雷竜降臨 その2
二頭の飛竜が空を行く。
道すがらに敵であろう怪人の群れを雷で焼き払い、味方であろう者達には救援物資を投げ付けて。
地上の者が何事かと空を見上げたところで、その影は既に先を行く。
「──見えたぞ、相棒!」
竜の内の片方が、相方へとそう声を掛ける。
二頭の目指す先には動物園。今まさに、ブレイヴ・エレメンツのふたりが死闘を繰り広げている戦場であった。
「……マズイわね。もう人質は捕まっているみたい」
飛竜と一体である大精霊ノアが遠視をした先には、ひとりの少女が男に捕まっている状況。占いの結果通りとなるならば、それこそが正しくブレイヴ・エレメンツ達の敗北の原因であろう。
「間に合いそうか!?」
黒雷は己の加速が打ち止めである事を自覚しながらも、僅かな希望を求めて問い掛ける。
しかし、現実とは非常なもの。
「ダメね。あの場面に割り込むにはもっと加速が必要だわ。翼による飛行と噴射のチカラだけじゃ足りない、せめてあとひと押し……!」
持てるチカラを全て使用した上での現状速度。これ以上を出そうとするならば、何かもうひとつが必要らしい。
せめて一蹴りでも地上を走れればまた変わるのだろうが、今は空の上。それも叶わない。
そんな時。
「はっはっ。水臭いぞ、相棒!」
ミカヅチがそれを笑い飛ばした。
彼は自らの胸を拳で叩き、言う。
「俺の大胸筋を蹴り飛ばせ。俺達のマッスルパワーならば必ず手助けになるはずだ」
彼は自らを踏み切り板代わりとして跳躍しろと、そう言っているのだ。
「いいのか、遠慮しないぞ?」
今は一刻一秒を争う時。やれと言う以上、どうなっても知らないぞと暗に言う黒雷に対し、ミカヅチは再度大胸筋を叩く事で返事とする。
その程度でヘタレる筋肉だと思うなと、そういいだけに。
「……ならばその胸、貸してもらうぞ!」
黒雷は返答を待たず、その場で素早く身を縮める。
屈むように脚を折り、翼を畳み、顔は前へ。
飛行姿勢を崩した為に一瞬だけ速度が落ちるが、それを支えるかの如くミカヅチが黒雷の後方へと回り、その身を広げた。
「気功全開、スーツのリミッター解除、ついでに神経加速となんちゃって超電磁砲の全部盛り。速度の向こう側へリミットオーバーアクセルで突っ込むわよ!」
ノアの楽しげな声と共に、黒雷の脚が硬い感触を踏み締めると同時、目標地点へ向けて磁場の入り乱れた仮想砲塔が組み上がる。
黒雷を弾丸とし、ミカヅチの大胸筋という撃鉄をもって射出する構えだ。
やれる事は全てやった。後は、
「唸れ俺の大胸筋! 鍛え上げた胸板はそんじょそこらのロイ〇ー板よりも高性能だ!!」
その言葉を信じ、黒雷は跳ぶ。
屈めた身体を伸ばすように、ミカヅチを蹴り上げて、前へ。
硬くもしなやかな筋肉は正しく役割を果たし、黒雷は加速と共に前へと出た。
“ぶっ飛べ人体♪”
黒雷と一体化したノアの放った声を置き去りにし、風の膜を何枚もぶち破り。
単身で音速という次元に身を投じた黒雷は、ギリギリで少女に宛てがわれた銃口が火を噴く瞬間に立ち会い、その腕を思いっきり捻りあげたのだった。
◇
そんな経緯を通し、黒雷は今戦場に立つ。
ただ、視界の範囲に入るのは聖色四天王と吹っ飛ばされて起き上がれないままのジャスティス白井の面々のみ。
他の怪人達はいたる場所に散らばって各地で謎の戦力と交戦中らしく、この場に再登場する事はなさそうだ。
つまり、
「私の相手はあなた方がしてくれると、そういう事で宜しいかね?」
黒雷はいつも通りの芝居かかった口調で問い掛ける。
おそらく人質が取られるまでシルフィとノームを抑えていたのは、状況的にも間違いなくここに居る五人の四天王。
むしろ北海道にて最強の一角と呼ばれる戦力相手に負けなかったふたりを褒めるべきところだろう。
どの道倒さねばならない相手。ならばそれは黒雷の役目となるだろう。
「……あ、あの~………」
黒雷が思案に耽る中、腕の中からそう遠慮がちな声が届いた。
そういえば、人質となっていた少女を抱きかかえたままだったと思い出す。
「おっと、すまんなお嬢さん。安全なところまで案内してあげたいところだが、今はそんな余裕がなさそうなんだ。悪いけれど、このシールド発生装置を使ってあのふたりと一緒に待機していてくれないか?」
黒雷は少女を降ろし、震えるその手に小型のシールド発生装置を握らせる。折りたたみ傘程度のサイズのものだが、展開すれば黒雷が全力で殴り続けても3分ほどは耐えてくれる優れものだ。同時に開発部の最高傑作でもある為、これが簡単に破壊される=ダークエルダーの科学力の敗北となる、らしい。
「さぁ、早く行きなさい。できれば物陰に隠れてくれると嬉しいよ」
わざわざ聖色四天王の方々が待ってくれている今のうちが逃げるチャンスなのだ。一度戦いが始まってしまえば、双方共に止まる理由がなくなるのだから。
