にとって不足は無いとばかりに、黒雷は構えを取る。
使い慣れた得物であるトンファーでもよかったのだが、此度は《飛竜鎧装》のお披露目も兼ねているため、今は爪が主兵装だ。
五指の先に生えた小さな鉤爪とは別の、手甲部分から延びる四本の大爪。僅かに帯電したソレは仄かな灯りを帯び、パチリパチリと静電気のような音を散らす。
「なんじゃ、もっと老人を労らんか。そんな痛そうな爪を出しよってからに……」
黒雷の様子を見て嘆息混じりにそう呟いた群青であったが、言葉の割には楽しそうな声音をしている。
彼もまた好戦的な性格なのだろう。口元の歪み具合が知り合いのバトルジャンキーとそっくりで嫌になりそうだ。
「では……」
「参ろうか!」
いてもたってもいられずに、互いに駆け引きなぞ考えず正面からぶち当たる。
やはり、というか。黒雷もまた、バトルジャンキー達によって染められたのかもしれない。
◇
「「ごめんなさいね。また私達の相手をしてもらうわ」」
「いえ、お気になさらず。私も貴女方に勝たないと前に進めない気がしているので」
にこやかに話しながら、彼女達は既に空の上。
シルフィの放つ双銃とベーゴマによる弾幕を掻い潜りながら、白亜麻姫が扇子による打突を繰り出すという攻防の中で、三人は入り乱れるように宙を舞う。
「あら、あらあら」
「それが貴女の素の口調?」
黒雷がやって来た事で気が緩んだのか、思わずいつも通りの口調となってしまっていたシルフィ。
せっかくキャラ付けとしてぶっきらぼうな喋り方をしていたのに、台無しである。だけど、
「そうですよ。これが私の素なんです。……変な事に気を回さず、貴女達を倒す事だけに専念させてもらいます!」
慣れない喋り方を気にし続けるよりも、勝つ事を優先する。
当然と言えば当然の事だが、先程までのシルフィはできていなかった。それだけの事だ。
「「ふふっ。いいわよ、その感じ。やっと真剣になってくれたのね!」」
白亜麻姫は一度だけ微笑むと、更に苛烈に得物を振るう。
対するシルフィは先程受け取ったネックレスを握り締め、
「………ばーかっ」
口の中で小さく呟き、改めて羽を強く羽ばたかせた。
◇
ノーム対茜蜘蛛の戦いは静かなものであった。
他の二組が好き勝手ドンパチ賑やかにやってる中で、共に近接戦闘を主とするふたりは自然に間合いと隙の読み合いとなって膠着したのだ。
偃月刀と篭手による徒手の間合いは近く、半歩でも見誤れば相手が有利となるその戦いは、互いのすり足の応酬という形で現れる。
傍をベーゴマが飛び回ろうが、飛竜が雷で地面を削ろうが、黒亀の放つ弾丸が眉間を狙おうが。
それら全てを体捌きのみで避け続け、ふたりはなお戦場にて静かに佇む。
こちらの戦いも長引きそうであった。