少女はこくんと頷き、震える脚を必死に抑えながらノーム達の方へ向けて歩き出す。……しかし、何故か少女は立ち止まり、ゆっくりと黒雷の方を振り向くと、
「あ、あの。な、名前をっ……おし、えて……ください」
そう、振り絞るような声を出した。
そういえば、登場してからまだ名乗っていなかった。
「……そうであったな。私とした事が、肝心の名乗りを忘れているとは」
聖色四天王の方々から見れば、今の黒雷は突然現れて人質を救っただけの飛竜っぽい格好をした変態にしか映っていないのだろう。
立場が分からない以上、攻撃をしないのは至極当然のこと。理にそぐわない行いをしていたのは自分の方だったと反省する次第である。
ならば、と黒雷は震える少女の頭を一撫でし、聖色四天王の面々が視界に入る角度を維持して、言う。
「我が名は黒雷。ダークエルダーが六星大将がひとり、双竜の黒雷だ!」
それは、作戦前に黒雷へと与えられた二つ名。
ダークエルダーの幹部のひとりとして選ばれた強者の証であり、黒タイツの戦闘員から成り上がった者の到達点のひとつ。
黒き竜を模した鎧を身にまとい、大精霊の友として“気功”のチカラを宿す者。
誰もが認める猛者の姿がソコにあった。
◇
群青は己の立派な顎髭を撫でりながら、目の前で起こる茶番の成り行きを見守っていた。
ジャスティス白井のとある男が真剣勝負の間合いへと踏込み、人質を取っての降伏勧告&婦女暴行未遂という弱者らしい振る舞いを始めてしまった時はどう殺してやろうか考えてしまったが、突如として降り立った黒竜が蹴散らしてくれたのでそれはまぁ良しとして。
(……どうするかのう。あんなアホみたいな存在、初めて見るんじゃが)
群青が事の成り行きを見守っていたのには理由がある。それは、目の前の化け物の存在が理解出来なかった事に他ならない。
竜の姿を模す怪人は多く、その力量も様々ではあるが。熟練の戦士のみが宿す“気功”を体得しているような者はそうはいない。
そして竜のベルトに嵌め込まれた途方もないエネルギーを宿す謎の石と、竜の内側からもハッキリと感じられる大精霊の存在感。
ひとつあればそれだけで戦士として名を馳せる事が可能だというのに、何故それが三種も一人の中で完結しているのか、まるで意味が分からない。何がどうなったら彼をそこまでの修羅道へと追い込めるというのか。
(挑んでみたい、が……。本気を出してはもらえんのじゃろうなぁ)
彼が本気を出すとしたら、もう既に自分達はこの場に立ってはいないだろう。登場した時と同様の速度で移動し、貫手の一撃でも貰えば群青は死ぬ。その確信がある。
おそらくその思いは聖色四天王の共通認識として捉えられているだろう。だから誰もが動けず、成り行きを見守る他ないのだ。
圧倒的なまでの強者の風格。そんな彼がダークエルダーの幹部だと言うのだから、組織が大きくなるのも納得できる。
(怖い。……ふふっ、ワシが怖いと感じるか。長生きはしてみるもんじゃのう)
青い空を仰ぎ見て溜息をひとつ。
死ぬには良い日和であった。
◇
青い空を仰ぎ見て溜息をひとつ。
シルフィは己の友達が恋に落ちた瞬間を見た気がした。
ミチルは言動や行動には少々奇抜な面はあれど、中身は白馬の王子様を求める乙女である事は分かっている。
実際に駆けつけたのは黒竜と成った悪の怪人様であるのだが、そんなもの些細なことだ。
カッコイイ系の外見と優しい口調、窮地を救ってくれたという吊り橋効果と無意識なボディタッチ。そして何よりも頼りになる大きな背中。
これで惚れるなという方が難しい。アレが実兄で普段の様子を知らなければ、シルフィだってどうなってるか分からないのだから。
(罪作りな人。……これで普段からちゃんとしてたらなぁ)
今は黒雷という怪人のロールプレイをしている為にカッコよく見えているだけで、普段はだらしない特撮オタクで絶世の美女である大精霊ノアの付き人みたいな存在だ。
そんなんで彼女ができるはずもない。
そのくらい何かと残念なのだ。
妹と同い年の未成年が惚れたところで、彼は「そんなの、思春期特有の気の迷いだろ。数年経てば忘れているさ。手を出す? 馬鹿言え、犯罪じゃないか」と一蹴するのが目に見えている。
「……はぁぁぁァァァ………」
戦場の真っ只中で何を考えているのかと、シルフィはもう一度深い溜息を吐いた。
Q:どうして四天王なのに五人いるの?
A:古今東西、四天王は稀に五人いるものです。
Q:マッハで人体サイズの物体が飛んできたらとんでもないエネルギーが発生してない?
A:なので直接は向かわず、手前にいた怪人数体に体当たりして減速した後に地上を走って間に合いました。
Q:人質に取ってた男、生きてるの?
A:実は超回復能力持ちだったので無事でした。ただし肉体の損傷が激しいのか回復に時間が掛かってます。
Q:このQ&Aいる?
A:いる。




